第9話
俺は、蜘蛛が苦手だった。そもそも、初めから好きではなかったのだが、決定的に苦手になったきっかけは、ある夢を見たからではないかと思う。
その夢は、自分が寝ている布団を大量の蜘蛛が横断すると言うものだった。しかも、その夢を見たのが小学生の時だったのだから、蜘蛛に対してより一層、嫌悪感を抱くようになっても仕方がない事だと思いたい。
今俺の目の前には、人間と同じくらいの大きさの蜘蛛が居る。しかも、話しかけてきた。
その生理的に拒絶したくなるような昆虫的な動き。ぬらぬらと怪しく光る八つの赤い目。たったそれだけの情報を認識しただけで、一瞬ではあるが、また金縛りにあったかのように体が硬直する。すぐさま、自我を取り戻し、浮かしかけていた身体をゆっくりと下ろす。が、別に落ち着いたわけではない。
つーか、一体どこにいた? 俺は、昨日とはいえ周囲で物音がしないか、生き物の気配がしないか、確認したはずだ。寝てる間に近寄ったのか?
この、決して遠くは無い距離まで近づかれて、俺は起きなかったのか。危機管理的な意味でこのままで大丈夫なのか? 人間であったときは、もうちょっと生き物の気配に敏感だったはずなんだけどなぁ。
「どうかなさいましたか?」
軽く焦り、自分の中だけで色々と考えながら、現れた蜘蛛について考察していたら、また蜘蛛が話しかけてきた。
今は、そこまで目の前にいる蜘蛛に対する嫌悪感は無い。あくまでも、動きが気持ち悪かっただけなのだ。見た目だけで言えば、ちょっとカッコいい。黒光りする体は、高級車の様な機械的印象を覚える。アメジストの様な角と、胴? の甲殻を覆う薄紫色の水晶の様な結晶も、非生物的な印象を持たせている。
そんな蜘蛛の赤い目が返事を求めてか、俺を見つめ続けている。
「いや、そんなところに蜘蛛が居るとは思わなかったものでな」
とりあえず、返事をすると蜘蛛は俺が気付いていなかったことなど予想していたようで、特に気にした風でもなく、話を続けた。
「そうでしたか。驚かせてしまい申し訳ありません。あと、このような者にわざわざ言葉遣いを変える必要などございません。どうか、普段通りに接していただけたらと思います」
言葉遣いを指摘された。いったいいつから居たのだろうか。少なくとも独り言は聞かれていただろう。恥ずかしい。
言葉遣いについては、特に意識した訳ではなかったので直しようがない。
「すまない。確かにこの話し方が素と言う訳ではないのだが、どうしてもこの喋り方になってしまって。慣れてくれば戻るだろうが、今は許して欲しい」
そう謝ると、慌てたように蜘蛛が口(から声が出ているのかは分からないが)を開いた。
「いえ! そんな、お気になさらずに! 私から言い出したことですが、貴方様の遣りやすいようにして下さい」
「そうか。なら、もう気にはしないでおこう」
って言っておかないと、話が進みそうにない。
「それで、何か用事でもあったのか? でなければ、わざわざ近寄っては来ないだろう」
ついでに何か話したそうにもじもじされては目に毒(言葉通りの意味)なので、先を促す。
「はい。私は貴方様にお会いしたかったのです。どうか、矮小な私めの願いを聞いてはいただけないでしょうか」
特に断る理由も無いので話を聞くことにした。今日の予定も、あるようで無いも同然だったので問題は無い。異世界に来たばかりなのだ。ゆっくりしていても罰は当たらないだろう。
==========
「ーーと言う訳なのです。どうか、私をおそばにおいてください。それに、今となっては、当初の目的よりも、貴方様のおそばに居たいのです」
ここに来たあらましを聞いたが、どうやらこの鬼蜘蛛と言う魔物がここに来たのは、火竜が類友を探せと言ったのが原因らしい。
竜は似たものを引き寄せるという。しかも、竜が巻き込まれ体質と言う困った情報も聞けた。いや、あらかじめ知っておくことは大事だ。
