02.若葉の匂いから英雄に蹴られて

7

「人ってバレないと、簡単に悪口言うよね」


「……ん? 何の話だ?」



 窓際。地上の公立高等学校。二年生の一番奥の教室。そこで聞く同級生の話の大抵はくだらなく、どうにも聞くに値しないが、友人の話はまた別である。



「V-NSSとかでもそうだけどさ、あれは自分の分身なはずなのに、自分そのものだって言う意識が薄くなりがちじゃない?」


「ああ、匿名の持つ特性か。そうかもな」



 このように中々面白いことを、それこそなぜか朝の暇なこの時間に、どうしようもなく、唐突に放つ。掴み所が見えるのに掴むことができないこの友人は、容姿こそまるで美少女のような美しさなのだが、幸か不幸か、彼はさらさらとしたショートヘアーで女子を虜にする男子である。見てくれはいわずもがな、誰もが納得の可愛いらしいやつだが、しかし世の中に対して穿った意見を不意に頻発するので面白い。よって校内では彼と共に過ごすことが多いのだ。この偽物の春を数十年続けても青くならない俺には、彼女……ええと、彼の人気にあやかると何かと便利なのである。



「分かってくれて、嬉しい」



 微笑んだ。おめでたい、お愛でたい。これら笑顔からわかるように、俺が共に行動する理由は都合の良さと面白さとこの愛でたさからであるが、なぜ彼女……彼が俺と行動を共にしてくれるのかについては、それはてんで分からない。



「やっぱ、恒とは合うね。うん、相性がいいかもしれない」


「そうかい」



 彼女は……ええと、すまない。訂正。彼はどうしようもなく、なぜかこんなにも可愛らしいのに、しかしどうしてか友人関係の構築にはそこそこ苦労しているらしかった。自分の容姿を過剰に気にしているのだろうか。性格とか発言とか、そういうその他に理由があるのか。それは聞くだけ野暮であり、これは残念ながら皮肉であるが、それはそれで俺にとって好都合だった。かのじ……彼には彼で何か持つべき者特有の悩みでもあるのかもしれない。無いかもしれないが。

 

 

 また、俺が現役生と実質同年齢ではないことと、地下で仕事をしているから頻繁には出席しないことはなかなか問題なはずである。無論、実年齢を明かすことなどしていないが、留年を繰り返していることはとうに述べており、周知の事実だ。そもそも、俺に実年齢が存在するのかすら怪しいものだが、たとえあったとしても平成の時代から高校生をやっているなど、決して言えない。普通ではないという後ろめたさもあってか、いつの間にか俺はクラスの仲間の一人になるどころか、クラスに収まらず学年単位で孤独になりつつあった。こんな底辺からも嫌われて隅にすら置けないのは、結果地下で仕事ばかりしている非推奨学生モデルのお手本である。それがどうして、自らすすんで貴重な高校時代を過ごす相手にこの男を選ぶというのは、やはりそれだけで風変りだと、彼自身が周りに思われているせいなのかもしれない。つまりは俺のせいか。なら、尚更。



 クラスの中に車折くるまざきと仲良くしたい人間はきっと多い。如何せん俺が関わってしまっているせいで、周りの目を気にする人間が多いのだ。男女問わず人気者になれたはずなのに、気の毒なことをしたものである。しかし、以前この話題をかなり遠回しに、何重にもオブラートしながらそれとなく話したときには、

 

 「別に恒と仲良くなれたから何も問題ないけど?」

 

 と素直に頭を軽く傾げられたときはこのあと作られた笑顔を守っていこうと誓ったものである。もちろん、神様にではない。地上の神様とは良くない因縁があるからね。



「それで、今度はどんなお仕事なの?」


「俺が登校するとそれは全て仕事かよ」


「他に何かあった?」


「いや、その通りだ」


「ほらね」


 美少女である彼じ……彼が聡明で妙に物分かりが良すぎるところがあるのはもはや承知であろう。俺が仕事だと言えば、少しだけ寂しい顔で納得してくれる。だからこそこちらの都合で寂しい思いをさせるのは申し訳ないと思うこともある。仕方ないと、大人な対応をしてくれる点も妙に気になるのかもしれない。いずれにしても、この妙にわからない関係が心地良いのかもしれない。ここで知れないを追求したら切りがないのも、当然分かっていることで、この甘えることができる可能性が何よりも心地いいのが底の果てなのかもしれないとも、思っている。

 

 

 ちなみに学校にもこれで通じる。仕事の一言で出欠の有無が通じてしまう学校もどうかと思うが、察しの通りあまり偏差値はよくない高等学校なのだ。ある程度のことは修めた成績で許してくれる。ここは、その程度なのだ。



「ちょっとここの学校も関わってくるから、な。まあ、だからしばらくはこうやって登校してくるよ」


「えっ! ってことは……なにか事件でも起きたの?」


「いや、起きてないけど」


「これから?」


「起きない」


「誰か問題でも……?」


「青春特有のもの以外は特段ないだろうな」


「……はあ。じゃあ、なにさ」



 拗ねてしまった。頬杖をつきながら、それこそ俺を問い詰めているのか、ただ話し相手として構ってほしいのか、それとも本当に知りたいのか分からないような困った顔は妙に愛おしい。何かあっても、なくても守って行こうと思う。



「まあ、自分に関わることだよ」



これに彼女はこう言った。



「ふーん、そっか。ああ、それは、それは。そっか、とても悲しいね」



 ああ、その通りだ。とても凄切に思う。身にしみて悲しく、物寂しい。

 


「話せるか?」


「ボクでよければ」


「助かる」



 きっとこれから待ち受ける最後エンドは俺にとってハッピーじゃない。自ら選んだ道だからだ。自分で決めて、自分で選んで、自分で作ってきた道だからだ。だから、だからこそそこに他人を不幸にさせるような因果はあってはいけない。君を不幸にできるのが俺だけならば、運命論から生じた幼い神様達から受ける因果応報は俺だけにすべきである。 



取るべき手段と振る舞いはよく考えなければいけない。この世界は、もう紛いなりにも偽りではないのだから。

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