第2話 私は、何者にもなれなかった。




「あっつい」






夏は終わりかけ。

セミも全然鳴かなくなった。

それなのに、あっつい。



汗が滲んでイライラする。

こんな日は、結果的に上手くいかないことが多い。


でも私は比較的容量の良い方だ。

今日だってもう仕事は終わっていて

後は退勤を待つのみ。



まぁ、やる事はあるが。

それは別に明日でいいし、何より面倒臭いし、やらない。

その結果暇だ。暇すぎて、余計な事を考えて

イライラするのだ。


仕事は5年目に突入している。

高校を卒業後すぐ就職して、今までずっと同じ会社だ。


私の性格上、少し大雑把でガサツな所はあるけど

プライベートと仕事はきちんと分けている。

そりゃ、仕事はちゃんとやるさ。


だけどこうも暇だと、どうしてもプライベートに目がいく。


その中の一つである、ムカつく事。

それは彼氏からのLINEの返事が無くてもう3日が経った事だ。


私の最後の文章は

「おはよう」だ。


なんなの?まだ寝てんの?

死んだ?


返事が遅いのは知ってるけど、こうも遅いと浮気してるんじゃないかと疑う。


まぁ、してたっていいんだけどね。もう。

本当に付き合ってるのかどうかも疑わしい関係だし。


昔感じてた恋愛の熱はもう無い。

惰性でお互い連絡を取り合ってる感じだ。


だが、そんな関係でも連絡がこないとムカつく。

連絡返さないのは人としてどうなの?

そう、あくまで、人として。


そんな感じでイライラしながらも、退勤の時間だ。



「お先に失礼しますーお疲れ様でしたー」

そう上司に告げると


「私ちゃん、まだ仕事終わってないよ…?」

「え?」

「いや、コレとコレと…コレと…」

私は、心の中で大きくため息をついた。

「はぁ…すみません、すぐ終わらせます。」




ほら、結果的に上手くいかない。




帰り道。

塀の上を歩く猫を見て、小さく独り言。

「お前は自由でいいよなあ〜」


こんな時はお酒が1番だ。

コンビニでストロングゼロのロング缶を買って

誰もいない家に少し大きめの声で

「ただいま!」


当たり前だが、返事はない。



視界に入るアコースティックギターのケース。


見なかったことにして、お酒を一気に飲み干した。



--------私の生活はいつもこんな感じだ



特に面白いこともない。

友達とは予定合わないし

彼氏はいるけど、たまにしか会わないし。


仕事も苦じゃない。

でも休日はなんか疲れてるから一日中寝てる。


3本目のストロングゼロを空けると

だんだん鬱気味になってきて


「私は今どこにいるんだろう?」

「昔の私ってどんな感じだったっけ?」

「こうして1人で寂しく死んでいくのかな〜」


だんだん思考が飛躍していく


「宇宙広すぎて病みそう」

「なんで昨日はないのに明日はあるんだろう」

「私って、ひょっとして"概念"?」


考え出したら、果てしない。キリがない。


最終的にはNetflixで大して興味もない映画を見ながら寝落ちする。


朝になって、また仕事に行って、帰って、寝て、起きて…



以下無限ループというやつだ。























一体私は何者なんだろう


私の人生なんて、誰でも歩める























そんな変わり映えしない毎日が変わったのは、急に連絡をしてきた幼馴染の友達がきっかけだ。



「久しぶり!最近どう?」

「久しぶり、急だね、特に。普通だよ。そっちは?」

「私は今最高に幸せ!この幸せを誰かと共有したくてLINEしちゃった笑」


なんだそれ。

他に共有したい人いなかったのか。

なんで私なんだ。

でも、最高に羨ましい。なんだろう。


その"幸せ"が気になってしょうがなかった私は、LINEが来たその日に彼女と飲みにいった。



「久しぶり〜!元気だった?いや元気じゃなさそうだね!!昔からそんな顔だったっけ?笑死相出てるよ!大丈夫?笑」


う、うざい…

でもなんだか嬉しいような、感じもする


お酒が進み、本題に入る。


「それで、どうして今幸せなの?男関係とかだったら冷めるから話さないでね笑」

「違うよ〜笑私ね、少し前に大きな夢が出来たの!」

「夢?」

「そう!」

「へ〜どんな夢?」

「音楽!」

「音楽?これまたどうして」

「少し前に駅前で路上ライブしてる女の人がいてね、その人がとんでもなくかっこよくて、私もやりたい!!って思って、衝動的にアコースティックギター買っちゃって今練習中なの!!」