と、そうじゃない。今は、鬼蜘蛛だ。どうやらこの子、魔物としての感情を探しているらしい。そんなもの探して何が面白いのかよくわからん。が、自分でもわからない感情が自分の中にあると言うのはきっと酷く気になるのだろうという事は分かる。ただ、刺激を求めていて魔物としての感情を探しているとか、完全に
聞いた話を思い出す。この鬼蜘蛛はかなりこの世界について詳しそうだ。俺は、当然のようにこの世界について何も知らない。ならば、この鬼蜘蛛を仲間にすること自体はメリットだろう。
俺としては、せっかくの異世界、色々なもの事を見て回りたい。今のところ特に目的などは無いが、それはあくまでもこの世界の情報に乏しいがため。情報が手に入ったならば、その内容次第で、目的が決まる。
しかし、この鬼蜘蛛からは厄介ごとの匂いしかしない。役に立つのかもしれないが、その分、厄介ごとも起こす気がする。
あと、聞いた話の中ではそんなに竜を敬っていた訳でもないのに、今俺に対して好感度がカンストしているのも気になる。コレが、類友効果なのだとしたら厄介だ。これでは、下手に出歩けない。それは、顔を隠せばいいだけかもしれないし、そもそもそんなに類友効果が発揮される者が居るとは思いたくないが。
と言うか、よく考えてみれば、どうやって街を歩けばいいのだろうか。竜のまま歩くわけにはいかないが、かといって人化なんぞ今の俺にはできない。火竜が人として行動していたみたいだから人化自体はあるはずなんだけど。都合よくこの鬼蜘蛛が知っていたりしないかな?
そんな風に熟考していた俺を見て雲行きが怪しいとでも思ったのか、鬼蜘蛛の身体を器用に折り畳み深々と頭を下げて懇願してきた。
「どうか、どうか私の願いをお聞き入れください……!」
必死なのはすごくよく伝わってきた。すごくよく伝わってきたのだが、その動きに悪寒が背筋を駆け抜けた。しかも、それを思わず口にしてしまった。
「気、持ち、悪……あ」
言ってからすごく失礼と言うか、不味い事をしたことに気付き慌てて鬼蜘蛛を見る。しかし、予想を裏切り鬼蜘蛛は、天命を受けた、と言わんばかりに驚いた雰囲気だった。若干、目を見開いているように見えた気がした。本当に、若干。
どうやら、気持ち悪いと言われた事はあまり気にしていないらしい。案外、魔物だから言われ慣れているのかもしれない。むしろ許可を出し渋っている理由が、自分の見た目のせいだと思ったらしいく、すぐさま、質問をしてきた。
「もしや、貴方様は蜘蛛がお嫌いなのですか?」
先ほどの失言もあり、すごく申し訳なさそうに聞かれていたら、慌てて否定したであろうが、あまりにも目をきらめかせて聞かれたがために、僅かに引き気味に、正直に話してしてしまった。
「あ、ああ。嫌いと言うか、苦手、だな」
「でしたら! 私は、先ほど話したかと思いますが、人の姿にもなれます! 貴方様のおそばにいる時は、人の姿でおります。なので、私をおそばにおいてはくれませんか……?」
引いてはいたが、失言の事もあり、もう認めても良いかな、と思い始めていた。ここまで来て思ったのだが、正直、多少の面倒ならどうとでもなる気がする。しかも、この鬼蜘蛛の起こす厄介ごとなら、恐らく力技で何とかなる様なタイプではないだろうか。力技ならば竜である俺に敵う者は同じ竜くらいだろう。事実、このあたりで一番強いらしい目の前の鬼蜘蛛には負けそうにない。
「……分かった。そこまで言われては仕方がない。特に目的があるわけでもないしな。どこに行くと言う訳でもないが、ついてくると良い」
結局折れたのは俺だった。意志が弱いのは昔からだ、今更である。
許可を貰えたからか、鬼蜘蛛も行動を開始する。具体的には、何やら繭のようなものに包まれた。……何をする気だ?
