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 咲葵さきは私の話を静かに聞きながら、時に笑い時に涙を見せ、私の過ごした年月に寄り添ってくれた。『昔のことを聞きたい』と言われた時は正直驚いたし、少し迷いもあったが、彼女の満ち足りた表情を見て、話して良かったと思った。


「ありがとうございました。こんなにたくさん……私の知らなかった両親の気持ちが聞けて、本当に良かったです」

「そう言ってもらえて、私も嬉しいよ」

「私、都倉さんに出会わなかったら、幸せな人生を送ろうって思えなかったかもしれません」


 そんな大げさなことを、と言いかけて、口をつぐんだ。咲葵が、私の思ったよりも真剣な顔をしていたからだ。


「間違いじゃなかったんです。たとえ都倉さんに利己的な思いがあったのだとしても」

「……」

「私にとっては必要なことでした。だから……真実を打ち明けてくれて、本当にありがとうございます」


 その言葉に、私は少し俯きながらも、ありがとう、と返した。

 彼女が今どんな生活を送っているのか、実はそれなりに把握している。留美るみと再会してから二年ほどした後、咲葵が知り合いのいる会社に内定が決まったことを聞いたのだ。こちらから接触するつもりはなく、ただ遠くから、それでもなるべく近いところで見守りたいと思い、彼女の勤め先の近くにあるこのマンションの一室を借りたりもした。

 いま、社内でつらい立場にいることも知っていて、何とか手を差し伸べたいと思ってその知り合いに力になってやるよう頼んだが、断られた。自力で何とかしようとするまで口出しするな、小さな子供扱いするんじゃない、と厳しいお叱りまで受けてしまった。

 あの頃とは違うことはもちろん分かっていたし、それなりの気遣いもしていたつもりだったが、指摘通り、私は咲葵を非力な子供として見ていたようだ。だが実際にこうして向かい合ってみて、彼女に対してとても失礼な評価を下してしまっていたことを思い知らされた。私の自分勝手な望みに真剣に向き合おうとしてくれたり、こうして私の後悔を拭おうと思いやりのある言葉を掛けてくれたりもして、たった数時間で何度癒され、救われたことだろう。


「このままじゃ両親に顔向けできないですからね。私、明日から頑張ろうと思います」


 重なって見えていた幼い頃の表情が、静かに消え去っていく。目の前にいるのは強さも優しさも兼ね備えた、立派なひとりの大人だった。


「……そうだ。せっかくだから、留美からもらったレシピノートを君に渡そう。本宅に置いてあるから、紫藤しどうに言って」

都倉とくらさんが持っていてください」


 立ち上がりかけたところで、咲葵が穏やかにそう言った。


「母はきっと、そう望んでいるはずです。……その代わり、と言ってはあれなんですけど――」


 少し恥ずかしそうにしながら掲げた咲葵のその提案を、私は喜んで受け入れた。






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