第8話
私は、この森で生まれた鬼蜘蛛と呼ばれる魔物だ。昆虫の蜘蛛とは違い、黒光りする装甲のような甲殻で体を覆われていて、薄紫色の水晶のような角が二本、頭部から生えている。背中にも薄く、装甲のように薄紫の
魔物は、世界に満ちている魔力から生まれるもの。当然、私も例外ではない。気付いた時には、この森に居た。
初めは、周りに仲間などいなかった。だから、分からなかった。私は普通だと思っていた。
しばらくの間は森の中を徘徊し、飢えない程度の食料を確保しながら、目的もなく過ごしていた。
私の世界は、とある変化があるまではこの森だった。私の目標は、ある話を聞くまでは特になかった。
いつものようにルーチンワークを繰り返していたある日、とある変化が起きた。
目の前に、私と
その魔物の種族は、鬼蜘蛛だった。私は、普通の魔物ではなかったと知ってしまったのだ。
私は、自分の姿を森を徘徊する中で見つけた湖で確認していた。だから、出会った魔物が私と同じ鬼蜘蛛だと分からなかった。しかし、気付けばその魔物が仲間だと感覚で理解していた。
初めは、その一匹が特殊なんだと思った。しかし、その後も出会う鬼蜘蛛は、皆私とは少し違う姿だった。初めて会った鬼蜘蛛と同じ姿だったのだ。
何回目か分からないほどの仲間との遭遇を経て、私は理解した。私は特殊なのだと。私は、生まれたときからはっきりとした思考が出来ていたし、何より私自身を『個』として認識していた。しかし、森で出会った私の仲間を
はっきり言ってうんざりした。別に会話が成立しないわけではない。彼らは、簡単な受け答えならばできるのだ。それが故に、私は、会話ということを知ってしまった。もともと、生まれてから孤独で生きてきた私には、その刺激は大きかった。この、森という世界しか知らなかった私に、一人ではない、孤独ではないという思いを抱かせるには十分だった。一人の時間が、刺激の、変化のない時間が長すぎた。だからこそ、その刺激は大きく、同時に大きな落胆を覚えてしまったのだ。
彼らのまるで人形のような受け答えに酷く空しい感情を抱いてしまった。
だから、彼らが私を群の頂点、
もともとは魔物の長として生まれたからか、私には様々な知識が備わっていたらしく、担ぎ上げられた時にそれらの知識が、まるで、氷山が融解するかの如く溢れ出してきた。そこには、魔物の長がその役割を放棄したとき新たな長が生まれるという知識が在った。だから何の感慨もなく、心配もなくその地位を放棄したのだ。
長として担ぎ上げられるのが遅すぎた。すでに、私には、『長としての私』では無く、『孤独に森を徘徊していた私』という自我が形成されてしまっていたのだ。『長としての私』という立場は、今の私にはつまらなさ過ぎた。
私は、目標もなく漂っていた時と違い、目標というか、夢のようなものも出来ていたのだ。『もっと他の生命と会って、話してみたい』、『私は孤独では無いと知りたい』、『刺激が欲しい』。そんな、夢とも言えない夢だった。
いざ、外に出ようと考えたときに頼れるものは、新たに手に入れた知識だけであった。しかし、私の中に在った知識の中に、森の外については大雑把にしか無かった。それでもその大雑把な知識の中には、森の外には人間という、比較的高度な文明を持った生命が住んでいるという知識が在った。それだけで、私が森の外を目指すには十分だった。
本来なら、魔物に備わっているはずの、他勢力に対する敵意が私は薄かった。おそらく、このすでに形成され終えてしまった自我が原因だろうが、私にはどうでも良い話だった。加えて、鬼蜘蛛という群れる上位種族でありながら、この魔力の強い森で、たった一人で歩き回り、サバイバルを行っていたがために、そして、様々な力がこの森に住まうどんな生物よりも強かったのも理由だろう。私は、その知識を見つけた途端になんの躊躇いもなく行動を開始していた。
森の端はなかなか見えなかった。この森は、恐ろしく広かった。しかし、確実に森の外に近づいているのか、ちらほらと人間や、何かほかの、森にはいないはずの生き物の死体を発見した。