訝しんで様子を窺っていると、徐々に繭が解けてゆく。そこから姿を現したのは、腰まで届くのではないかと思えるほどの夜の闇の様な黒髪の、アメジストの様な薄紫色の小さな角が生えた白に近い肌の色の女性だった。
身長は、175センチくらいだろう。昨日のシンシアや、兵士たちの身長から推測した。
すらりと伸びた足。モデルの様に引き締まった体。違和感を覚えない程度に、しかし存在をはっきりと主張する胸。顔はしっかりと鼻筋が通り、整った美しい顔立ちをして、前髪の生え際に小さな角が二本生えている。目は黒に近い赤色で、僅かに釣り眼気味。目と頬の間くらいの位置に赤い点が左右それぞれに三つずつ並んでいた。
全体的に覚えるイメージはまさに出来るお姉さんと言ったところか。服は着ていなかったが、それゆえにその完成された姿が周りの森と合わさり、どこか非現実的な雰囲気を醸し出していた。
その幻想的な容姿に思わず見とれていると、その女性がどこか恥ずかしそうに口を開いた。
「あの、何かおかしなところがございますでしょうか……? そんなに見つめられては、流石に恥ずかしいです……」
はっとして現実に帰還する。危ない危ない。トリップしかけていたようだ。
「いや、おかしなところは無い。……念のために確認するが、お前はさっきの鬼蜘蛛で良いんだよな?」
「はい。許可ももらえたので早速、人の姿になったのですがご迷惑だったでしょうか?」
「いや、構わない。どのように人の姿になるのか分からなくてな」
「なるほど。そういえば、貴方様は生まれたばかりと言う認識でよろしいのですか?」
またもや、生まれたばかりだと瞬時に見破られた。
「やっぱり分かるのか?」
「他の者がどうなのかは分かりませんが、私の場合は竜様にお会いしたく、情報を集めておりました。その際に貴方様の様な竜の情報はございませんでしたので」
どうやら集めた情報による推測らしい。がやはり、竜と言うものはかなり目立つらしい。
「それでしたら、人化も出来ないはずですよね。ならば、初めて見ると言うのも納得です」
納得してくれたようだ。それはともかく、せっかく仲間になったことだし俺も聞きたい事がある。
その前に、そろそろ服を着てもらいたいのではあるが。
「なあ、何か、着る物は無いのか? いつまでも裸と言うのも、気になる」
「す、すいません! 忘れていました」
俺がそう言うと、裸でいる事を思い出したのか、少し赤くなりながら、糸を口から空に向かって吐き出した。
糸が生き物のようにくねくねと動く。どうやら、自前で服を作っているらしい。その手つきはかなりのもので、不思議な光景に呆気に取られているうちに、一着の服が、彼女に着られた状態で出来上がった。
「すごいものだな。自分で作れるのか?」
「はい。情報を求め転々としているうちに、着ていた外套がダメになってしまい、いちいち探すのも面倒なので、身体を覆うように糸をつなげる方法を思いついたのです。そこから何度か繰り返すうちに上達して今に至ります」
見事な物だった。彼女が纏っている服は長袖の飾りっ気のないTシャツの様な物。短パンの様なズボンもはいているが、何よりも目を引くのは、身体全体を覆えるほどの大きさの外套。シャツ、短パンは僅かに焦げ茶色がかっているのだが、外套は、一点の曇りもない美しい純白だった。
どう考えても、上達って域じゃないんだよなぁ……。
しかし、いつまでも見とれているわけにもいかない。さっそく、彼女に質問をする。
「せっかく、仲間になったのだ。少し聞きたい事があるのだが良いか?」
「はい。むしろ、私のようなものを仲間とまでおっしゃってくれたのです。私にわかることでしたら、何なりとお聞きください」
むしろ歓迎されたので、二つばかり気になっていたことを聞く。
「まず……。……あー、そういえば、何と呼べばいい? 名前は無いか?」
質問しようとして、何と呼べばいいのか困ってしまった。仲間と言った手前、鬼蜘蛛やお前ではあんまりだろう。
「私には名前はありません。……もしよろしければ、私に名前を付けてはいただけませんか?」
「ふむ、名前か……。無いと不便だからな。分かった、何か考えよう」
名前は無かったらしい。しかし、名前かー。俺はネーミングセンス無いからなー。
ふと、保育園児から小学校低学年までお気に入りでよく一緒に居た、兎のぬいぐるみを思い出した。
その兎のぬいぐるみには名前を付けていたのだ。確か、アイルヴィだったはずだ。ちなみに、今も部屋の本棚の中にある。
……あれか。ちょうど思い出したことだし、この名前を使うか。
ある意味黒歴史ではあるが、小さかった俺の
まあ、いいか。ただ、そのままつけたのでは呼びづらい。アイルヴィ……良し!
