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 永龍。



 ヨンロンと呼ばれるこの組織は札幌を拠点としている。上で聞いたことのある人は稀であろうが、下では有名だ。特にアンダーボーイズに属する若しくは関連している人物であれば、知らない方が敵となりそうだ。



 永龍は別に悪い組織じゃない。反社会的組織でもなければ、向こう側からのスパイとか、外貨流出とか、不法滞在とか、とかとかのどうでも良いところから聞いたような先行的潜行知識で疑う必要性は全くない。では、どんな組織なのかというと、それは料理屋である。ジャンルは名前から想像できるように、中華料理店であり、主力商品はラーメンである。地上には一店舗しかないため、その知名度は地に落ちており、それがそのまま地下へと浸透。地下でその名を轟かせている。



 永龍に日本人は一人もいない。日本人のような中国人もいるが、日本人はいない。日本が好きな奴ばかりで、その大半が金持ちだ。ラーメンは店主の趣味が日本の中国人労働者に伝線し、感化されてチェーン展開したらしい。



 永龍従業員は、前述通り兼業者が殆ど。総数は千人を超えるというから、少子化の底辺を這いずり回る国にとっては羨ましい限り。その数の多さは、しかし実感することはあまりない。当然と言えば当然で、彼らは地下に〝中華街〟を作り、そこを生活拠点としているのだ。中にはビジネスや事業で成功、または成金と成って表で成功している人物もいるが、渡航してきた大半の永龍または永龍以外の労働者はこの〝中華街〟にいる。



 そしてその中華街は貧富の格差が激しい。



 一見すると煌びやかな現代風中華的建造物が立ち並び、異国の空間を作りだしている。特にこの一角は、日本に来て働ければこれだけの生活を送れるだろう、という夢を見させるのに打ってつけであった。しかし、その実態は……という、いつの時代でも変わらない光景がそこにはある。前述通り、永龍所属の多くは金持ちだ。しかし、それ以外の従業員は地元の大食いに食い物にされつつある。ゴールドラッシュ、炭鉱労働、経済特区、旧発展途上国など、過去の歴史のそれらと変わらない。異なるのは誰がその富を握りしめているか、それだけだ。



 日本が利益を得ているのなら、よくある異国における労働問題で済みそうだが、その富は残念なことにこちらへは流れない。中国の大企業、資本家が投資して人件費の低い国で利益を得ているのかというと、それは永龍以外の企業の話。永龍の売り上げはどうにも、ただのラーメン屋に計上されているわけではないらしい。この噂はここ最近ずっと流れており、疑われ続けていた。実行犯はその時々に流行しているぐれた集団だが、その資金源や人海要員の源泉がラーメン屋ではないか。そう言われているのだ。しかし、これは噂に過ぎず、何か確実な証拠があるわけじゃない。



 永龍は悪い奴らではないが一方で黒い噂が絶えないほど、内外から嫌われているのも事実である。彼らが健全的な友好関係を結べるのか、それとも排他的行動に出るべきか、若しくは一切の関係性を断つべきか。いずれになるのかは、アンダーGBにとっても重要監視事項である。王様を含めたボーイズは全てではないが、善悪を見極めるためにも上層部との接触を試みているようであった。ガールズの方は過去にレイプ事件を起こされているので、今にも皆殺しにしそうであるが。



「……質の悪い煙草けむりぐさだな」



 謁見を終え、アンダークロック・フロントに戻ってきた俺は、地下でも絶滅間近の喫煙ルームでみすぼらしい親父どもと楽しく一服を共有していた。無論、相棒の帰りを待っているだけなのだが、ここまでの情報を自分の中である程度統合させて優先順位をつけたいとも思っていた。ちなみに銘柄はバイオレット。平成の終わりには販売が停止したやつ。安いものの中では物がいいらしいので試してみた。二世代前末に姿を消すには惜しいほど安さの中でたぎる質が高らかである。



「依頼内容は……とりあえず安心か」



 急務であった警護は王様の部下たちが付くことになった。あそこは軍のように統制され、王に忠実な愛すべきアホばかりなので大丈夫だろう。これで心置きなく裏側で渦巻く全貌を覗き見ることができそうだ。



 二本目のバイオレットに火を点けたところで、相棒は喫煙室の外に現れた。ぴょんぴょんと可愛げに跳ねることで、やたら必死に俺の方へ合図を送って来たが、せっかく点けた二本目だ。もう少し思考を巡らせる。



 さて、今回永龍の関与が疑われている理由が、この煙草たばこだ。中南梅、チョンナンハイと現地で呼ばれる中国の煙草。白が基本のパッケージとなり、緑のメンソールや青の包装もある。現地の若者に人気の煙草で、永龍や中華街の若者もこぞって吸っている。そしてこの煙草があちこちで見受けられたのだ。もちろん、煙草だけで彼らの仕業と決めつけるのは時期尚早だ。しかし、この話題は王様を動かし、味方に付けるのに短時間で効果的なのである。



 永龍を疑う証拠はもう一つある。



 それは、使い古しのホログラムの欠片が随所に見受けられたことだ。

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