第13話
「ーー締めて、金貨4枚と小金貨3枚、小銀貨3枚、大銅貨1枚、銅貨4枚になります」
最初に案内してくれた店員さんが笑顔で告げる。その声で、俺は意識をレジへと向けた。
あの後、俺の分のデザートをアイリーンとアーシーの二人で処理し、アーシーももう店を出るとの事だったので、お会計へ向かった。しかし、予想していた通り大量の注文履歴だったがため、途中から店員さんが読み上げるのを聞き流していたのだ。
ちなみに、どうやって注文履歴を残しているのかと思ったが、いつしかシンシアの言っていた、記録結晶なるものを使用しているらしい。どうも、この記録水晶は、映像を記録する物、文字を記録する物、音を記録する物などいくつかの種類があるのだとか。ここの様なお店の場合は、文字記録水晶を用いる。
しかし、大体43万円か。よくそんなに食ったな、ほぼ二人で。
つい、お会計で相談している二人を見る。
……
そんな二人は、どちらがどのくらい払うのかで絶賛相談中である。
一応言っておくと、お会計については知っての通り、俺はお金を持っていないため何もすることが無い。
それから、しばらくかかると思っていた相談だが、一分もしないうちに終わった。
お互いが多く払おうとするせいで難航しているかに見えたが、案外あっさり決まったようだ。どうやら、こちらが金貨二枚と小金貨全て。残りの金額があちら持ち、という割合らしい。
アイリーンが腰の硬貨の帯から、アーシーは、座っているときは影になって見えなかったが、腰に付けていたウエストポーチからそれぞれお金を支払い店を出た。
店の前まで来たところでアーシーがおもむろに口を開いた。
「今日は、有難うございました。ほんとは、一人で、食べることになるはず、だったのに、お二人のおかげで、楽しく食べれました」
ふんわりと、優しく微笑んでお礼を言ってくれる。
「いえ、こちらこそ。本日は相席をしていただいたうえに、これほど楽しいひと時を提供していただきありがたく思います」
「そうだな。今日は、アーシーのおかげでとても楽しいひと時を過ごさせてもらった。礼を言う。有難う」
アイリーンが丁寧に礼をしつつ返事を返す。それに釣られるようにして俺も感謝の言葉を告げた。
ちょっと出遅れたが、この気持ちは本当である。確かに、少しばかり注文してくれた品物は多かったかもしれないが、別に嫌ではなかった。何というか、友人と遊びに行ったときの様な雰囲気で非常に楽しかったのだ。それに、この店の料理は何かと地球に似ていた。確かにこの世界で目覚めてまだ二日だが、こちらでも地球の料理が食べられるとしれたのはかなり大きい。別に待っていてもいつかは食べられたかもしれないが、その事実を早くしれたのは嬉しかったのだ。こじつけみたいだが、場のテンションも合わさり嬉しかったのだ。
ちなみに、屋台の食べ物は地球っぽい物も在ったが、素材が特殊なのでノーカンだ。
「いえ、そんな、感謝なんて、されるようなこと……。でも、もし、恩を、感じてくれているのでしたら、私の友達で、いてください」
俺達に感謝されて恥ずかしそうにしながら、そんなことを言ってきた。ずいぶんと今更だな。とっくに俺達は友達だろうに。もしかしてアイリーンはそうは思っていないとか……絶対無いわ。今までの反応からそう断言できるわ。まあ、付き合い短いから、演技とかされても分からんけど。きっとそんなんじゃ無いと俺は信じているぞ。
ちなみに、アーシーに友達で~といわれるまでは、俺ってどんな立ち位置にいるんだろう、と若干不安だったのは内緒だ。
「もちろんです。私たちは、とっくに友達ですよ? 今も、これからも」
「そうだな。そんな心配はするだけ無駄だぞ? 安心しておくといい」
「っ……! 有難う、ございます。これからも、また会ったときは、よろしくお願いしますね。きっと、どこかで会う、そんな気がしますから」
うむ。やっぱり、心配は無用だったな。いろんな意味で。ちょっと泣きそうなアーシーの顔にぐっと来たぜ。……アイリーンはまったく表情を変えて居ないが。
それにしても、別れること確定か? アーシーの口ぶりがそんな感じだが。
まあ、友達って言っても四六時中一緒にいるわけじゃないけど。
「アーシーはこの後はどうするんだ?」
「私は、これでも、拠点が別の町にある身なので、この後は、いくつかの街を巡りつつ、自宅へ、帰りたいと、思います」
「なるほど。だから先ほど別れるような口ぶりだったのか」
「そうです。お二人は、見たところ、目立った荷物もありませんし、この都市か、近くの街に、住んでいるんですよね? なので、ここでお別れだと、思ったんです」
そう言って、アーシーはまた、少し寂しそうな顔をした。
確かに、俺達はこれと言って荷物は無いな。しかし、その理屈で行くと、アーシーも軽装じゃないか?