「……アイリーン。お前の名前は今日から、アイリーンだ。私も、アイリーンと呼ばせてもらうから、そのつもりでな」
「……はい! 私は、今、この時よりアイリーンです。今後ともよろしくお願いします」
アイリーン。特に深い意味は無い、特に深い意味は無いのだが、アイルヴィからパッと閃いた名前がコレだったのだ。元は一応、大事にしていたぬいぐるみの名前だ。思いは籠っている。
割と普通の名前だと思いたい。
さて、名前も決まって気を取り直して質問を、と思った時、今度はアイリーンが質問をしてきた。
「あの、今更で失礼かとは思いますが、出来れば、貴方様のお名前をお聞かせ願えたらと……」
言われて気付いた。
俺には、織原和真というれっきとした名前がある。あるにはあるのだが、この世界で名乗るのは少し抵抗があった。何せ、今まで聞いた名前がシンシアや、火竜ことフレム・バーナなのだ。しかも、織原和真は、人の時の名前。今は俺は竜なのだ。何かそれっぽい名前を考える必要がある。
……うん。無理。何も思いつかん。
アイリーンがものっすごいキラッキラッした目で見つめて来る。さっきの、申し訳なさそうな聞き方はいったい何だったのか。
とりあえず、和真だからカズ、とか。……駄目だな。なんか違う。なら、伸ばすとか。カーズ。なんか、喋る車を思い出した。コレはいけない。だが、それっぽいのも確かだ。時間もない。仕方がない。
「そういえば、名乗っていなかったな。私の名前は、カー『ス』だ。これからよろしくな」
仕方がないので濁点を取った。それっぽいと思うのだが、これって英語で呪い的な意味があったような……。まあ、もう言ってしまったし、過ぎた事を気にしても仕方が無い。
「分かりました。カース様」
特に何もないみたいだし、無理やり質問に戻ろう。
「さて、聞きたい事なのだが良いかな?」
「あ、はい。何なりと」
「なぜ、アイリーンはそんなにも忠誠を私に向けてくれているのだ? 初めのころは、話を聞く限り、そこまで竜を敬っていたようには聞こえなかったが」
そう。先にも気になったが、忠誠と言うか、好感度と言うかが異様なのだ。初手からカンストしている。
流石におかしく思い、アイリーン本人にもわからないかも知れないのだが、一応聞いてみたのだ。
しかし、予想に反してアイリーンはあっさりと答えた。
「ああ、その件はですね。私が魔物であるからなのです」
「……どういうことだ?」
「魔物は基本的に魔力をありとあらゆる活動の糧とします。言ってみれば食料に近い物なのです。それが、魔物の場合、直接的に寿命と繋がっているだけで。それでですね。当然そこには好みがあり、魔物の長はその、簡潔に言ってしまうと、好き嫌いを利用して、魔物をまとめ上げるのです。ここまではよろしいですか?」
「ああ」
正直あまりよろしくない。が言わんとすることはよくわかる。命に直結する好き嫌いと言う訳だ。
アイリーンはそのまま話を続ける。
「そして、カース様含む竜と言う存在は、常に高濃度の魔力を纏っております。当然そこにも『味』は存在します。自身と同調する魔力を目にした者は、ある意味本能的に従うのですよ。しかも、高濃度と言う事もあり、その魔力は魔物にとって力に直結するのです。私の場合は、そこに加え、カース様が私の求める感情を見つけるヒントになるそうですから、忠誠を誓うのも当然なのです。それに、カース様の雰囲気に一目ぼれと言うか……」
