第5話

 うめき声がした。

 まるで、生き物が居なくなってしまったかのように静まり返った、森の跡地ではその声は良く響いた。

 もしかしたら、盗賊の生き残りが居るのかもしれないなどと、考えつつも、ほとんどは興味本位で音の出所を探した。

 しばらく歩いているうちに、どうやら、地下から聞こえるらしいことが分かった。くぐもったその声は、よく聞けば、泣き声の様だった。

 しかし、音の出所がやけに遠い気がする。もしかしたら竜になり聴力も上がっているのかもしれない。地上で話していた人間の声も聞こえたくらいだし。

 何はともあれ、そのまま音のする方へ歩を進める。案外、俺の足音もデカいんだな。初めてこの身体で歩いた時は気にならなかったが、ずん、ずん、と一歩ごとにそこそこの音がする。


 などと取り留めもない事を考えながら歩いていると、気付けば目的地周辺に着いていた。

 そこは、先ほどの暴風によって太い木々や、建物の瓦礫が散らばっている何かの跡地らしかった。位置的に空から見えた小屋だろう。ここに小屋があったと証明するものは、土台の跡くらいだが。

 声が聞こえていたのはこの跡地の真下辺りだ。過去形なのは、泣き声がすでに止み、鼻を啜る様なしゃくりあげる声に変わっているからである。


「さて、声の出所を探すにも瓦礫が邪魔だな……」


 この状況を作り出した魔法は自分の意思で使えない。ふと、初めて飛んだ時の事を思い出した。

 何か思案するように辺りを見回した。周りは暴風によって更地のようになっている。そこに動く者はいない。


「これは……一気に吹き飛ばしてもいいのではないだろうか?」


 別に誰かに許可を求めたわけではない。自分に対する確認みたいなものだ。そのまま、大きく翼を羽ばたかせた。飛ぶ時とは違いベクトルを真正面に向ける。

 徐々に瓦礫の山が揺れ始める。


「お? いけそうだな。もう少し、強くするか。……あ、やべ、力入れ過ぎーーーー」


 ぶわっ。瓦礫が、木々が宙へと浮かび上がる。

 そのまま、瓦礫は三メートルほど先へズガンと言う大きな音を立てて落ちた。


「……よし、成功だ。被害は無い。うん、問題ないな」


 気にしてても仕方がないからな。ただ、やっぱり微調整は難しいみたいだ。


 瓦礫の下には、地下室に繋がると思われる鉄製の、蓋のような扉らしきものが見えた。どうやらこの中から聞こえてきているらしい。


「この中か……。どうやって開けよう?」


 竜の手? ではこの扉は小さい。取っ手らしきものが付いてはいるが、どう考えても無理がある。

 ためしに、取っ手に爪の先っぽがが引っかからないか試してみる。ちなみに、俺の今の手は、上の短いダイヤモンド型の手のひらに、四本の、爪がメインの指が生えているような形になっている。ちゃんと、一本は親指のようになっているので、違和感は少なくかなり自由がきく。


「このまま、うまい事開かないかな~。……お?」


 僅かにだが、引っかかった感触がした。そのまま、ひらけないか試してみる。

 カコン、と言うどこか間の抜けた音と共に扉が外れた・・・


「あれ?……意外と脆いんだな。もしかしたら、俺が暴れた時に傷んでたのかもしれないな」


 無事扉を開ける事に成功したので、そこから声の主を探す。しかし、そこから見える範囲には誰もいなかった。どうやら、すすり声はもう少し奥から聞こえるらしい。


「どうするか……。穴、広げるか? なんか全体的に脆くなってそうだし、引っ掻けば広がりそう」


 さっそく、入り口に爪を掛ける。ゆっくりと手を引いた。動きに合わせて、ががが、と言う削れるような音と共に入り口が広がった・・・・

 これはいけそうだ。取りあえず、音を頼りに近くまで入り口を広げていく。


(これ、崩れたら不味くね?)