「アーシーもずいぶんと身軽だが?」
「私は、このポーチがあれば、問題ありませんから。お金、いっぱい、入ってますし」
「そうか。まあ、金さえあれば食うものにも、宿にも困らないからな。帰り着くまでに足りるのなら良いのか」
「そういうことです」
ふむ。そんなに金があるとは思わなかった。アーシーってもしかして、いわゆる貴族とか言う奴なのか? あ、でもそうだとしたら、一人旅はありえないから、案外、大商人の娘とかかな。確か、こう言う世界は、お金持ちと言ったら貴族か大商人だし。大穴で、高ランク冒険者だけど、そうは見えないしな。
っと、それよりも俺達が別にこの辺に住んでる分けじゃないって教えないと。
「そうそう、アーシー。先ほど勘違いをしていたが、俺達は別に定住者では無い。これでも一応旅をしている身の上なのだ」
そう軽く訂正すると、アーシーは嬉しそうに微笑んでくれた。
うむ。笑顔が一番だな。
「そうだったんですか。それなら、また、どこかで会えるかも、しれませんね。私の予感、当たってました」
「ああ、そうだな。それで、差し当たっては、アーシーが寄る予定の街を参考までに聞いておきたいのだが、良いか? 近くへ行ったときに軽く覗いていこうと思っているのだ」
「はい。もちろんです! 私も、会えれば嬉しいですから。一応、ソールヴィニオン、シャリアルドネ、カルベンネには、寄る予定、です。あと、私の住んで居る所は、ヴィアレーリアにあります」
「分かった。とりあえず、カルベンネ、シャル……それらの街が近くにあれば軽く寄っていく」
……まあ、まずはそれらの街の名前を覚えるところからですかね。
「ふふっ、楽しみにしてます」
ま、アーシーには受けたみたいだし、今回は良しとしよう。
==========
「それでは、また、別の街で!」
アーシーが手を振りながら、一人、道を進んでいく。
「ええ。また、別の街でお会いしましょう」
「ああ。また会おう!」
俺達も、返事とともに手を振り返した。
アーシーはしばらく手を振り、そして、
俺達は正門から入った訳じゃないから確信は持てないが、恐らくあっちは正門の方向だな。
本当にお別れか。短い間だったが、楽しかった。例えどこに向かったとしても、さっきアーシーが言っていた街には寄っていこう。アイリーンが覚えていたら、だが。
まあ、もちろん俺も全く覚えていないわけではないから、最悪アイリーンが覚えていなかったとしても、行けないことは無いだろうがな。
カルベンネ。コレは覚えている。ええと、確か他のは、シャルドネ? あれ? これは酒の名前だっけ? ソールビニオン、うん、これはなんか近い気がする。
……まあ良い。こんな所でうだうだ考えてるよりも聞いた方が早い。あ、ついでにこのあと、この都市のどこにいくかも決めておきたいな。まあ、こっちは街の名前とかを聞いてからでも良いか。記憶は風化していく物だしな。忘れない内に聞いてしまおう。
……いざ聞こうと思うと、正直、忘れたっていうのもちょっと恥ずかしいな。アイリーンは俺のことを万能と思っている節があるかつ、崇拝してるし、案外忘れたっていうのも、ボケだとか言うふうに受け取ってくれているかもしれない。良し、ちょっとだけごまかしつつ聞いてみよう。
「アイリーン、先ほどの街について
これならきっと、ごまかせるはず。ごまかせてください、お願いします。
「え、あ、ああ。はい。訪れたことが無いので、あまり詳しくはありませんが、知っています。ソールヴィニオン、シャリアルドネ、カルベンネ、それとアーシーが住んでいるヴィアレーリアについてですよね。あ、すいません。ヴィアレーリアについては行ったことがありました」
ん? なんか考え事か? ちょっと返事が遅かったが。まあ、アイリーンも生きてるんだから考え事くらいするか。……はっ! もしかして、俺が名前を忘れていたことに気がついているっ!?