最後の方は尻すぼみになってよく聞き取れなかったが、どうやら、本能らしい。だから、類が友を呼ぶわけか。ちゃんと理屈があったんだな。ただそうなると、魔物が人を食うのも何か理由があるのかな? この世界の魔物が人を食うのかは知らないが。
「ちなみに魔物が、人などを食う事はあるのか? その理屈で言えばそのような必要はなさそうだが」
「ありますよ。あれも、言ってみれば魔力を体内に取り込む行為ですね。弱い魔物はよっぽど魔力濃度が高くなければ魔力が足りなくなりますから」
あるらしい。流石異世界、危険だらけ。それはともかく、理由もなく忠誠が振り切れているわけではなかったようで安心した。
「ふむ。ありがとう。よくわかった。次は、人化についてなのだが良いか?」
理由も分かったし、次に行こう。
「人化ですか?」
「ああ。一応この先、人の町に行きたいと思っている。ただ、この姿だと満足に町を回れない。聞けば竜には人化する
そこまで言うと納得したような顔をして、しかし、今度はあっさりとはいかず考え出した。
そこそこの時間うなっていたアイリーンはようやく顔を上げると、結論を話し始めた。
「……私は竜の人化について詳しくありません。今回の質問では私はお力になれないようです……」
どうやら、アイリーンも分からないらしい。どことなく、答えられずに悔しそうにしている。
流石に答えられない事を無理に聞こうとも思わないので、アイリーンを慰める事にした。
「そうか。まあ、アイリーンは鬼蜘蛛だ。分からないのも仕方がない」
すると、悔しそうにしていたアイリーンから予想外に有力な情報が齎された。
「……ただ、前に火竜様が『人になるのは竜固有の魔法だ』と話していた筈です」
ほう。魔法か。そうなるとまた想像だろうか。
「あの、差し出がましいことを申しますが、竜眼を使うと言うのはいかがでしょうか? 確か、竜眼は見えないものを見る眼、つまり、使い方も見えるはずです」
その発想は無かった。まさか、このセリフを本当に使うときが来るとは。
しかし、実際に、その発想は無かったのだ。そもそも、竜眼の事が頭になかったとも言う。
そういや、そんなのあったな。自分に使えるのか知らないけど、試してみる価値はある。
「なるほど。その手があったな、ありがとう」
「お役に立てたなら、何よりです」
さっそく、魔力を目に集める。そのまま、自分の腕の辺りに視線を移した。
目の前に文字が浮かび上がってくる。それにしても、まだ二回目だけど、なかなかに不思議な光景だよなぁ……。まるで、映画の魔法の本でありそうな感じで文字が浮かんでいるなんて。
とりあえず、それはともかく。
~~~~~~~~~~
個体名:カース【織原 和真】
年齢:ーーーー
種族:竜
性別:男性
系統:源竜(げんりゅう)
スキル:幻人化・幻魔導・拳闘術
特殊:異界の知識(地球)・加護を与えし者
~~~~~~~~~~
案外あっさり見れた。
そういや、系統って何だ? シンシアの時は、王族だったから血族的な物かと思ったんだけど……。まあ、いいや。今は関係ないしな。
やっぱり、簡単な情報しか分からないが、先ほどのアイリーンの推察が正しければ、さらに細かく見れる、はず。
と言う事で、浮かび上がった文字に対して、
すると、文字がだんだん透けるように薄くなり、頭の中に機械的な、感情を感じさせない女性の声が聞こえた。
『
おお。ここまで来るとゲームみたいだな。しかし、幻人化って書いて、じんかって読むのか。違和感がすごいな。ついでに、ほかのも軽く見とくか。
『
『拳闘術。徒手空拳に優れた者の証』
拳闘術がシンプルだった。コレは、素手で戦うと強いって事なのか?
