2

 そこは決して陰湿ではない。不透明ではなく、寧ろかなりクリアで、健全さだけで塗り固められており、秘密や隠された真実も存在しない。時計台の下ではあるが、そこに時計はないし、地上と異なり観光名所として賑わうべきところもない。



 ただ、明るい場所だ。



 地上の時計台よりも広い敷地を持つこのアンダー・クロックと呼ばれる広場は、地下世界では最も地上に近い。しかし、それは距離ではない。何が近いのかというと、それは技術である。



「じゃあ、手分けして探そう。お前はフロント、俺はアンダーを」


「了解です」


「では、一時間後にまた」


「はい」



 アンダー・クロックは地下における情報の中心地である。そこには無数の宙に映した電子パネルを掲げた商人が数多商売を行っている。人々は新製品や、使い古したリーズナブルを品定めするために集まるが、遥か過去から現在まで、このように人が集まる場所に情報が密集するという現象だけは変わっていない。お得な情報から耳をふさぎたくなるようなヘイトまで様々存在するが、聞くべき相手は限られる。無論、それは人権派学者でも、過激思想家でもない。右や左に寄り掛かる人間に、今日は用なし。地下で健全に表を向きながら生活を送りながら成功している者の多くはここに来ればどこかで接触できるパイプが存在する。裏の人間はまた別だけれども。



「はあ、そうは言っても、ここ、苦手なんだよな」



 フロントと俗称される一般的な市場は先ほどの場所。あそこは相棒に任せた。そして俺がこれから向かうのはアンダーと呼称される場所。正式名は、えっと、なんだっけ。



 電子ホログラムでロックされている箇所がある地面へ向かい、特別に入手したカード式の鍵を使った。ロック解除。重たい鉄の扉を引き上げると、そこにはアンダー・クロックの地下へ降りる滑り棒が存在している。俺の目的地はこの先というか、下だ。



「仕方ない」



 デジタルロックから現れたアナログ式なこの防備。これだからあの王様の考えは分からない。俺は軍手をはめて意を決した。



「せーのっ」



 俺は滑り落ちた。ちなみに十数メートルは深さがある。




 ▼ ▼ ▼




 滑り降りた場所は円形状のホールとなっており、あちこちに段ボールが積まれていた。絡まったコードが裸でブラウン管テレビやブラウン管みたいなパソコンなどを繋げており、その果ては二度と見えなくなるであろうほど高く積まれている。そのどれもが意識を失っており、再起動の見込みはなさそうであった。



「おい、誰だ? お前」



 このホールで真っ先に出会ったのは警備のおじさんであった。彼は一人だ。入り口の警備を一人でこなすからには、恐らくこのグループではとても腕が立つのだろう。しかし、今はそんなことは関係ない。俺がこれから会おうとしている彼が護っている人物は知人であり、アポイントメントはなくても顔や名前だけで通じる友人みたいな知り合いである。君にとってはトップに立つ信仰の対象みたいな人だろうが、俺にはただのガキの上に立つエアー・キングでしかない。



 さりげなく、それとなく挨拶をしてみる。



「やあ、こんにちは。キングに会いに来たんだけど、今いるかな? 沓形っていえば通じると思うからさ」



 すると警備のおじさんは自慢の筋肉を見せつけ始めた。とてもいい笑顔を浮かべたので、それは楽しく見せてくれるのかと一瞬思ったのだが、そんなことはなく、すぐに真顔になって、そのまま襲い掛かってきた。どうやら俺の名前は下っ端の脳筋にも通じるほどの知名度であったらしい。良い方向にではないが。



「やれやれ、全く襲撃部隊を入り口に置いておくなよ」



 王様と俺は仲が悪くないが、彼らと俺は仲が悪い。王の命令には忠実なチンピラにとって探偵気取りの沓形は目の敵でしかなく、例え俺が彼らの窮地を救うような活躍をしてもこの態度は変わらないだろう。別に過去に何かをしたわけではない。ただ気に食わないのだ。彼らにとっては。



「仕方ない。反則だが銃でも使おうか」


「それはやめろ」



 冷たい声が吹いた。シベリア寒気団かと思った。



「ああ、王様」



 俺だけが王様と呼ぶキングは、きっとどこかで俺たちを見ていたのだろう。監視カメラでも上についているのだろうか。いずれにせよ王様は、国内に危険物が持ち込まれそうだと分かると、それをすぐに差し出すように言ってきた。もちろん、従順な使いはこれにしっかりと従い、笑顔で両手を上げて二本の拳銃を差し出した。いつのまにか十人近くに増えていた襲撃部隊は一方を睨み付け、一方に軽く礼だけをして持ち場に戻った。俺は難を逃れた。