その事実のおかげで気力を何とか持ち直し、一週間ほどかけてようやく、森の外周に到達した。
私の世界が、大きく広がった瞬間だった。
その時に私の見る世界は一変した。
今までの森での暮らしは何だったのだろうか、と思わずにはいられなかった。まるで、今までの世界には色などなかったかのように、私の目に映る世界に鮮やかな色が彩られた。
しかし、当然だが何もせずにこのまま人間の国に行くわけにはいかない。私は、魔物だから。きっと大騒ぎになり、討伐されてしまうだろう。そのくらいなら、知識にあった。
同時に、私は知識を探り解決策も見つけていた。
恐らくは、人を
人に化けることができたのだ。
さっそく使ってみれば、その効果の高さに驚愕する。
その能力は、魔物としての身体能力を有したまま、
どうやらこの体は幻覚や、擬装のようなものと違い『もう一つの私の身体』らしく、額に小さな角が二本あるのが触ってみて分かったのだ。魔物の姿の時にあった角と同じものだろう。だからこそ、身体能力も同じなのだ。
私は、角を隠すため、いったん森に帰り、森を出るときに幸運にも見つけた、無謀にも森に突っ込んできて勝手に死んでいったであろう人間の外套を頭から羽織った。
外套はちょうど人となった私の体のサイズより二回りほど大きいもので、うまい具合に顔が隠れた。
準備も完全に整い、広い荒地を、魔物としてのタフさを生かし黙々と歩き、とうとう人の町にたどり着いた。
そこで、私は様々なことを満喫し尽くした。その町に入る際の検閲ですら楽しく、つい誤魔化すのを忘れたときですら、焦りながらもそのやり取りをワクワクしながら行った。見つかった時のことは、少ししか考えていない。むしろ、少し考えられるだけ、ましだったといえよう。ちなみに、検閲はいったん引き返し、誰もいないところから、身体能力にものを言わせ忍び込んだ。
人間が使う通貨は、外套を持ってくるときに一緒に持ち出しており、買い物もした。店主と値切り合戦もした。
町行く人々のうわさ話に耳を傾けている時ですらも、楽しくて仕方がなかった。
その日は、ある程度満喫したら森に帰還したが、その後も、何度も森の周辺の人の暮らす土地に遊びに行った。
そんな中、私はある話を聞くことになる。
その日私は、初めて平原の向こうの国に遊びに向かっていた。
今まで行った村や町よりも大きなところだと、聞いていたので、いつも以上に楽しみにしていた。
実際に目にしたその場所は、確かに今までとは違いかなりの大きさだった。そこは、王都というらしい。城壁が端が見えないほど長く大きかった。
しかし、私を止めるには不十分だ。いつも通りに城壁を回り込み、人気がないところで、今回は蜘蛛の能力も使い、密入国に成功する。
中は、王都なのだから当たり前なのだが、町とは比べ物にならないほど大きかった。
しかし、私に訪れた『そいつ』は、その程度のことなど気にもならないほどのものだった。
それは、いつものように楽しく出店を回っていた時に現れ、私に声を掛けてきた。
しぶしぶ、言葉に従い裏通りの人通りがあまりない場所に移動する。
話しかけてきた人間は、見た目は、少々肌黒い短くそろえられた赤髪の、どこかきつい印象を与える顔の偉丈夫だった。
そいつははっきりと『火竜』だと名乗った。
「魔物が楽しそうに買い物をしてるんでな。声を掛けさせてもらった」
私に話しかけてきた理由について、そいつはそう言った。
私の持っている知識の中にも一応、竜についての事がある。それは、ただ
あまりの情報の少なさに驚かされたが、それゆえに、脅威も感じていた。
だから、私は火竜だと相手が名乗った瞬間から、その真偽を見極めつつ、どうやってこの場から逃走を謀るかを必死に考えていた。
「おいおい、疑ってんのか? どれ、ちぃっと威圧してやるから、それで判断付くだろう」
その言葉が終わるか終らないかの内に、とてつもないプレッシャーが私を襲った。
到底、人が出せる威圧ではなく、当然そこら辺の魔物が出せるはずもないほどの魔力。その威圧は、熱を持った魔力が混じり、弱い魔物であれば消し飛ぶほどのものだった。