……気にしないでおこう。大丈夫、問題は無い。俺の思惑通りに行っている。実際、名前も知れたし。
そんなことより、アイリーンはヴィアレーリアには行ったことがあるんだっけ。でも、中間には行ってないと。と言う事は、わざわざよらなくても行けるのかな?
「ヴィアレーリアだけに行ったことがあるのか? ほかの三つの場所は通らないでも行けるのか」
「はい。あそこにはエベレスイートの本店が有りますので。そして、ほかの三つの街につきましては、少し脇に逸れる、と言った感じですね。私は本来、休憩などは特に必要としないのでそのまま直に行きました」
なるほど。人間は逸れる必要があると。そして、食べ物目当てで行ったのか。
「まあ、実際は竜様を探すことが目的で、エベレスイートはついででしたが」
……なるほど。ちゃんとした目的が在ったのか。なんか、スマン。
「ふむ。ということは、その街は竜を探すことができる物でもあるのか? それとも、案外、火竜の様にその街には竜が居るのか?」
「はい。その通りです。ヴィアレーリア、この街には、地竜様が住んでいる大神殿が御座います」
……冗談で居るのかって聞いたのに、あっさり肯定されたでござる。しかも、住んでいたでござる。
竜って案外普通に住んでるのかな? なんかその街周辺やその街が所属している国にたいして影響力すごそう。
ってか、アイリーンと会った時の話では、近場に竜は火竜しかいなかったとか何とか言ってなかったっけ?
「なあ、確か、アイリーンと会った時の説明で、竜は火竜くらいしか周辺にはいなかったのではないのか?」
すると、アイリーンは一瞬、おや? と言うような顔をしてすぐに納得のいった顔をした。
「ああ、それはですね。つまり、私の簡単に行ける行動範囲内での話です。知っての通り、私の人化は、見た目で言えばかなり不完全な物です。角なんか特徴的ですよね。なので、あまり長時間人の街には滞在できません。と言うか、したくありません。しても、安宿でせいぜい二日と言ったところですね。そして、このヴィアレーリアと言う街は、あの魔力の森から、恐ろしく遠いのです。なので、周囲には火竜様しかいなかったのです」
ああ。なるほど。そういう事ね。そりゃあ、ばれるリスクも高まるし長期滞在は嫌だよな。
そしてそこで目的達成が出来ていないところを見ると、運悪くアイリーンが居る間に地竜に会う事は叶わなかったと。でも、住んでるのが分かっているのにもう一回、粘りに行っていないって、どのくらいの距離なんだろうか。
「そんなに遠いのか」
「はい、それはもう。ここから、人の足で有れば、二月いかないまでも、それなりには覚悟した方が良いかと。猪車や馬車でも、二、三週間、遅くて四週間と言ったところですかね」
ははは、遠くね? 歩いて一月越えとかお
「因みにアイリーンはどのくらいかかったのだ?」
「私ですか? そうですね、私は、十日位、だったでしょうか。確か二週間はかかっていなかったはずです。あ。カース様は、本気で行けば一週間掛からないと思いますよ。竜としてのお姿で有れば、それこそ三日あれば御着きになるでしょう」
速ぇぇぇ! 何者だよアイリーン、そして俺! ……あ、魔物と竜か。
うん。でも、よくわかった。そんな本気で行くつもりもないし、ヴィアレーリアに行くのであれば、確実にさっきの三つの街には寄ることになるだろう。
っと、まだそのほかの三つについては聞いていなかったな。
「ヴァレーリアについては、まあ、分かった。次は他の三つについて軽く聞いておきたいのだが」
「そうですね。他の三つは、先ほども申した通り私はあまり詳しくありません。なので、聞いた話になりますが、この三つの街はセットで扱われることが多いようです。基本的に、ヴァレーリアに行くための中継点ですからね。それでよく聞くのが、『ソールヴィニオンには薬がある。シャリアルドネには鋼がある。カルベンネには安息がある』と言う
カルベンネ……。ま、まあ、悪い事じゃないけどね? うん。安息、良いじゃない。決して、何もないとか言ってはいけない。
「ふむ、そうか。カルベンネは、安息と言う事は宿が多いのか?」
「そうですね……宿が多い、と言うよりかは自然が豊かで、周囲の街ーーソールヴィニオンや、シャリアルドネなどで疲れた体や心を癒す、と言った意味があります。なので、宿もそれなりの数ですが、それがメインではないのですよ」
「それは、娯楽など街の設備が充実していると言う事、か?」
「まあ、
ほうほう。どうやら、カルベンネも良さげな街じゃないか。先走って勘違いして悪かったな、カルベンネよ。
「他の二つは、その謳い文句の通り、薬屋や、鉱山が?」
「薬屋は正解です。シャリアルドネの方は違いますね。鉱山ではなく、鍛冶師です。実はこの二つの街は、過去に地竜様の系統竜である、毒竜様と鋼竜様が拠点になさっていたのです。そのためお二方にまつわる、薬師と鍛冶師がそれぞれの街に集まったのです。あ、系統竜についてはご説明は必要ですか?」
へー、そんなことがあったのか。ってか、やっぱり案外竜はどこかしらの街に住んで居ると思っていいのか?
ええと、系統竜だっけ。それは何となく予想が付くな。初めにシンシアが説明してくれた時に、『始めの六匹の竜の配下と言うか、系統として竜が生まれる』と言っていたのできっとそれの事だろう。
「初めの六匹の竜の配下、系統として生まれる竜と言う認識で合っているか? もし違うのなら、できれば説明してくれるとありがたい」
「いえ、そのような認識でよろしいかと。私も詳しくは知りませんしね。あとは、シャリアルドネ以外の街にはエベレスイートの支店があると言う事ぐらいしか知りません。この程度の情報でよろしいでしょうか?」
ふむ。あまり知らないと言う割には十分だな。その、エベレスイートの情報は特に要らない気もするが。
「十分だ。ありがとう。……さて、アーシーの行く街についても分かったし、次はこの街でどこに行くかを決めたいのだが、何処か良い場所はあるか?」
と言う事で、目的地決めに移ろう。もちろん、アイリーン任せで。相変わらず俺はこの街の名所とか知らないからな。
あ、流石にもう、飲食店関係は無いよね?
「そうですね……。私としましても、この街で他に案内したい場所は無くなってしまいました。ギルドにしても、武具屋にしても、わざわざ見て回る様な物でもありませんし……」
ほうほう。アイリーンさんや。案内するところが無いとはご冗談を。俺個人としましては、ギルドも武具屋も超見てみたいですわ。あわよくばギルドに登録してみたいくらい。
ちなみに、この街のギルドは冒険者ギルドしか存在しないため、ただ『ギルド』と言われた場合は、基本冒険者ギルドを示すらしい。
ともかく、どうにか説得してみよう。この街に来た時に聞いたギルドの説明で、何処のギルドカードでも身分証にできると言った話が有ったのでこの辺を話そう。まあ、素直に言えば案内してくれるだろうけど。
「確か、ギルドカードは身分証にもなるのだろう? 確かに、街に入る時の検閲は顔を見られるだろうから厳しいだろうが、街中で衛兵に質問などをされたときなどには使えるのではないか? それを考えると、俺としてはギルドに行って、あわよくば登録などをしてみたいのだが……」
「ああ、成程。しかし、カース様、申し訳ありませんがそれはオススメできません。確かに、身分証位ならば問題ありませんし、カース様のおっしゃる通り何かしらに役に立つかもしれませんが、そもそも、私の様な上位の魔物や、カース様の様な竜様はギルドに登録するのは厳しいのです」
と、自身の考えと希望を述べてみたのだが、あっさりとその願いは崩れ去った。
「そうなのか?」
「はい。基本的にギルドカードの登録には、所有者の魔力をカードに記録、焼き付ける必要があります。魔物を含め、この世界に住まうありとあらゆる生命は魔力を体に宿しており、その魔力の質は個々において異なるそうです。実際、上位の魔物で有る私は魔力の質を感じ取ることが出来ますが、同じ魔力の質の者には遭った事がございません。質と言うのは、この場合私たち魔物が味と認識しているものの根本みたいなものです。コレは基本的に上位種しか感知できません。私たち鬼蜘蛛や、他にも例を挙げるなら、
「
なんか知らない名前が出てきたな。話を聞く限り、魔力感知が得意なのか。
「ああ、
鶏達はさらっと流された。そしてさらっと話に登場する風竜。
どうやら、俺みたいにギルドに登録しようとしたと。
「その結果は当然、大爆発。ギルドの建物自体が吹き飛ぶほどだったとか」
……え、マジ? ギルドってどのくらいの建物かは知らんけど、まさか
しかし、アイリーンは気にする事もなく話しを続ける。
「その結果、水竜様よりすべての竜様に対して、ギルド登録禁止と言う文言が出されたのだそうです。また、ギルドに対しても、強大な魔力を持つ存在、上位の魔物などに対して厳重な警戒を行うようにとの指示が出されたのです。なので、私もカース様も恐らく登録は出来ないかと」
「正直、その話をされてまだ登録に行こうなどと言うほど常識を捨てたつもりはない。それよりその話の、爆発によるけが人やなんかはどうなったのだ?」
「ああ、そちらは風竜様がお守りしたため、建物以外被害はゼロだったそうです」
「そ、そうか」
風竜すげえな。
とりあえず、登録はいけないのは分かった。それでも、ギルドを見てみたいのは変わらない。むしろ、異世界来た時の定番だと思うんだ。
なので、案内だけでもお願いしてみる。まあ、たぶん大丈夫だろう。
「まあ、それでも、ギルドがどういった建物かは見ておきたい。頼めるか?」
しかし、そんな俺の予想は裏切られる事となる。
「……すみません。カース様のお願いを断るのは非常に心苦しいのですが、少々、外せない用事が出来てしまったようです。一度、単独行動をお許しいただけませんか?」
なんと。何か、忘れてた用事でもあったのかな?
何にせよ、単独行動をするのは何の問題もないんだけど、もう一回合流できるのかな? そのまま逃げちゃったりしないよね? ……いやいや、そんな事は無いはずだ。正直、アイリーンに居なくなられると、そこらへんにいる小っちゃいお子さん並に……いや、それ以上にこの世界について知らなくなってしまう。
「それは構わないのだが、その用事とやらが終わった後に合流する手立てはあるのか?」
「はい。確実に問題ありません。私たち、鬼蜘蛛全員……かは分かりませんが、私自身は気配探知には優れているつもりです。少なくとも、一度認識さえしてしまえばこの街全域を、私たちが入ってきた防壁の所から把握するくらいは可能です。なので用事、いえ、本来ならば雑事と言い切ってしまっても良いのですが……ともかく、つまり目的を果たし次第、カース様が何処に居ようとも、確実かつ迅速に合流を果たして見せます」
お、おう。少々の苛立ちと言葉の力強さから、よくわからない気合と覚悟を感じた。この街全域ですか……。とんでもない性能だな。この街、ざっと外観を見ただけでも、端が見えないくらい大きかったんですが。案外、此処から魔力の森の奥とまではいわないまでも、入り口位なら分かるんじゃないか?
あと、何処に居ようともって所によくわからない寒気を感じたのだが、それは『この街のどこに居ても』って意味だよな?
あ、ちなみにアイリーンの苛立ちだが、どうも俺に向けていると言う訳ではないようだ。何となくだが、意識が別の方向に向いている気がするのだ。
「わ、分かった。それさえ知れれば何の問題もない。俺は、アイリーンを頼りにしているからな。アイリーンが帰ってくるまでゆっくりしているよ。だから、アイリーンも慌てる必要はないから気を付けて行くんだぞ?」
俺が待っているせいで、その用事とやらが失敗しました~、とか笑えないからな。まあ、雑事って言っちゃってるし、大丈夫だろうけど。
しかし、今の言葉は逆効果だったかもしれない。俺の言葉を聞いて、アイリーンの目が輝いた。
「はいっ、承知いたしました! 一切の被害も許さずに、確実に処理してまいります!」
……おや、やっちゃった? え、何に反応したの、処理? 被害? え、ちょ、その用事って何!?
「あ、ギルドはあちらに見える大きめの黒色に黄色の縁取りの屋根の建物です。もしよろしければ、時間つぶしにでもご利用ください。それでは行って参ります!」
「あ、ありがとうございます? 行ってらっしゃい?」
アイリーンは、アーシーが向かった方向、街の正門の方面に駆けて行った。
あ、なんか小さい人影が、防壁を超えた。え? あれ、アイリーンだよね? そんな堂々と、越えちゃって良いの? あ、でもうまい事、建物の影になってるのか。いやいや、絶対何人かに見られてるって。ってか、よく考えたら、はっや。もう防壁まで行ったのかよ。ここ、街の中心とは言えないまでも、それなりに内側だぞ。
……うん。まあ、なるようになるだろう。
よし。別の事考えよう。ああ、そう言えばギルドの場所、大雑把に教えてもらったんだよね。行ってみるか~。こういう異世界モノだと、ギルドに行くと変なのに絡まれるのがテンプレだけど、俺も絡まれるかな? 今の身体がかなり強そうだからちょっと楽しみだわ。じゃ、さっさと行きますか~、ははっ。
==========
「はあっ、はあっ」
砂に足を取られる。普通の街道を行けばよかった、とフィーリアは若干後悔した。しかし、背後から、キシキシ、と言う直接体の芯に響くような不快な音に、ただの商人や街の人を巻き込むわけには行けないと考えを改めた。
フィーリアは、グランドたちと別れてから、只管に街道から逸れた砂地を走っていた。普通の街道は、確かに砂にまみれてはいるが、道として機能していることから分かる通り砂の層が薄く、比較的走りやすいのだが、グランドたちと居たのが、街道から離れた魔力の森に近い場所だったため、そのまま砂地を走ってきたのだ。
フィーリアはここに至るまで一切休憩をしていない。そもそも急を要する事柄であり、加えてすぐ後ろを鬼蜘蛛が追いかけてきているからだった。グランドたちが引き受けると言った鬼蜘蛛だが、流石に三人では限界があったのか、隙をついて、数匹フィーリアを追いかけてきてしまっていたのだ。
そんな中、リーダーたちも流石に一匹も逃がさないのは無理か、などとフィーリアは考えていた。何か考えて意識をそらさなければ、背後から迫る強者の気配に腰が抜けそうになるのだ。
「それでもっ、私を追いかけているのがこの数ってっ、すごい事なんですけどねぇ!」
息も切れ切れで、フィーリアは叫んだ。深い意味は無い。ただ、声を上げ己に喝を入れたのだ。
視界の先にはぼんやりとではあるが、端が見えないほどの大きさの、ネウルメタ名物の防壁が見え始めていた。しかし、そこまで命の危機にさらされながら走りつづけた、フィーリアの体力の限界が来ていた。
だからこその喝だった。あと少しだ、と。後ろの奴らは、詰所に居る複数人の兵士で、討伐まではいかなくとも、ギルドから応援が来るまでの時間は稼げる、と。
それでも、喝などが意味をなさないほど、フィーリアの身体には限界が近づいていた。
フィーリアの足がもつれた。大きくバランスを崩す。
その時は、そのまま何とか前転で体制を起こし、よたよたと走りつづけた。
必死だった。自分の命のため、ではない。仲間のためだ。
「まだっ、あと少しなのっ! 私の身体、動いてっ!」
しかし、その思いは虚しく砕け散る。
足元に、この砂場にはめったにないはずの、こぶし大の石が転がっていた。
フィーリアはそれを、思いっきり踏み抜いてしまった。
「あっ!」
気付いた時にはもう遅い。
フィーリアの視界が大きく傾いた。そして、先ほどのようにうまく体勢を立て直すことは出来ず、無様に砂まみれになり、砂地を転がる。
そんな中でも、何とか、身体を起こそうとした。その時、足首に、痛みが走った。
「痛っ……!」
ただでさえ、ふらふらでバランスなど取れていなかった。変な風に石をを踏み抜いた足首は、捻挫になっていたのだ。
浮かせかけた身体が砂地に落ち込む。フィーリアは走り始めてから初めて、体を止めてしまった。
「まだっ!」
そんな気合も、限界を迎えた身体には意味をなさなかった。
「そんなっ……! こんな時に……」
フィーリアの目に、うっすらと涙がたまる。その涙は、死の恐怖などではない。
フィーリアの目はまだ死んでいなかった。しかし、その意に反して、一度完全に止まってしまった事により、体は今までに溜まりに溜まった疲労を意識し動かなくなっていた。
フィーリアの目の前には、死が迫っていた。
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