「こんにちは、王様」


「その呼び方はやめろ。キングと呼べ」



 いや、それは別にどちらも変わらない気もする。それと、自分で言っていて恥ずかしくないのだろうか。



「じゃあ、キング。アンダーボーイズにもっと俺に害がないことを教えてやってくれ」


「それは各自で判断することだ」



 恐ろしく冷たい声で言う王様。もうすこし優しくてもいいと思わない?



「わかったよ、もういいよ。それより、仕事の話をしにきた」


「そうか。それなら、こっちだ」



 そう言うと王様は部下に指示を簡潔に出し始めた。どうやらお屋敷に招き入れてくれるようだ。実は、王様のおうちはとても豪華なんだ。入り口こそ平成の公務員が住んでいたようなアパートなんだけど、前後左右に並んでいる扉の一番奥がとっても豪華なんだぜ。ちなみに前後左右の扉にはそれぞれアンダーボーイズの部署となっていて、住居だったり、仕事専用だったりまちまちである。中にはガールズの部屋もあるから勝手に入ると殺されそうになるよ。



「こっちだ」



 王様は自分の部屋へ向かうと、目線だけで警護のボーイズを左右に避けさせ、指紋と静脈認証のために手のひらを機会にかざした。ピピっと二回小さな電子音が鳴り、何かが解除されたようだった。それを確認した王様はポケットから取り出した鍵を鍵穴に差し込み、回して扉の鍵を開ける。ドアノブを回して扉を押し開け、先に入るように促される。ほんと、王様は妙なところでアナログなのだから。



「どうも」



 部屋の中は外と打って変わってアンダー・ガールズばかりであった。王様はアンダーのガキを男女ともに管理しているのだ。アンダーBGにとっては管理して貰っているというのが正しいのだろうが、宗教に近いところもあるので、あまり関係性を追求するのはよろしくない。



「それで、今度はどんな厄介だ」



 扉を閉めて王様は喋りだす。俺は適当に二番目に高そうな椅子を探して座る。煌びやかで、見た目が華やかで広い部屋。優雅な一人暮らしできそう。しかしなぜだろう、女性の温かみ以上に部屋の温度が低い気がする。王様が俺に視線を向けるたびに下がっている気がする。気のせいかな。



「それでは簡潔に。王様は知恵とか人員とかを貸してくれ」



圧に屈しないように背筋を伸ばして話を始める。



▶依頼主は神下。それ以上は名乗らないため、これが本名か偽名かは不明。所属も身分も住所も職も不明▶呼び名以外がわからない依頼者からの依頼は身の安全の保証のみ。理由は分からない。何から守るのか、何が敵で、味方がいるのかいないのかも分からない。ただ、守ってくれの一点張り▶しかし、報酬に糸目はつけずやたらと羽振りが良いので引き受けた。本人は自分のことを話すつもりはないし、聞かれても肯定や否定はしないが探るのは構わない、と。とにかく安全を保証して欲しいとのことだった▶現在はパール通りに伝を求めて避難しているそうだが、果たしていつまでもつか▶彼の素性と状況、意図する目的とその背後組織、当てにしているその財源と人間相関図を調査。同時に未だ明らかになっていない事件の問題となっているはずの問題が何であるかを明確化。解決していく。



 以上だ。



「なるほど。それでこちらは何が得となる」



 当然の返答だった。王様にその豊富な経験によるお知恵と豊富な人脈によるやんちゃな人たちをお借りしようというのだ。幾ら旧知の仲であるからと言って、無償のボランティア精神でお願いしようなどとはこれっぽっちも思っていない。まったく思っていない。想像すらしなかった。王様に言われた今、ようやく昔そう思っていたことを思い出したくらいだ。



「まだ確定じゃないが、どうやら永龍が関わっているかもしれないんだ」


「……なるほど、それは話が変わるな」



 氷を散らすような風が吹いたが、これは味方にできたようだった。詳しく聞かせろと言っている。忠実な僕である俺は持っている情報を共有し始める。



 ようやく王様の温度が上がってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る