ぞくり、と何か不思議な感覚が私の中で目を覚ました。しかし、コレが何かは分からなかった。同時にこいつが本気になれば、わたしに逃走など不可能だとわかった。
「私を消し飛ばすつもりか……?」
「はっ! そんなわけあるかよ。そのつもりなら、問答無用で炭にしてるぜ。お前がこの程度で消えるわけがねぇってのはわかってるよ」
その通りであった。事実、私はこの威圧でダメージ一つ負ってはいない。しかし、魔力が熱を帯びていた事もあり、そいつが火竜である事だけは、納得がいった。本能もこいつは火竜であると理解した。
「そうか。貴方は竜なのだな。貴方の目的は?」
「さっき言ったとおりだ。気になったから声を掛けた」
目的は変わらないと言う。私ほどの魔物が人の土地に居ると言うのに。
「消すつもりはない。お前は、どう見ても今この場で人に害をなすとは思えん。将来どうなるかまでは知らんし俺の管轄でもない」
訝しむ私を見てさらに言葉を発した。
火竜が言った言葉は真実だった。だから私も、目的を話した。
孤独を恐れほかの生命を求め、刺激を求めた、私のこれまでを。
全てを、ただ静かに聞いていた火竜は、私が話し終えてから、しばらくして火竜は笑い声を上げた。
「何だ? 何が可笑しい」
少し、イラッとした。
「いや、すまん。お前が自覚していない感情を理解してな。魔物の中でも変わり者のお前が、そこら辺の魔物よりも魔物らしいと思ったら、な」
私は、自分が変わり者であることを自覚していた。だから、魔物よりも魔物らしいと言われてもよくわからなかった。その、自覚していない感情とやらについても。
「よく分かんねぇ、って顔してんな。良いぜ、教えてやるよ。さっきから、俺と話しているのを見て、お前の過去を聞いて、確信させてもらった。お前が自覚なしに求めているものは『強者』だ。ある意味、言葉通りだな。他の生命を求め、刺激を求める。加えほぼ間違いなく最強の存在の目の前で、その堂々とした態度」
その言葉はすんなりと私の中に入ってきた。
「お前は魔物としての破壊衝動が強いんだ。しかも、飛び切り厄介な、強い者を壊したいと言う形でな。だが、森にお前のその感情を満たすものは居なかった。そんな時、お前は仲間に会い、話し、そこで強者に必要な物を知性だと感じた、のかもしれない。その時、人間のような感情もお前の中に芽生えた。自覚したのはこっちだ。魔物としては珍しいな」
しかし、一応聞いておきたい事がある。
「……なぜ、そう思った? 私ですら、本人ですら気付けなかったことに気付けた?」
「言ったろ? 俺と話してるのを見てって。過去の話も大事だが、こっちは、どちらかと言えば裏付けみたいなもんだ。基本は、今現在話しているお前が証拠だよ」
「理解できない。私はいつも通りに、普段通りに接しているはず」
「それが『異常』なんだよ。いいか? 魔物は、人間と違って、動物に近い感覚を持っている。だから普通は、自分よりも強い存在が居れば、腹を見せるか尻尾巻いて逃げる。まして、魔物は例外なく竜は危険だ、みたいな情報をもってやがるはずだ。そうだよな?」
私に、確認してきたので軽くうなずく。
「つまり、普通じゃいられない。それがどうだ。お前は、危険だと言う知識がありながらに、しかも威圧を受けたうえでなお、普段通りに接してやがる。いや、反応を見る限り、ちぃいっとばかし興奮すら覚えてやがっただろ」
先ほどの感覚の正体すら気付かされた。ここまで言われては、何も言えない。
「それが証拠だよ」
締めくくるように火竜が告げる。
私自身気付いていなかった感情。私が初めから持っていた感情。それらをゆっくりと、咀嚼するようにかみ合わせ、言葉を整理していく。
「なぁ、私は本当に強者を求めていたのか? それならば、お前と
結局分からなかった。整理しても、私の乏しい知識では、答えが出なかった。いや、もっと豊富に知識が合ってもきっとわからなかっただろう。何せ未だに、その感情があやふやな物だったから。
