9
放課。
向かったのは公僕として務める相棒の勤務先。
……の前にある公園。アイスコーヒー片手に車折と話しをしながら相棒のことを待っているところだった。
「恒には警察の友達が居るんだ」
「うん、協力者の一人だ。最近は車折とここの相棒、もう一人地下での協力者、この三人との行動が多いかな」
ここでは、キングのことは伏せておくことにした。アンダーグラウンド世界など、純粋な瞳を持つ彼女には不相応だからな。
「警察沙汰なの? 恒の問題って」
「いやいや、そこまで物騒なものじゃない。情報交換さ。公的情報とアンダーグラウンドな情報の交換。当然ながら、時に相棒は国家権力にもなるしね」
よくあるだろ? 探偵と警察、みたいな関係。まあ、この二人に於いては共存関係に近いけども。
「ふーん」
彼女は最近女子の間で流行しているというネオ・ミルクティーというものを飲んでいた。それは、いかにも今どきのかわいい女子である。しかし、流行を自分のファッションアイテムとしているような人間とは違う。その最前線を涼しい風で楽しそうに、それでいてそれとなく謳歌している。この様相の彼女からは雅な美しささえ感じられた。ああ、自分の容姿など気にせず、ただ興味があっただけなのだ。他人の視線など意に介さない、無意識の行動なのだろう。隣にいてわかる。青春を間違えた方向へと導かれてしまう男子の犠牲者がこれで増加することだろう。南無。彼女が彼でなければ、俺もたぶん第二の恋愛をこの辺りで始めていただろう。南無。それにしても、〝ネオ〟って何だろうな、ネオって。
「あーっ! あれ、ゆうちゃんじゃない?」
その声は突然だった。どこかで聞いたことがあるような気もしたし、気のせいかもしれないような声だった。
声の主は俺たちの座るベンチからは少し遠く、公園の入り口の方にいた。この公園の入り口は一つだけ。俺たちの後ろ側には幹線道路が走っており、その向こうに警察署はある。騒がしさから逃げだした向こう側にはとてもおしゃれな、今話題にされたカフェがあったような気がする。
車折の知人、三人は手を振って近づいて来た。車折の方を伺うも、ニコニコしていてこれを回避する素振りはなし。仕方ない。相棒が来るまで付き合うことにしよう。やがて声が徐々に重なりだし、複数となった時に始まった。
「ほら、やっぱりゆうだ。ね、ほら? だから言ったじゃん?」
「ああ、そうだね、車折さんだ。それと……沓形くん?」
「ええ、どうも」
俺はシケた面で会釈を済ませた。無論、車折のことを下の名前で呼び、次の瞬間には膝を折って飛び跳ねていそうな女子の方。……ではなく、男の方に。女の方はそれこそ、ネオミルクティーをファッションにしている。車折とは真逆。自分で自分を作って、作り上げた女子。その誰の空間にも裸足で侵入してくる機嫌の良い笑顔には騙されそうになる。思春期の敵だ。車折のことも「なんか可愛い」程度にしか思っていなさそう。要注意人物だ。
「何してるのー?」
綺麗に整えたくせ毛を、左右へシンメトリーに結び分けているこの要注意女子が尋ねる。
「人を待っている。俺の友人」
「あっ、そう」
今度は向こうがシケた面になった。どうやら俺は会話の対象には入っていないらしい。なるほど、それは正しい。俺だって注視している二人以外の情報はまるで頭に入ってきていない。同じようなものだ。
「そろそろ行こうか」
「うん! そうだね、じゃあね、ゆうちゃん!」
車折は嵐のような、しかしよく見れば砂ぼこりでしかない三人に向かって、ほっとした様子で小さく手を振った。友人関係っていろいろ疲れるよね。この健気さは目に焼き付けないといけないけど。うん。ぜひとも俺にも手を振ってほしい。
「……ん? なんで? 恒ともお別れなの?」
彼女は首を傾けながら、その角度で手をそよそよとなびかせてくれた。素晴らしい。
「いや、ちがう。うん、ありがとう。もういいよ、大丈夫だ、ありがとう」
今度からは彼女に無意味に手を振らせることにしよう。心が安らぐ。
「あっ」
車折は止めようとしたその手を、元気を取り戻した振り子のようにまた振り始めた。
「ん? どうした。もう振ってくれなくてもいいんだけど?」
「いや、えっと……その、後ろ」
「後ろ?」
首だけを逆立ちさせた景色には、神妙な顔をしている相棒がいた。手には缶コーヒーが二本。そっと差し出されたので、相棒の方へ向きなおして受け取った。
「よう、相棒」
「よう、じゃないですよ。何してるんですか。女子高生相手に新手の危険な遊びですか?」
「いや、待ってくれ。違うんだ。それは誤解だ」
相棒は表情を変えずにプルタブをあげた。
「警察である私に言い訳ですか。まあ、いいでしょう。いつものことです。言い分ぐらいは聞いてあげます。どうぞ?」
俺は急いで缶コーヒーを開けて喉へ流し込んで言った。
「こいつは、車折は男だ」
▼ ▼ ▼
「はい。これが資料です。使い方は大丈夫ですか?」
「ああ、古い人間でもこれぐらいのことはわかる」
渡されたのは最新式の、それこそつい数日前に出たばかりのホログラム機械のようだった。意気込んだはいいが、結局起動方法すら分からず、相棒に見せてもらうことに。流石は国家権力。使う物まで庶民とはまるで違う。
見た目は完全にボールペン。相棒がノックしたその回数は解除キーか、それともただの手癖か。いずれにしても、指紋や虹彩等の生体認証があるのだろうから、要らない気もする。
ロックが解除されたペンで相棒は、空気中にお手頃な四角を描いた。差し出された文字の行列を手に取り、注意深くめくり始めた。
立体ホログラム電子書籍。
ペンに内蔵されたデータを閲覧できるこれは、電子端末の不要性、紙媒体のデメリット全回避、自由度と汎用性の高い。このように官庁でも使用がデフォルト化されつつある。
「なるほど、大方予想通りで、目新しいものは……あれ?これって……」
「あ、気がつきました?」
今回相棒に求めていた情報は高校生が補導された事件に関するデータ。酒や煙草、深夜のたむろ、日中の外出などの優しいお遊びから、自転車の鍵の差し込み口にセメントを入れるイタズラなどアナログなものがほとんど。その中でも、ポツリポツリと目立って見えたのが目的の案件。
「デジタル万引き」
そう。アナログではなく、デジタルな案件だ。
「何? それ?」
「漫画の万引きとかあるだろ? あれのデジタル版。ホログラムとか次世代スマホとかで写真やスキャンでデータ化して……」
「うん。それが犯罪だって事はわかるよ。お金払わないで物取っていることと同じだからね。そうじゃなくて、なんでそれが恒の探している事件に繋がるの? ボクも協力しているんだから、少しは教えてよ」
なるほど、な。たしかに蚊帳の外は可愛そうだ。可愛いのだからハンモックを掛けて揺らしてあげるぐらいはしないとな。
「わかった。事件に首を突っ込む覚悟が遊びでないなら、どうぞ」
車折は同じように注意深く読み始め、そして普通に驚いた。元々大きめの瞳が綺麗に大きくなり、表情筋が緊張する。どんな表情でも可愛いのだから、ちょっとずるいよな。
俺と車折が目を通した相棒からのデータ。そこには先ほどの少女を含めた三人の名前が記されていた。
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