しかし、魔法の方も何やら癖がありそうだな。固有魔法? 個人が持っている特殊な魔法って認識で良いのか?
『固有魔法。個人が生まれ持つ、特殊な魔法。六種の属性の中で分類がしづらい物であることが多い』
ちょうど、竜眼のまま見ていたせいか、解説が入ったが、だいたい俺の認識で有っているようだ。
幻魔導の使い方はイマイチよくわからないが、普通に魔法が使えたので、あまり気にする必要はないだろう。必要になれば勝手に覚える。
なんにせよ、人化の方法は分かった。
「……
ずっと黙りこくっていた俺に我慢できずにアイリーンが声を掛けてきた。どことなく言葉に、不安な感情がこもっている。
「ああ。きっちりわかったよ。人化については問題なく出来そうだ」
「それはよかったです」
俺の返事を聞いて、あからさまに安堵の溜息をこぼす。恐らく、自分が提案した事がダメだったら、などと不安になっていたのだろう。
「早速、試してみますか?」
「一度試しておいた方が良いだろうからな。今ここでやってみようと思う」
「その方が宜しいかと思います」
同意されたので、俺は目を瞑る。瞼の裏に思い描くのは、人化した俺の姿だ。しかし、いざ竜を擬人化しろ、と言われてもなかなか決まらない。
パッと浮かんだのは、昨日の王族の娘と、目の前に居る鬼蜘蛛、そして死ぬ前の俺の姿だった。
しかし、いかんせん死ぬ前と言う事もあり、俺の姿のイメージが薄い。結果、出来上がったイメージは、二人を足して二で割って、少し俺(人間の時の)っぽくして、今の俺の色を塗った姿であった。
これは、なんか違う気がする。
特にこれと言った姿があるわけではないのだが、冷静になって考えて、これじゃ、女成分が強すぎると気付いたのだが、さっくり能力さんは発動してしまった。
現実逃避気味に、ああ、能力の発動ってこんなに早いのかー、などと考えているうちに、身体の感覚が無くなった。目を瞑ってはいるが、自分が光に包まれているのが分かる。ほんの、一秒にも満たないであろう短い時間が過ぎた時、光が引いた。
徐々に体の感覚が戻ってくる。今までは、四足の感覚だったのが、しっかりと、二本足の感覚。目を瞑ってはいるが、地面が近くなったのが何となく分かる。草の擦れる音も近い。風が体を撫でる時の感覚が、どこか懐かしく感じた。
「お美しいお姿です」
アイリーンの言葉に、やっと瞼を上げる。目の前には、先ほどは見下ろしていた筈のアイリーンが、今度は僅かに見上げる形で立っていた。目を瞑っている間に近寄って来たらしく距離が近い。
「成功か……?」
感覚では、成功した気がする。しかし、見た目がこの世界の人間にそぐわなければ、人化した意味がないのだ。
「はい。見た目も、感じる魔力量もこの世界の人間と大差ないかと。魔力の質は流石に元のままですが、そこまでの事は、一般人では分からないでしょう。そもそも、分かってもどうと言う事はございませんし」
「そうか。成功か」
ぶっつけ本番。無事に成功したようだ。これで、やっと人の住む場所に行けるな! いざ目標達成が近づくとテンションが上がってくる。
……そういえば、俺は結局どんな見た目になったんだろう?
