5

「おい、着いたぞ。降りろ」


「はーい!」



 俺は旧地下鉄爆破事故の爆心地に、小学生を抱っこしながら到着した。もう二度とやらない。



 旧地下鉄跡地はとても広かった。これまで噂程度にしか聞いたことがない、初めて訪れる場所であった。しかし、これほどまでに広いとは。ヨーロッパの教会に何も知らずに入り、やがてその天井の高さに息を呑まされるかのようだ。

 

 

 今回は別の意味で息をのんだが。

 

 

 そこに、本来あるはずの地下鉄の最後尾はとうにぐしゃぐしゃに潰れており、もはや原型はない。その全貌は土砂と落石によって見えない。地面から生えている車両も風化と腐敗がひどく、虫すらその闇に怯えてしまいそうだ。

 

 

 懐中電灯に灯りをつけ、俺は自分の足元を照らし、周囲に居場所を証明する。このような暗がりで、しかも相手を探す立場である場合、明らかに自分の存在証明などすべきではないが、相手が相手であるため今回はこれが良い。相手は全うと呼ぶのには少しためらうような、そういう類いの人間である。臆病で、不安で、何か強さを得るために群れてその気になる、そういう類いの。だから薬物や葉物にも手を出す。本当は強くないのに群れて強いと勘違いし、偽りの強さのなかに居場所を見つける。



 このようなあこぎな商売をする組織の、特にライトを照らしても見えないような深部にいる人間なら、それこそきちんと自慢の賢しさを発揮して立ち回るのだろう。しかし、そうでない大抵の凡人、と呼ばれてしまう彼らは異なる。ただ身近にあっただけの環境に巻き込まれ、偽物の強さと権力に踊らされる。弱者に戻りたくなくて、自己嫌悪の日々に戻りたくなくて、ただ居場所を無造作に作り上げる。そして、自分がどうなるかだけを心配しながら、ひたすらに方向音痴な行動をするのだ。だからこの証明の照明は有効だ。目の前の、目に見えるものを勝手に向こうから警戒してくれるから。



「ありがとな、でも、もうここまででいい」



 俺は神様に感謝を伝える。俺の予定的にも神通力はここまでで、十分助かるものであった。



「えー? つまんない、せっかく呼ばれたのにもう終わり?」


「いや、遊びではないのだが」


「紛いなりにも神様だよ?少しは頼ってくれてもいいのに」


「じゃあ、無事に成功するようにお祈りしておくよ」


「そうじゃなくて! もうっ。小さな掃除から天変地異まで思いのままなんだよ?」



 ……ああ。だから嫌なんだよ。神が相手ならともかく、人間相手に容易く超能力みたいなものに頼りたくはない。それは、自分の神がかりの状況を認めるようで、嫌だ。希望としては人の身に戻って生を全うしたい。全能を理不尽にも手に入れてしまったからこそ。



 それこそ欲に飢えた、特に目の前にいる凡人たちには分からないだろうけど。



「……薬に手を出している時点で、凡人すらやめているだろうからな」


「おい、てめえ、だれだ」



 現れた。今回の事件を真実へと導くかもしれない人たち。片言が抜けない日本語。複数人の炭鉱労働のような服装の容姿。



 彼らは皆、犯罪者だ。



 俺が奥まで入り込むまでに、ようやくなんとか十名以上のお仲間を集めて、手に武器もって現れたようだった。当然だが、薬物の所持と使用は昔も今も、この国では違法だ。



「わかった。それじゃあ、もう少し頼ることにするよ。そもそも、そういう関係だしな」



 上で元気にお空から地上を照らしながら暮らしている旧知の神様とは違い、地に足をつけたこの神様の存在理由を知るまでは良きパートナーでいないと。天地二人の神が、きっと俺の訳分からなさを何とかしてくれるのではないかと、望んでいるから。 



「さて、それじゃあ、計画通りに。そろそろ王様の力をお借りしますかね」



 しかし、本質的には神様ではなく、王様に頼るのだ。特に今回はそうすべきだと思っている。それはもちろん、アンダー・GBもまったく無関係であるとは、思っていないからだ。どこかで関係してくる以上、俺の行動に関わらせておいた方が良い。ついでに、王様との友好関係にも繋がるしな。

 

 

 俺はゆっくりと両手を上げながら歩みを止める。向こうも同じように止まる。俺はそのまま、片手の電話を器用に操作し、そして少年少女キングダムのトップへの直通回線に掛ける。そう、平成デジタル革命時の遺物を使って。



「お前はまだそんな古いものを使っているのか」


「やあ、こんにちは、キング。……って、おい、待て。なぜ、俺が今折り畳み式携帯を使っているのだとわかる。電話じゃ見えないだろ。……ああ、まあ、いいや。もう見当は付いた。つまり……そういうことだろ。うん、やっぱり。そうだと思った。わかったよ、手短に話す。その後ろから付いて来ている彼らのことだけど、ちょっと借りたいんだが。……ああ、うん、ありがとう。そうする。……そうだな。考えておく。いや、ほんと、まったく、悪かったな、古い人間で」



 俺は電話を一方的に切った。しかし、やれやれ。こんな場所にまで王様の息の掛かった子がいるとは。まあ、あの王様相手にガチャ切りできる人間なんて限られているだろうと思うと、なかなか悪くない気分だけどな。携帯が古くても、全然気になんてならないんだから。



 今や携帯が、ガラパゴスからスマートへ移り変わり、回線の世代は4から5へとなった革命期の時代とは違うのだ。デジタル、全自動が加速し続ける地上とアナログを愛する地下に別れた。それだけなのだ。



 俺だって、一丁前に最新次世代スマートフォンを別に所持しているし、ARからホログラフィックまでばりばり使いこなしている。デジタルの進化は、寧ろ仕事に大いに取り入れているのだ。変遷の全てをこれまでずっと、時代と共に見続けてきたわけだし、時代の先端に置かれた生い茂る若さよりは深い理解があると、自負している。だからと言って過去に執着するつもりもないが、最新技術を追いかけるばかりでなく、たまには、ふと振り帰ることのできる物があってもいいと思うのだ。現在、このガラパゴスは、王様への連絡専用携帯になっている。だから王様の推理はあながち間違いではないが、実際に見せたことはなかったはず。部下から報告だなんて、そんなのずるいと思うが。

 

 

「おい、おしゃべり、終わったか? そろそろ、こっちともおしゃべり、してくれよ?」



 チンピラ以下かつ元異国民である三下の半ぐれたちが、俺たちも忘れないでほしいと、声を上げて、賑やかに進行を再開した。やれやれ。彼らの目の前にいるこの俺が大国の代表であり、相手にしているのがなかなかの王国であると気付いていないのなら、それは気付かせてあげないとな。



「サイカ。すまないが、お願いできるだろうか」


「もちろん!」



 彼女がそう高らかに、嬉しそうに元気よく返事したところでようやく事態は正しさが表面化した。先程まで裏で隠れていた人間の全てが俺とチンピラを取り囲んだ。彼女が瞬時にこの人数を、空間から空間へ移動させたのだ。そして、その全員がアンダー・ボーイズ達である。今回は武力的なことになると予想できたので、王への進言通り男ばかり。女性陣は別行動なのであろう。彼女たちのなかには腕が立つ者も大勢いるが、俺ばかりが借り受ける訳にもいかない。王国はいつも大忙しなのだ。



「さて、仕事だ」

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