だから、竜は万能の象徴である、と誰かが話しているのを思い出し火竜に尋ねたのだ。
「はっ! 知らねえよ。全部お前の感情じゃねえか。竜は万能でもなんでもない。ただ周りよりもはるかに優れているからこそ、なんでもできるように見えるだけだ。だから、お前の感情なんざ知らねえ。ま、一つ言える事は、俺と
万能の象徴と言われたそれは、自分は万能ではないと言いながらも、私の質問に答えてくれた。
「ただ、お前は面白いから、一つ助言をくれてやろう。竜ってのには、俺ら原初の六体の竜以外のすべての竜を含めて共通していることがある。それはな、なんつーか、ほら、あれだ、類は友を呼ぶってやつ。つまり、似たもの同士惹かれあうんだ。種族性別関係なく、な。竜ってのはそこで寄って来たのを自分の配下みてえなものにする。お前も、竜を探せ。自分が惹かれる竜をな」
「なぜ?」
「知ってるか? いや、知らねえよな。だから、教えてやるよ。竜ってのはな、揉め事に巻き込まれやすいんだよ。強いのも弱いのも含めてな」
話が終わると同時に火竜は踵を返した。
「もう行くのか?」
何となく声を掛ける。聞きたい事はもう聞いたのに、何か言わなければならない気がしたからだ。
「ああ。助言もしたしな。聞きたい事も聞いた。お前が無害なら如何こうするつもりもねえ。あ、ただ、帰る時は見つかんなよ。めんどくせえから」
ぶっきらぼうに言い放つと、また歩き始めてしまう。
「あ、ああ……」
つい、気の抜けた返事をしてしまった。その時、表通りから、どこかの出店の店員の声が聞こえた。
『ありがとうございましたー!!』
もやもやした心にその言葉はぴったりと当てはまった。
「っ! あ、ありがとう!」
どうにか、絞り出した言葉は僅かに震え、少しどもってしまう情けないものだったが、火竜はその声に、背中を向けたまま、軽く右腕を上げ答えてくれた。
その時確かに、今まで私の中にあった何かを理解した気がした。多分、コレが人の心と言うやつなのではないだろうか。魔物に感謝するなどと言う風習は無いのだから。
火竜の人影が見えなくなるまで、なってからも私は裏道に居た。先ほどの言葉を反芻し、自分なりに結論を出していたのだ。
「……つまり、自分で試せと言う事か、強者と戦うと言うことを。……ふふっ、何も分からなかった私には、その助言は参考になったよ」
特に意識した訳ではないが、知らず言葉が漏れる。
「ありがとう」
もう一度だけ、小さな礼を言うと、私は森の中へと変えるために外壁へと進み始めた。
淀みなく呟かれた小さな礼は、誰に聞かれる事なく路地裏へと吸い込まれた。
この時、私の中に、はっきりと目標が決まった。
「まずは、私の気付けなかった感情を知ろう」
それから、どれほど経ったのだろうか。すでに三度目の春を迎えたような気がする。
私は、今までのように周辺の村や町、都市を巡り情報を集めていた。
『
この世界の竜の存在は大きい。人の暮らすところで情報を集めれば少なからず竜について知れるのではないか、と考えたのだ。そして、その結果は予想を上回るものだった。一番大きかったのは、『教会』の存在だ。教会とは、いずれかの竜を頂点とし、その竜に強い信仰を抱くものや憧れを抱くものが集まる建物なのだが、この周囲に居る者に話しかければ、大抵何かしらの情報を教えてくれるのだ。
結果として、近場に居る竜は火竜だけだった。
それでも、話を聞く限り稀に竜が人の住む土地を見回るように上空を飛ぶことがあるのだと言う。それを期待して、そして私の楽しみのために、村、町、都市めぐりを続けていた。
その日は、あの時のように火竜のいた王都を訪れていたのだ。そして、また火竜に会った。いつも通り、出店を見て回った後、教会の周辺をうろついていた時だった。
上空を、赤い影が横切ったのだ。
ここが、『火竜教会』で有ったこともあり、すぐに横切った影が火竜であることが知れた。
火竜は、炎を纏った手足に、炎で構成された大きな翼を持った鮮やかな赤と橙が混ざったような色のがっしりとした体つきの竜だった。時折、様々な鱗の隙間から火の粉のようなものが漏れている。飛んできた後は、尾を引くように赤熱した火の粉の様な物が舞っていた。
