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 ホログラムは平成などの時代で、空想上の妄想以上の理想で語られてきた産物だったらしいが、今では当たり前すぎて存在しない世界の方が不自然だ。平成からうつろいだ時間が、二度の改元を経てこの間ようやく50年を過ぎたが、残念なことに俺の身体は成長していないし、老化もしていない。非常に残念だ。あの懐かしき日々から精神はともかく、神に成らざるを得ないのになりきれず、ただ神が掛っただけの存在に身体的成長は訪れていない。ちなみに特別な力もなければ、人間以上のこともできない。試したことがないので分からないのが、多分死ぬような状況になれば死ぬのだろう。神だって信仰がなければ死ぬのだ。ましてや神様ではないこの俺は人間だ。死なない方が不自然だ。身体特徴だって、成長していないことをごまかして、どれだけ大人びようとも、擦りきれても、所詮高校生のようなシルエットでしかない。これでは煙草も易々と買えず吸えないので、僅かな無精髭を剃らないでいる。剃っても大して変わらないが。



「悪い、待たせたな」



 相棒は、こちらの方へそそくさと寄ってきた。



 相棒のその姿を見るからに、その態度や表情から察するに、いつものことだからと諦めたのか待ちくたびれてはいないようだったが、なぜかわざとそのような素振りを見せた。一体何の、だれに対するアピールであるのか、その意図など汲み取る必要性すら感じないぐらいにわからなかったので、俺は無視して胸ポケットに手を突っ込んだ。



「なんですか、まだタバコ吸うんですか?」


「違う。これは物証だ」


「え?」



 俺の手にあるのは青いプラスチックに包まれた煙草。しかし、底の薄い包み紙をくしゃくしゃと弄ると、包装は姿を変える。



「あっ、それ」


「流石にわかるだろ。こう言うことは俺よりもお前の方が対応しやすい。任せてもいいか?」



 俺はモノを相棒に渡した。相棒はハンカチで包むようにそれを受け取る。犯罪の重要物証に成りうるのだから当然だが。



「ええ、もちろんです。きちんと捜査しますよ。いつも通り協力させていただきます。ええと、それで、沓形さんはこれから?」


「これを持っていただろう奴に会ってくる」


「……そうですか、分かりました。情報は念のため、随時こちらへ流してください。それと、――どうぞ、お気を付けください」


「ああ。互いにな」



 相棒とはもう、ここでお別れ。彼は上で表の仕事をする。俺は引き続き地下での仕事。アンダークロックから東へ向かう。創成Eイースト&Wウエスト方面だ。地上にはスクエアがあったり、川が流れたり。少し北に目を向けると新幹線が見えるような地区。新幹線の開業頃に再開発が活発となり、タワーマンションや商業施設などが建設されたが、その地下はもう使われておらず、その壁のコンクリは滅びかけている。このまま東へ向かえば地上にはファクトリーが、地下には旧地下鉄駅があるのだが、名の通りもう地下鉄は使われていない。全盛期には最大三本あった地下鉄は、地下の衰退というより、地上の発達に押される形で縮小した。現在は昭和では現役だった過去の旧車両を持って来て、一部区間の必要最低限だけ走っている。先ほどのアンダークロック等を見れば、地下も発達しているように見えるが、八割以上がこのように崩れかけ、人の手がもう入らない状態である。危険だから入らないように! と警告する文字もテープもない。洞窟のような状態だ。



「思ったより明るいな」



 地下鉄のコンコースの名残となる空間は、申し訳程度に灯りが点けられており、一応人が通れるようだった。生活感がゼロという訳でもないのが、なんとも不思議な雰囲気だ。階段で地上に上がることのできたはずの場所には、○○番出口と書かれたかすれた文字がぶら下がっている。そしてその多くは土砂で潰れていた。地下鉄本線に繋がる階段はもうなく、その跡地には巨大な穴がある。その穴は下から当時最新式の地下鉄が飛び出してきており、先頭車両がこちらを見ている。



 大昔の事故の跡だ。

 

 

 フロント部分にはガラスの欠片もなく、車体の半分以上は崩れ落ちて形すらない。下に降りるにはこの穴から飛び降りるか、この地下鉄を伝って降りるかとなるのだが、どちらも苦労が絶えない順路だ。そこで俺はインチキをする。



「サイカ」



 俺はつぶやく程度の、独り言にもならないような音で〝サイカ〟という名を呼んだ。それから神経を鋭利にさせ、地面の僅かな動きに注意を向けた。



 風の歩く音、埃のざわめき、風化で転がされた石ころ、上下左右に動きたがっている岩。



「そこか」



 足元にある、その上下左右に動きたがっている岩に手を伸ばしてその場所からどける。僅かに現れた空間に手を突っ込み、少し探ると逆に掴んでくるモノがあった。



「よいしょ」


「……うーん、よーいしょ! いや、いや、どうも。いつもありがとね!」


「お前はまともに登場することはできないのか」

 

 

 サイカ。加去乃綵花。彼女は神様だ。〝過ぎ去る〟のではなく〝加え去る〟過去の神様。

 

 

 加去乃神。

 

 

 綵どる花は偽りで、自らと名前を偽っているサイカ神。相棒、王様に続く俺の仕事におけるビジネスパートナーの一人。呼ぶのに一苦労な神様だが、憎めない可愛さと頼りがいがある。出会いはかなり前だった気がするが、てら神ほど唐突ではなく、最初から敵対などしていなかった。神様の方からこちらへ会いに来てくれた点は以前と変わらないが、こちらはなぜか、むしろ最初から友好的だった。



 好意的であった。

 

 

 既に年単位での付き合いとなるが、しかし、その意図は未だ明確でなく何を隠しているのか分からない。彼女との関係はまだ慎重にならなければいけない。ああ、照神に関する騒動について興味があるのなら、昔の話を探してくれ。



「すまないが、力を貸してほしい。この下に降りたいんだが、頼めるか」


「もちろん。くっつーの頼みなら何でも聞くよ」


「……なんだ、それは。新しいあだ名か? 〝こうちゃん〟とはもう呼ばないのか?」


「うーん、どっちもじゃだめ?」


「まあ、なんでもいいが」



 そう、なんでもいい。〝こ-ちゃん〟でも、恒でも、沓形でも……恒くんでも。なんでもいい。ほんと、呼び名なんてなんでもいい。もはや人の名がふさわしい身分でもないのだから。



「それで、おれはどうすればいい」


「だっこして?」



 ……は?



 これにはさすがに声にすらならなかった。このちび神様は何を言っているんだ。俺は何か人智とかを越えた力で、この見るからに降りることのできないような崖を下まで降ろして欲しいと言うだけなのに、何故抱っこなのか。わからない。なんだ、この神様は出てきて唐突に。王様が声を冷やす気持ちが少しは分かった気がする。今度からはもっと分かりやすく理論立てて話すことを心掛けよう。



「えっと、それはどういうことだ? たしかに、これまでも無茶ぶりはいろいろと多かった気がするが、大体は俺が無茶するだけだった。飛び降りろとか、死なない程度の怪我にしてやるとか、そういうのではなく、え? だっこ?」


「うん。抱っこ!」



 俺は頭を抱えた。文字通りに、物理的に。

 

 

 流石にこの神様がここまで幼いとは思わなかった。なぜなら、最初の協力時はかなり知能的で、論理的思考からサポートしてくれていたからだ。人は……いや、神様も見かけによらないのだなぁ、と思ったのだが、まさか結局、見た目通りの幼さがあるとは。



「まあ、お前の容姿なら不可能ではないだろうが、なんだって、そんな。いったいなんで?」



 サイカは照と同様、容姿は小学生並みである。照が低学年なら、サイカは中学手前の高学年。どちらにしても幼い。一体だれが設定したのやら。

 

 

「正直なんでもいいんだけど、気分?」



 ……訂正。こいつも低学年並みだった。

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