「もう、本当にその人凄くて、なんていうか、感情に攻撃してくるっていうか、んーー言葉に出来ない!笑」



言葉がまるでマシンガンだ

文字通りの、マシンガンだ。


お酒を飲む手が思わず止まった

そしてジョッキを強めに置いて


「それって最寄り駅の時計台の下で見た?」

「そうだよ!」

「どんな顔だった?名前覚えてる?見たの1回だけ?」

彼女は怪訝そうな顔をして

「え、どうしたの急に笑」

「うーん、、ええと、、顔は下向いててよくわからなかったし、ネームプレート?みたいのもなかったし…座り込んでただ黙々と弾いて歌ってたって感じだった!見たのは1回だけだよ!」

「…1回みただけでそんな…そんなに魅力的だったの?」

「そんなに魅力的だったの!!見終わったあと"やばい!私の人生変えられちゃった!"って思ったな〜」

「見終わった後話しかけなかったの?」

「いやいやいやそんな勇気無いよ〜憧れというか、ジャニーズの人とか、芸能人に会っても緊張して話せないでしょ?それと一緒!」


「そっか…」


私の気持ちを差し置いて言葉のマシンガンが止まらない彼女。

その話を聞いてから、私は相槌を打つだけのAIみたいになってしまった。


時間が経って、お開きした後

帰り際に彼女から

「私ちゃんに久々に会えて嬉しかった!また会おうね!後、音楽は最高だよ!私ちゃんも音楽やれば?笑じゃあまたね!」


「あはは…またね」

私は愛想笑いで手を振った。













帰り道。

塀の上で寝ている猫を撫でながら







泣いた。





たくさん泣いた。









彼女が言っていた路上ライブの女性は





紛れもなく私だったのだ。





まさかあの人だかりの中で

私の歌を聴いている人がいるとは思わなかった。



足を止める人はいたが、顔を見るのが怖くて、足ばかり見ていたから…気づかなかった。








そう、私はかつて音楽をしていた。

でも、やめた。


小さい頃から密かに想っていた夢。

どうせ無理だろうな〜と思いつつも、家で少しずつアコースティックギターを練習していた学生時代。


それが社会人になってから、やっぱり音楽したい!

働きながらでも"いつか音楽で飯食ってやる!"と意気込んではいたが



やってる途中で諦めてしまった。

たぶん彼女が見たのは私の最後の路上ライブだろう。



あんな独りよがりで痛々しい音楽、誰が聴くんだと思っていたけど、私の声はちゃんと届いていたんだ。




たくさん泣いた後、家に帰って

ホコリ被ったアコースティックギターを取り出して、弾いた。



その瞬間

心が救われたような気がした。


私はなんてバカだったんだ。

私は音楽が好きなんだ。

今でも変わらず、好きなんだ。

どうして忘れたことにしてたんだろう

どうしてなかったことにしてたんだろう



もう一度、やろう。

金にならなくたっていい。


好きなことを好きと言えれば、それでいい。












-------あれから随分と時が流れた




嫌いだった夏は

曲にしたら好きになった。


まだ仕事は続けている。

今では人に指示して動かす立場だ。


大雑把でガサツな私でも、ちゃんと続けてやっていればそれなりに結果はついてくる。

今日もよく頑張ってる。私。偉い。

そうやっていつも自分を褒めている。


幼馴染の友達とはよく会うようになった。

好きなアーティストのライブにも一緒に行くし、何でも話せるような関係になった。

彼女の夢は音楽ではなくなったが、今でも趣味として楽しんでいる。

私と一緒だ。


後々になって、彼女が見た路上ライブの話をした。


実はそれ、私だったんだよねと打ち明けたら、当然驚いてはいたが


突然涙目になり

「本当に、本当にありがとう」

と言われた。



彼女もまた、苦しんでいたらしい。



彼氏とはだいぶ前に別れた。

代わりに趣味も考えもバッチリ合う人に出会って

付き合うか付き合わないかの恋愛の醍醐味を楽しんでいたが、つい最近付き合った。


決め手は、連絡をマメに取ってくれること。

素晴らしい。人として、素晴らしい。



何にも不自由ない生活。

あの頃が懐かしい。




"幸せはどこにでもあって

どこにもない"




それに気づいたおかげで

私の人生は今、とても輝いている。




ある時、仲良くなった新入社員の女の子が私に聞いてきた。


「私は、一体何者なんでしょうか。毎日毎日同じ事の繰り返しで…変わりたいと思っていても、何も変えられなくて、本当に、辛いです…」



なるほど。


私はその子の目を見て言った。


「私だって、何者でもないよ。ダメなの?」

「いや、ダメじゃないですけど、それじゃ答えになってないですよ…」

「え?なってるじゃん。何者でもないから、自由なんだよ。何をするのも何を思うのも、ね。」


…とても複雑そうな顔をしている。


「わかったわかった。じゃあ今日ご飯食べに行こ!たくさん話聞いてあげる!それでいい?笑」

「わかりました…」

「まったく、どっかの誰かさんみたいだな…」

「??誰の事ですか?」

「内緒!はい、さっさと仕事終わらせよー!」








何者でもない私は

今日も生きている。







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