私は、初めて見た竜の姿に息を呑んだ。その姿は、この世界で重要視されるのが分かるほどに迫力があり、脳に焼け付くような圧倒的な存在感を示していたからだ。大きさははっきりとは分からないが普通の家一軒よりかは大きいだろう。
火竜はしばらく旋回した後、王城の方へと飛んでいった。
呆けていた私は、火竜の姿が見えなくなってからようやく我に返る。
「竜とは、あれほどの存在感なのか……」
ふと初めて竜としての姿を目撃したことに気付いた。
「私は、どうやって竜を探そうとしていたのだろうな……」
思わずつぶやいたその言葉に返事が返ってきた。
「魔物なら問題なく分かるだろ」
驚いて振り返ると、そこには一人の女性を伴った火竜の姿があった。結果、どうやって来たのか分からない火竜にまた驚いた。
そうして目を白黒させていると、徐に火竜が口を開いた。
「久しぶりじゃねえか。その様子じゃまだほかの竜にゃ会えていねえらしいな」
驚きながらもなんとか声を絞り出す。
「あ、ああ。久しぶりだな。どうやって来たんだ? さっきは王城の方に飛んでいったように見えたが。そもそも、この一瞬でどうやって人に?」
「あ? ああ~、その通りだ。そんでもって、ここには、転移してきたんだよ。後は、鱗、だな。人になんのは竜固有の魔法だ。気にすんな」
人になるのは魔法で一瞬だったらしい。が、それよりも気になる単語が出てきた。
「鱗?」
「ああ。鱗だ。基本的に竜が認めた相手に渡すものだな。俺は、王、王妃、そんでもってコイツに渡してある。鱗を持ってると、持っている者同士で考えるだけで口に出さずとも会話できるようになるんだよ。念話ってやつだ。お前も竜を見つけたら頼んでみると良い」
話を聞く限り、鱗はなかなか重要な物の様だ。すごく欲しい。竜に認められた証とかちょっとカッコいい。が、話を聞いた結果、気になる事もできた。
「見分けはつくのか?」
そう。鱗を持つ魔物は普通にいる。中には似た色の魔物もいるはずだ。見分けはつくのだろうか。
「問題ねえよ。竜の鱗には身体から離れた瞬間に、それぞれの竜の特徴が出る。俺のは火を模したエンブレムだ」
そこまで言うと、隣に居た女がどこからか取り出した鱗を見せてくれた。
そこにはたしかに、どういう原理か、揺れる火種の様なものが見て取れた。
さらに欲しくなった。
ついでに転移についても聞いたが、目的を済ませてしまいたいらしく、魔道具だ、と言われ詳しくは聞けずに終わってしまった。ただし、魔道具についてなら、そこそこ詳しく知識があるので問題は無い。
「で、まだお前は他の竜に会ってないんだよな?」
「ああ。残念ながらな」
先ほども聞かれたことに答える。
「そうか。まあ、ほかの連中もお前みたいな魔物にゃ会ってねぇって言ってたしな」
その答えに、ならなぜ聞いたのか、と問うような視線を向けていると、一度咳払いのような事をしてから話し始めた。
「んん。ああ、で、だな。今回は空からお前を見つけて、まだ誰もお前に会ってねぇって話も聞いてたから、少し手を貸してやろうと思ってな」
「そうだったのか。それはありがたい。 しかし、良いのか? 魔物である私に手を貸して」
少し気になったことを尋ねた。基本的に大概の種族の敵である魔物に手を貸してもいいのかが気になったのだ。
「それなら問題ねぇ。初めて会った時にもいったが、竜の配下には種族性別関係ない。魔物だって当然いるのさ」
そういえば、そんな事を言っていた気がする。なので軽くうなずくと、それに、ともう一つの理由を述べ始めた。
「お前がほかの連中に会えなかったのも仕方がないと言えば仕方がないんだ。なんせ今は、双派竜以外は人間に混じって生活してるからな。その原因を作った一端が俺だから、協力するのも問題あるめぇよ」
どうやらコイツが原因で会えなかったらしい。詳しくは聞かなかったが。
「さて、もういいか? 早速だが、ちょっとじっとしてろ」
「何を始める気だ?」
何をするのか説明がない中、勝手に何かを始めようとするので、質問したのだが、返ってきたのはたった一言だった。
「恐ろしく的確な助言さ」
よくわからなかったが、じっとしていると、今まで無言だった火竜といっしょに現れた女から、魔法を使い始めたのか、魔力を感じた。
その女は、あまり派手ではない、濃い青を基調とした、長いスカートの服を着ていた。たまに、街中で見かける偉そうな奴の近くにいる服に似ていることから、彼女はメイドと言うやつだろうと当たりを付けた。
「ミュウ、良いぞ。始めてくれ」
どうやら、彼女はミュウと言うらしい。そのミュウは、火竜の言葉と同時に魔法を発動させた。
しかし、私には何が起こったのか分からなかった。どうやら、対象に影響を及ぼすたぐいのものではないらしい。
「終わりました。貴方は、これよりあなたが生まれた森に帰り、
簡潔に述べるミュウ。ただ、私は未だに何が何だか分からない。
「だ、そうだ。コイツの魔法は特殊だからな。大人しく従うと良いことがあるかもしれねえぜ。あと、この魔法については他言無用な。竜になら話しても良いぞ」
どうやら、魔法によって何事かを行い、助言を得られたらしい。しかも、火竜の言葉を聞く限り、この助言に従えば、竜に会えるようだ。
「よくわからんが、分かった。ありがとう」
「じゃあな。手助けはこれで終了だ。後は頑張れや」
それだけ言うと、あの時のように踵を返して雑踏へと消えてしまった。しかし、今回はもう礼は言ってある。
「それじゃあな。世話になった」
私の呟いた言葉は、誰に聞かれる事なく今回は表通りの雑踏へと吸い込まれた。
そして、そのまま森へと帰った。
その日から、私は言われたとおりに、生まれた森を隈無く調べだした。
そして、森の恐らく一番深い位置。私が最後に探した場所。そこに、その御方はいた。
静かに、横たわる灰色の身体。どうやら、寝ているらしい。しかし、そこから放たれる圧倒的魔力、存在感。
その姿を見た時、直感的に、私はこの方と共に在りたいと思ったのだ。そして同時に、これまでの言葉遣いではいけない。私の中の直感とは違う何かがそう訴えてきた。なので、私は王都で見かけたメイドの口調を思い出しそれっぽく真似る事にした。
その日から、およそ一週間かの御方は寝たままだった。しかし、次の日、僅かに目を離した短時間の間に、その御姿はどこにも無くなっていたのだ。いや、何処に行ったのかは分かる。くっきりと歩いたであろう道が残っている。しかし私は、此処で待つことを選択した。今からでは追いつけないからだ。
理由は簡単で、残っている道が木々を押しのけできたものであるにもかかわらず、音がしないのだ。
道の先は見えない。かなり進んでいるのだろう。
「ですが、何故か、お戻りになられる、そんな気が致します……」
ただの勘。しかし、はっきりと自覚出来た。
私は、ただ信じて待つのみである。
その夜、竜様は大きな羽ばたきの音と共にお戻りになられた。そして、そのまま何事かを呟き、眠ってしまった。
私は、朝になるまでここ一週間と同じようにお守りする。
そして、朝になり、竜様が目を覚ました。
暫く夜のように何事かを呟く。竜様のお言葉が聞こえない事に僅かに苛立ちながらも見守っていると、立ち上がりながら私にも聞こえる言葉を口にした。
「おはようございます、っと。さぁて行くかな」
声を掛けたつもりはなかったのかもしれない。しかし視線は私の方を向いていた気がした。もし、私に気が付いていた場合、出て行かないのは流石に不味い。しかし、気付かれていて、声を掛けて下さったのならば、かなりうれしい。
そのせいで、つい浮かれて、
「おはようございます。気付いていらしたのですか?」
などと口にしてしまった。隠れているわけにもいかない。なので、ゆっくりと、茂みからできる限り、動揺を隠し姿を現した。
その時、私と竜様の目が合い内心さらに浮かれあがったのは言うまでもない。
とうとう、私は、目標へと一歩を踏み出したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます