第11話
「……」
何事かを答えようとしていたアイリーンは、僅かに開いていた口を閉じ、軽く俯いた。顔が赤くなっていたのを俺はしっかり目撃してしまった。コレは、可愛いと思っても仕方が無いと思う。
そんなことを考えているところではない。気まずい。この空気をどうにかせねばならない。と、俺が何か言う前に、アイリーンが顔を上げぼそぼそと弁解を始めた。別に気にしてないんだがな。竜眼で見た時に、
「あう……あの……、すいません。え、と、私、一週間くらい何も食べてなくて、その、魔物なので毎回食べる必要はないんですけど、竜様について調べるついでに、いろんな町で食べ歩いてたら人間の食べ物がおいしくて、毎日三食、食べるようになって、いつの間にかそのの時間で、お腹が空くようになっちゃって……。一週間我慢できたんですけど、うぐぅ……お腹が空きました……」
「あー……。まあ、気にするな。竜眼で見た時に何となくわかっていた。まずは朝食だな」
そう、朝食だ。今はまだ朝なのだ。正確な時間は分からないが、空に浮かぶ陽は未だ高いとは言い難い位置にいる。多分起きてから一、二時間。
起きた時の明るさを思い出す。あまり意識していなかったが確か、明るくなり初めだった。だから、今は6時から7時くらいではなかろうか。この世界の基準が分からないが、ちょっと朝食
「じゃあ、案内を頼めるか?」
「ええ。はい、お任せ下さい」
どうやら、そこそこ立ち直ったらしい。若干、ヤケクソに見えなくもないが、開き直ったような顔つきになっていた。
俺は、外套のフードをおろし、アイリーンについて行った。
==========
大通りまでアイリーンに案内されて移動した俺は、このネウルメタと言う都市が、かなり賑わっていることを知った。
左右には、武器屋や薬屋、宿屋に果ては八百屋などの様々な店が揃い、その種類も豊富でしかも、どの店も一様にそれなりの賑わいを見せていた。それに、普通の民家も少なくない。ただの冒険者としての町なのではなく、ちゃんとした都市としての姿を見る事も出来た。
そして、歩いている途中で見かけることが出来た、大通りを少しそれたそれなりの道でも、同じように様々な店や、露店を確認することが出来たのだ。これならば、あの門の前の行列もうなずける。
時折、道を駆け抜ける、馬車の姿も、この気分を高揚させるような、決して不快ではない喧騒の良いアクセントとなっている。
「アイリーン、あれは何だ? 馬車のように見えるが引いているのが馬ではないのだが」
と、目に付いた気になるものをアイリーンに質問すれば、
「あちらは、
と言うように、打てば響くように答えを返してくれるのもまた、上がり続けるテンションに拍車をかけていた。
ちなみに文字は普通に読めた。と言うよりも、日本語表記だった。盗賊の話を理解できた時や、シンシアと普通に会話できたことから、転生補正とか竜補正でもあるのかと勝手に思い込んでいたのだが、日本語そのものだったようだ。そりゃ理解できるわな。ただ、なんで日本語なのだろうか。別に似ているところがあるとか、一部一致するとかではなく完全に一致すると言うのは珍しい気がするな。
まあ、今ここで文字について考えても仕方が無い。そもそも、目的があるのだ。
俺の質問責めのせいで若干、歩みは遅かったものの案内自体は順調に進み、食事処や、その手の出店が立ち並ぶ通りに着いた。
「こちらが、ネウルメタの冒険者や、商人、果ては貴族すらも利用するお店が存在する、通称『満腹通り』です。私も、ネウルメタでは様々な場所で食べ歩きましたが、やはり此処が一番のおすすめの場所となっております」
どうやら、すごい所らしい。
貴族まで使うと言う事は確かに期待できる。しかし、相応に値段も掛かりそうだ。
そこで、俺は気が付いてしまった。そう、俺は一文無しだと言う事に。
「なあ、アイリーン。今更で申し訳ないが、俺はお金を持っていないのだが大丈夫なのか?」
思わず口調が戻りかけるくらい動揺する。
「その心配はご無用です。私は食べ歩いていたくらいなのですよ? お金も当然所持しております」
準備万端だった。しかし、一体どこに持っているのだろう? 今までそれらしいものには気付かなかったし、そもそも、蜘蛛の状態では持ちようが無いのではないのだろうか。人になってからは基本的に一緒だったし。
そこで、どうやら予想していたのか、顔に出ていたのか、アイリーンが疑問に答えてくれた。
「ここにこのように持っております。蜘蛛の姿の時から身に着けておりました」
そういって、長い髪の中に手を突っ込んだ。そこから出てきたのは、帯状になった硬貨の様なものの束だった。
「蜘蛛の糸で硬貨をまとめ、髪の毛に貼り付けているんです。蜘蛛の時は腹の下に」
そりゃ気づかないわ。しかし、重くないのだろうか。髪の毛だし。
「髪は大丈夫なのか?」
「はい。私の髪は蜘蛛糸の一種なので痛くも痒くもありませんし、少しであれば自由に動かせます」
そう言ってから、アイリーンの髪が僅かにざわついた。この子すごい有能だな。
そういえば、魔物なのにどうやってお金を手に入れたのだろう?
「そういえば、どうやって稼いだのだ? さっき冒険者と言う単語を聞いたがそれ関係か?」
冒険者については、先ほどの質問責めの時に軽く説明を受けた。
冒険者は各国で、存在している治外法権の団体、冒険者ギルドによって管理されている一種の傭兵みたいなものだ。
様々な場所から出される自分のランクに合った依頼ーークエストをこなすことにより報酬を得る。
ランクは、下から、E・D・C・B・A・S・SS・竜ランクとなっており、大抵の冒険者は、E・Dランクに固まっているらしい。一番上が竜なのがこの世界っぽいな。
ちなみに、Cランクになれれば中級者、B・Aランクが上級者、Sランクが超級、SSランクは災害級、竜級は、竜級だ。
Sランクは、国の有事に駆り出されたりすることもあるのだとか。ただし、Sランク認定されているのは八人だけ。そして、SSランクは、もはや指示を聞かない存在らしい。そんなんでいいのか? と思わなくもないが、まあ、そんなだから災害級なんて呼ばれるのだろう。ちなみに全部で四人いる。
最後の、竜級の、竜級とは、つまり竜級だ。
なる方法はどのランクでもいいので活躍して、竜に気に入られればなれる。配下的なランクらしい。基本的に、すべての冒険者の憧れのランク。
SSランクは目指すものも他になく、止められる人も居ないため、ギルドからの指示を無視し、気に入られるように
竜はギルドを気にいっているのにその指示を無視していいのか? と思わなくもないが、コレはこれで面白いし、悪い行動はしていないのだから良し、と言うのがすべての竜の考えらしい。それに、問題行動を起こした場合は基本的に竜から直々に罰が下される。
現在、二名が竜級認定を受けている。それぞれ、火竜、風竜に気に入られたのだそうで、配下として行動している。有名人。
基本的に、冒険者として登録した段階で、国とギルドの両方に籍を置くことになるのだそうだ。ただし、貴族など例外はある。この場合は、ギルドに仮身分を作り所属するのだとか。なお、竜級まで行くと、すべての場所から籍が消され、竜の管轄となる。
仮身分のため、治外法権と言えど、国の所属となり、貴族を害すと罰則を受ける。しかし、位をかさに着て横柄な態度を取ると、ギルドより厳重注意、また、あまりにも行き過ぎた場合は罰則があるため、そこまで酷い者はいないらしい。何より、ほとんどすべての竜が、ギルドを気にかけているため、そのような行いをすれば嫌われる、また、直接罰を下されるため自重するのだとか。
ほかは、だいたいよくあるテンプレ通りだった。ギルドカードとかね。
一応、他にも商業ギルドと行ったふうにいくつかギルドはあるらしいが、ここネウルメタには、冒険者ギルドしかないらしい。
「そうですね。私が冒険者、と言う訳ではないのですが、森に入って来てそのまま死んだ冒険者から頂いたものなのである意味冒険者関係です。あの森に来るからには、それなりのランクでして、それなりの金額を持っているので良い稼ぎにはなりますよ」
そう言って、硬貨の帯をジャラっと一度鳴らして見せ、髪ではなく、腰に巻き付けるようにして仕舞ってしまった。
死んでいた冒険者達は、おそらくは採取クエストで森に足を踏み入れたのだろう。あの森は討伐依頼が出される様な魔物はいないらしいからな。アイリーンがそう言っていた。
何にせよ、死んだ冒険者の所有物は、所有者が分かる物はギルドに、他は見つけた者の所有になるそうだから、問題は無いだろう。
ちなみに、身分が分かりそうな物はすでに、匿名でギルドに届けたらしい。
「それなら、安心だな。早速何処かの店に入るか? アイリーンの好きなようにしてくれ」
「でしたら、私も久々に来ますし、まずは露店を巡りたく思います。一通り見て回って、それでも、足りなければ何処かのお店で、といった道順を考えております。なにせ、ネウルメタは冒険者の都市。何も集まるものは冒険者だけに
色々か。腹は減っていないが、何も食べたくないと言う訳でもないので、どんなものがあるのか期待してしまうな。
それにしても、竜は腹が空かないとかあるのだろうか、
ま、いいや。さっさと行こう。お金を見せた事もあってか、ずっと立ち止まっているせいなのか、ちょっとずつだけど目立ち始めている。
「ほう。それは、楽しみだ。では行くか」
「はい。お任せ下さい。様々な食材を味わっていただけるよう、頑張ります!」
張り切っているが、自分が食べたいからな気がするのは気のせいじゃないはず。
==========
あれから、様々な露店……というか屋台を見て回った。
その結果、アイリーンは両手に持ちきれないほど、いや、実際に持ちきれず、俺に持たせるほど大量に様々な料理を買い込んだ。
別に、食べる速度が遅いわけじゃないんだが、それを上回る速度で目移りして、気になったら買うものだから、増える一方なのである。
しかも、だいたい一本、小銅貨2~3枚程度と言う安さのため、軍資金に陰りが見えないのも増える要因になっている。
ちなみに、買い食いの最中に説明してもらったが、この世界のお金は、基本的に硬貨しかない。上から順に、金貨、小金貨、銀貨、小銀貨、大銅貨、銅貨、小銅貨の七種類である。
周りの物価や、アイリーンの屋台主とのやり取りから、現代の日本円に換算して、上から10万、1万、5千、千、500、100、10円くらいだと予想した。
たまに道行く商人が、金貨や銀貨についてのやり取りをしていたため、全体におおよその予想を付けれたのだ。
つまり、ネウルメタの屋台のお値段は、20円から30円程度。そして、アイリーンが所持していた軍資金は、およそ、小金貨10枚の束が6本、日本円にしておよそ60万円である。屋台の食べ物がどのくらい安いか、そして軍資金がどのくらい多いかがよくわかるだろう。
ちなみに、小金貨が4枚減っただけで、未だに56万円ほど残っている。俺も、少し貰ったとはいえ、とんでもない量を買った事になるのだが、アイリーンはまだ食べる気満々だった。
「カース様、次はあちらの露店に行きましょう! あの通りが終われば、だいたいすべての露店を巡ったことになりますから、次はお店ですよ! 楽しみですね!」
楽しそうで何よりです……。もうお店確定なんですね、アイリーンさん……。
「その前に、買ったものの量を減らしてはもらえないか? これじゃ、新しく買っても、持てないぞ」
その言葉にアイリーンは、はっとした表情になる。
「す、すいません! つい、目移りしてしまい、食べる事が疎かになってしまっていました。あっ、カース様も好きなように召し上がってください!」
そうか。謝るのはそこなのか。まあ、食べていいというならもらいはするが。
実は、この世界の食材は、先ほどの期待を裏切らず、中々に美味かったのだ。例えば、先ほどアイリーンから借りたお金で買った焼鳥。
他には、グラスレタスという謎の植物――一応野菜らしい――を使った肉玉の包み焼きというものも美味かった。これは、グラスレタスを皮として用い、小型の
パリパリシャキシャキと言う食感の皮と、カリッと香ばしく揚がった
まあ、そう言う事なので、食べていいというなら遠慮するつもりは無い。一応、アイリーンの金とは言え、荷物持ちもしてやっているしな。
「それなら、遠慮なく頂こう」
「はい、お召し上がりください。どれも私のおすすめですよ!」
そうだったのか……。今の所、
その後、俺たちは取りあえず買った物の始末を終えると、また、屋台を冷かしながら歩いていった。いや、実際に冷かしていたのは俺だけで、アイリーンはどんどん先行して、満足のいくまで買い漁っていた。
「あ、カース様! 綿あめの露店があります! さっそく行きましょう!」
綿あめって、あの綿あめか?
特に返事は聞かずに、アイリーンはたった今も、おやつ系の屋台に興奮して走って行った。アイリーンは未だ元気だった。
確かに元気ではあるものの、一応は「そろそろ、お腹も溜まってきましたからデザートの事も考えておかないといけませんね」とか何とか言っていたので、順調に満たされてはいるようだ。腹七分目と言ったところらしいが。屋台コンプする勢いで、七分目か。とんでもないな。
ちなみに俺はだいぶ前に終了している。具体的に、大量購入消費途中でギブアップしておいた。無理である。
さて、そんな事よりもいつまでもアイリーンを一人にさせておくわけにもいかず、速足で後を追いかけた。
いざ追いついてみると、その屋台は本当に綿あめを売っていた。綿あめまでこの世界はあるのか。実は、色々見て回って分かったのだが、ちょいちょい地球と似通った屋台があるのだ。たこ焼きっぽいのもあった。中身はまるっきり別物だったが。
「
アイリーンが、店主が進めるよりも早くオススメしてきた。
「透過綿蜘蛛?」
「はい。透過綿蜘蛛です。この魔物は腹の部分が乳白色の拳程度の比較的小さな蜘蛛型の魔物で、その乳白色の部分が後ろの光景を移す機能がある不思議な糖で出来ているらしいです。その糖を利用した物がこの綿あめとなります。特徴は、溶かす前の性能を、多少劣化した状態ですが受け継ぎ、半透明な事ですね。味は、その不思議な見た目とは裏腹に、非常に優しい甘さです。とってもおいしいんですよ」
そんな魔物もいるのか。いや、それよりも、半透明の綿あめとか、すごい気になる。
「ふむ。そこまで言うのなら一つ貰おう」
ちょっと、腹が落ち着いた事もあり、若干懐かしかった事もあり、そして何よりも、半透明綿あめを見たかったこともあり注文してしまった。高校三年にもなれば、綿あめなんかそうそう買わないしな。
実を言えば、屋台だらけで、若干、縁日に来た気分になってきている。
「おお、お嬢ちゃんかわいいね。おまけで小さいのをもう一本上げよう」
あまり時間が掛からないうちにそんなことを店主が言いながら、向こうがうっすら透けて見える綿あめを、大きいのと、一回りほど小さなものの二本を差し出してきた。
可愛い、お嬢ちゃん? ……ああ、忘れてたな。今の俺の容姿。こういう事もあるのか。……案外悪くないかもな。利用できるならガンガン利用しよう。まあ、今は腹いっぱいでそんなに嬉しくないけどな!
「ありがとう」
無難に返事だけして綿あめを受け取る。お代はすでにアイリーンが払ってくれてある。流石、できる子アイリーン。
アイリーンも綿あめを受け取りそのまま綿あめ屋を後にした。
綿あめを
「今までのはしっかりとしたデザートじゃなかったのか?」
「今までのは、何と言いますか、おやつと言ったようなイメージでしたので……。せっかくそういったものを専門としたお店もあるのですから、行かないのは損じゃないですか」
行きたいんだな。そのお店。
「私はもう満腹なのだが……」
「デザートだけは別腹ですよ。さ、行きましょう。人気のお店なので、待ち時間を考えると早めに行きたいです」
あ、これ、説得無理なやつだ。しかも、待つこと前提で動いてやがる。……アイリーンってこんなに押し強かったっけなぁ?
と言う事で、アイリーンに案内された先で俺が見たのは、大盛況で順番待ちの列こそなかったものの、ほぼ席の埋まりきった甘い香りの漂うお店だった。
「エベレスイートと言う甘味処です。列になっていないなんて運が良かった。これならあまり待たなくても済むかもしれません」
案内されている間に聞いたでは、アイリーンがこの都市に来るたびに行列となっている人気店なんだそうだ。理由は、どうもこの店は地竜の配下が営んでいる店の支店だかららしい。メニューも、大体が地竜発案のもので、地竜の
あと、店の名前がなんか、聞いた事ある様な名前。エベレストとは関係ないよな? こっちの世界にあるとは思えないし。
アイリーンは、慣れた動きで店に入っていく。どうやら、一応空きが無いか聞くらしい。確かに、この店はなかなか広い。開いている席があっても見逃してしまう事も考えられる。それに、この店はあまりの人気のため、相席可能かを事前に聞いておいて少しでも多くの人に楽しんでもらえるようになっているので、席があるか聞くと、相席で座れる場合もあるのだ。
「いらっしゃいませー! 何名でお越しでしょうかー?」
俺達に気付いたのか、明るそうな女性の店員が声を掛けてきた。メイドさんみたいなカッコだ。
「二人です。席は空いていますか?」
「今は……二名様ですと相席であれば、席がありますが、如何なさいますか?」
その言葉を聞いて、アイリーンは無言で俺に視線を向ける。どうやら、相席でも問題ないか聞いて来ているようだ。ん~、別に相席でも問題ないかな。相手次第だけど、よっぽど変な相手は竜が関わるこの店にはいないだろう。
そこまで考えて俺は、アイリーンに向かって軽くうなずいだ。
「分かりました。それでお願いします」
「は~い、かしこまりました~! お2人とも女性なので、同じく女性で相席可の席にご案内いたしますね。それではこちらになりまーす!」
そういうとすたすたと、案内を始めてしまった。アイリーンも後に続く。
やっぱ、そういう所は気を使っているのか。俺は女じゃないけどな。
まあいいか。竜が作った店の料理をさっさと見てみたいし、さっさと行くか。
==========
一方其の頃、時間は竜と蜘蛛が不法入国を果たした少し後。ネウルメタを出てすぐの、魔力の森へとつながる一本道。
そこに、如何にも冒険者と言った、それなりにガタイの良い、大剣を背負った男とその男よりも小柄な少年と言っても良さそうな見た目の短剣を腰にさした男、いかにも魔法使いと言った格好の女、革装備の初心者の様な女の冒険者四人パーティが歩いていた。
「にしても、魔力の森の付近の依頼なんてよく受けたな。初めて、魔力の森に行くとはいえあそこの難易度は頭がおかしいって有名だぜ?」
短剣の男が大剣の男に言った。
「まあな。俺もその話は聞いたけどよ、だからこそ、丁度ランクも上がったし、新人も慣れてきたことだし、経験として見に行って損は無えじゃねえか。それに、全部が全部相手出来ねえって訳でもねえ」
大剣の男が気楽そうにに答える。どうやら、このパーティはそれなりに長いのか、皆仲が良さそうだった。
「それよりも、本当に大丈夫なんでしょうねぇ? 確かに、多少相手取れるのはいるけど、基本的には今の私たちじゃ、魔力の森の魔物なんて大半が手も足も出ないわよ?」
魔法使いの女が心配そうに尋ねる。
「ああ。問題は無いと思うぜ。ただの薬草の採取依頼だしな。しかも、対象は探そうと思えば、このあたりでも見かけない事は無いリポス草だぜ? 森に近づいても出て来るのはその相手取れる程度の奴等。最悪、依頼なんざ忘れて逃げてくればいいだけってもんよ」
「あんたはいつも楽観的ねぇ……」
大剣の男の言い草に魔法使いの女は呆れたようにため息を吐いた。
ちなみにリポス草とはポーションの素材となる薬草の一種で有る。冒険者の集うネウルメタでは非常に需要が高い。
「そういえば、こんな雰囲気の時は『フラグ』って言うんでしたっけ? 確か火竜様が言っていたらしいやつ」
「ああ、前、教会で聞いたやつだろ? 何だっけ、あれだよな、確か、悪い事が起こる前兆みたいな意味だったよな」
初心者の女の言葉に、短剣の男が思い出しながら同意した。
教会は週一程の頻度でそれぞれの竜の生活や活躍について話している。彼らは過去に、火竜教会に偶然立ち寄った時にその話を聞いたのだ。
「ちょっと、不吉なこと言わないでよ。これでもし、鬼蜘蛛にでもあった日には私たち生きて帰れないかも知れないのよ?」
魔法使いの女はさらに心配そうにと言うよりかは、不安そうに言った。まさにそれこそがフラグな気がするのだが、あまり詳しくない彼らには分からなかった。
「はははっ! それこそ、
「ホントよねぇ?」
不安な気持ちを拭えないままの魔法使いの女の言葉を大剣の男は一蹴して、また先へと歩き出した。
魔法使いの女は涙目になっていた。しかし、その理由が自身の不安がおさまりきらない事に他ならないと言う事実に気付けはしなかった。
そして、得てしてフラグとは回収されるものである。彼らは未だに、自身の身に迫りくる脅威に気付くことも出来なかった。
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