「なあ、アイリーン。今私はどのような見た目だ?」
「そうですね。まず、身長は目線から分かるかと思いますが、私の肩より少しあるかないかと言ったところです。肌の色は見て頂ければ分かるかと思います。体型も同様ですね。顔は……、何処となく幼い? 感じでしょうか。どことなく、目元などは私と似ている……? ああ、いえ。すいません。私などに似ているなどと……」
「いや、そこは構わない。想像する際にアイリーンを参考にしたのも事実だからな」
「左様でしたか。私めなどを参考にしていただき、恐悦至極でございます。それで、ほかの様子ですが、髪は見えているかとは思いますが、長さは、肩にかかる程度となっております。色は、竜の時のお姿と同じく、灰色です。全体的に、女性的な印象を受けますね。ただ、十分少年でも通る見た目ではあるかと」
「そうか。ありがとう」
だいたい把握した。恐らく、幼い部分はシンシアが元になっているところだな。そんでもってやっぱり女性寄りになったか。体つきも、整った見た目ではあるが、全体的に線が丸い気がする。肌は、白に近い。ここは、アイリーンが元だな。ちなみに息子は無い。当然胸もない。それでも、少年ぽく見えるなら、問題は無いか。
「どうやら、問題はなさそうだし、人の住む場所に向かいたいと思う。どうだろうか?」
「私は、カース様に従います」
「そうか。なら、どこか町か都市に向かおう」
「分かりました」
ただし、このあたりの土地勘は俺にはない。昨日行ったイクシア王国王都くらいしか行く場所は知らないのだ。と言う事で、何やら森の周辺を放浪していたらしいアイリーンに聞いてみる。
「どこか良いところは無いか?」
「そうですね。ここからでしたら、昨日、カース様が飛んでいった方向とは反対側の、森を出てすぐの所にある、防衛都市『ネウルメタ』に行くのが一番近いかと」
ほう。防衛都市か。どういう場所なのか気になるな。近いらしいし、そこで良いか。
「なら、さっそくそこに向かおう。道案内を頼めるか?」
「分かりました。お任せ下さい。ですが、何か服を身繕った方が宜しいかと」
そういえば、人化したからと言って特に服は着ていない。真っ裸だから、胸や息子の確認が簡単だったのだ。
「そうだったな。アイリーン、作れるか?」
「お任せ下さい!」
アイリーンに頼むと、嬉々として制作を開始した。と言っても、先ほどのやり方で、一瞬で作ってしまったのだが。その間、俺は腕を左右それぞれにに水平方向に伸ばしてじっとしているだけだ。あっという間にアイリーンの着ている服の小さい版が俺の身体に纏われていた。
「実際に着てみるとわかるが、これはいいな。よし。準備も出来たし向かうか」
「はい」
「ちなみに、どのくらいだ?」
「歩いて、一週間ほどですかね」
軽い気持ち聞いたのだが、帰ってきた答えに、やる気が僅かにしぼんだ。
「……飛んでいこう。アイリーンは私に乗ると良い」
「……よろしいのですか?」
「当たり前だ。では、さっそく――」
といって、竜に戻ろうとして、気付く。
「服、どうするか……」
「服ならば、私がいくらでも御作り致しますので、ご安心ください」
何というか、よくできた子だ。この子が初めての仲間で良かったかも知れん。この世界の情報も知れるし。
「そうか。なら、貰ってそうそう駄目にしてしまうが、竜に戻ろう」
戻る方法は簡単だ。ただ、発動している人化を解くだけでいいのだ。イメージは魔法を解くような感じである。
俺の言葉を聞いて、先ほどの距離までアイリーンが離れたことを確認して、目を瞑り、能力を解除した。
また、光に包まれ、身体の感覚が失われる。
光がおさまり、目を開けると、今までの高さに移動した視界が広がっていた。体の感覚も、人化した時と違い、すぐに戻ってくる。
「さあ、乗ると良い」
ゆっくり首を下す。
頭に乗る事になるのに気付いたのか一瞬逡巡したのち、意を決し、慎重に首と頭の境目あたりを上り始めた。
「失礼します……」
と、小さな声で呟くと、丁度頭の頂点辺りまでよじ登ってきた。シンシアもだったけど、そこが座りやすいのかな?
「しっかり捕まっておけよ。では、行くか」
振り落とされないように警告をして飛び立つ。警告を受けたアイリーンは、頭に抱き付くようにしがみついた。「ふふっ」と、どこか嬉しそうな笑い声が聞こえた気がした。
「目指すは、防衛都市『ネウルメタ』!」
アイリーンを風の幕で包んだ俺は、昨日とは反対側に向かって飛び立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます