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▶今回の件は最終目標が暗号の解読である。テラ、未知道乃照(みちみちのてら)の名前が出された以上、その発信者を突き止めることが先決である。もう何十年も聞かなかった、聞くはずのなかった名前なのだから▶しかし、ネットの情報だけでは、辿ってたどりつけることはできなかった。VNSS開発者を知り合いとしているため、管理者権限はこちら側にあるようなものなのだが、それでもユーザー特定は難航している。電子世界に入り浸って、潜り込み続けている愛すべき可愛そうな若者を多く抱え込んだアンダーGBにも動いてもらっているが、果たしてどうだろうか。多少の進捗が見込めても、根本的な解決に繋がるような情報は上がらないと思う▶何せ、掲示板の言葉が事実ならば、相手は神絡みだ。それも過去に失われたはずの、俺が身代わりになったはずの神様。自らの信仰承認欲のために偽物の世界を作り、現実世界の上に塗り替えようとした神様。照に隠された世界で俺と先輩が奮闘したあの世界はもう今はない▶未知道乃照とは、神様の存在意義である信仰心が現代社会から消滅しかけ、自らの存在も消滅してしまうという危機を脱するために、自分だけの、神様だけの世界を創り上げることで信仰心を作り、自分の存在を証明した神様のこと。知らぬうちに、俺が普段の現実世界から神様の理想的偽物異世界に巻き込まれていたことに、それこそ与えられた理想的な青春が目くらましとなってしまってすぐには気付けなかった。真実を、出会った人たちを、本物の恋をした先輩と呼んだ少女を現実世界に返すため、神を否定して人間に帰化させ、代わりにそのポジションに俺が付いた。即座にその権限を持って異世界を消失することで、この騒動は幕を閉じた▶はずだった。
「その話は前にも聞いたなぁ。へぇ、御伽噺じゃなかったんだ」
「お伽物語であってほしいよ、ほんと」
「でもさぁ、そのおかげで恒に会えたんだから、それって結構ハッピーというか、ラッキー?」
「そうかい?」
「うん、そうだ!」
この笑顔は永久保存モノだ。もはや性別の垣根を超えているこの事実など、口にするまでもない。
ここは学校。公立。学力道内平均以下。教室。昼時。残されたのは時間15分と弁当の隅にあるたまご焼きのみ。もちろん弁当は彼のもの。それはすでに目の前の美の中へ吸い込まれる最中で、きっとこの世で一番幸せなたまご焼であろう。俺が飲み干そうとしている紙パックのコーヒー牛乳も文字を濡らした水滴を垂らしながら、向こう側を羨ましそうにしていた。
朝の時間から授業が交替する度にこちら側へくるりと向き、毎回同じ質問で私の現状を確認。問題に関わりたがってくる
「それで? 具体的にはどうするの?」
「うん。この前の仕事はネットの情報に踊らされていただけの普通の事案だったんだ」
「うんうん」
「それで、解決後に見つかったのがこの文章。このユーザーの投稿は他にはなく、VOICEの他ユーザーからテラの話が出ていたわけではない。唐突に投稿されている」
「ふーん」
「これが俺の思い込みで、考えすぎなら問題ない。自分が精神異常者だと笑って終わらせられる。でも、もし、そうでなかったら。また気がつかない内に同じことが起きていたら。それが一番怖い」
自分の存在理由が、ただの思い込みだと言われているようで怖い。
「なるほど、なるほど」
「そこで、今後だけど。まず、投稿者に直接会えればそこで真意にかなり近づける。でも、今のネットワークは俺には追い付けないところがある。最先端は若いこの時代に任せようと思う」
「恒も一応、若い高校生のはずだけどね」
一応、ね。
「とりあえず、任せるところは任せて、まずは自分のできるところから探ろうと思う」
「と、いうと?」
「俺の専門分野は暗号だ」
▼ ▼ ▼
『 □ Now 』
『 _ ver 』
『 凹 our fate under THE TERA 』
掲示板に書き込まれたのはこの三行だけだ。普通に直訳すると、『今』『バージョン』『私たちの 運命は テラの下』となりそうだが……。
「照神の元に私たちの運命はあるってか……」
運命は宇宙的摂理の神様によって定められ、人間の意思決定など運命論に沿っているだけのこと。神々の傀儡でしかなく、神様の世界のための我々ということ、か。
一時期大学に進学して宗教論から哲学、経済学などを幅広く学んだが、結局は思考ゲームでしかなかった。利便性の高さと王様の存在から高校生活に戻ったが、大学時代の悪い習慣は抜けず、地下に居る時間が長くなっていった。ここまで聞くとただの堕落人間だが、まさにその通りである。愛だけで済ませることのできる青春時代は当に終わり、失われたのだ。大人になれても、なれなくても、失われた時間は戻らない。半永久の時を見守るだけの観測者とて同様だ。
「これだけじゃ、さすがに何もわからないな」
「暗号のプロでも?」
「暗号のベテランでも」
プロになったつもりはないからな。作ることができるわけでもないし。過去の経験則から謎を解いているだけの、経験者ってだけ。だから言うなれば、それはきっとベテラン。
「……過去の、経験則……」
そんな俺を見て彼は子悪魔的彼女の顔で、少し笑いをこぼしながら言った。
「おや、何かわかったのかい? ホームズ君」
「うん。ええと、それはワトソン側のセリフではないが、まあ、その通り」
笑みを作りながら俺は返した。
「なるほど。それじゃあ、今日の放課後からだね。それで、結局何をするの?」
コーヒー牛乳とお昼をごみとして一つにまとめて席を立ち上がりながら、今度は俺が不敵な笑みで答えた。
「暗号の解き方から解き始める」
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