 今更、崩落の危機に気付く。当然、俺に危険があるわけではないが、中にいるであろう人物が安全であると言う保証はない。

 しかし、その手は止めない。なぜなら、すでに半分以上の距離を進んでしまっているからである。現状、ひびが入っているだとか、ミシミシ言っているだとかは無い。ここまで来これたのだから、大丈夫だろう、多分。崩れたら崩れたでその時だ。

 おおよそ声の主の目前まで来た。やはり、地下室は崩れなかった。


 さて、早速声の主を確認しようと、もはや穴ではないその溝を覗き込んだ。

 そこには、こちらを呆然と見上げる、敗れた服を着ている鎖に繋がれた幼い少女と目が合った。


(いきなり目が合うとか! やっべ、どうしよう。なんか話した方が良いのか? こういう時俺から話すべきだよな……)


 残念なことに俺は重度ではないもののコミュ障であった。いきなり、見ず知らずの美少女と目が合っても、何を話せばいいのか分からない。いや、美少女でなくとも、いきなり目が合えばうまく話せない気がする。

 結果、何を血迷ったのか俺の彼女に対する第一声はこれだった。


「そういうプレイが好きなのか?」


 やってしまった。完全に頭のおかしい人の発言である。少女も呆然としているように見える。やばい。超恥ずかしい。

 流石に声が出ず、少女と見つめ合っていると、少女が我に返ったのか囁くような声でちょっと赤面して返事をしてくれた。


「ち、違います。……助けてください」


 しかも、呟くようなさらに小さな声で助けまで求められた。そんなにやばい人に見えたのだろうか。少しばかりショックである。……よく考えたらこんなデカい竜に見つめられたら助けを求めるのも分かる。と言うか、此処から助けて欲しいと言う事だろう、冷静に考えれば。


「ここから出たいのか?」


 一応聞いてみたが、聞かれていたことに若干驚いた後に僅かに首肯してくれた。

 ふむ。出たいのか。だが、出すにしても入り口が狭すぎる。腕すら満足に入らない。……天井、取っちゃうか?

 幸いにもこの地下室は、彼女を監禁してはいるが、倉庫としても使っていたらしく、様々な物が乱雑に置けるくらいにはそこそこの広さがある。難しくはあるが、うまいことやれば天井を取り除けるのではないだろうか。


「このままでは、私が入れない。だから、天井を壊そうと思う。少しばかり騒がしくなるが、少しの間、堪えて欲しい。あと、埃っぽくなるであろうことが予測される。目を瞑り、呼吸を最小限に抑えて欲しい」


 取りあえず、確認と注意事項を述べておく。そこで先ほどから緊張して口調がおかしい事に、今更だが気が付いた。いや、今は気にしないでおこう。この身体にはちょうど良いかも知れない。


 さて、どうやって天井を壊すか。先ほどの様に下手に吹き飛ばしでもしたら、この少女ごと飛ばしかねない。確実に命は無いだろう。


 色々考えた結果、少女の頭上の部分を手で持ち上げるようにして破壊し、そこから穴を広げていくと言う形をとることにした。

 さっそく少女に被害が出ないように慎重に行動を開始する。

 溝の先を手のひら部分がある程度入り込むように少しだけ広げ、片手ですくうように天井を剥がした。そこから、徐々に穴を広げていく。


 そのまま作業は割とスムーズに進み、恐らく、30分も立たずにほぼすべての天井を剥がし終えた。

 律儀にも言い付け通りに目を瞑っていた少女に、作業が終了した旨を伝えると、少女は恐る恐る目を開けた。そのまましばらく辺りをキョロキョロと見回し、俺の姿を見つけた途端に固まってしまう。

 よく考えれば、あの程度の溝じゃ俺の姿は見えていなかったはずだ。この巨体に驚いてしまったのだろう。

 固まったままの少女を無視して、当初の目的であった救出作業に入る。

 少女に傷を付けないように慎重に、爪を差し込むようにして鎖を千切った・・・・。手首に付いた枷までは流石にどうしようもないので、帰ってからどうにかしてもらおう。

 作業が終わる頃、ようやく少女の硬直が解けた。


「貴方は……竜、なのですか?」


 硬直が解けてからの第一声はそれだった。


「恐らくな」


 俺も、見た目からの推測にすぎないので、曖昧な形で肯定しておく。


「この後、どうするんだ? 見ての通り鎖は壊したが」

「あ、出来れば、家に帰りたいです。……もしよろしければ私を国まで連れて行ってはくれませんか?」


 ずいぶんと目を輝かせながら、頼まれてしまった。しかも、彼女の雰囲気は、何やら心ここにあらず、と言った様子だ。ただ、送っていくのはやぶさかではない。すっかり忘れていたが、彼女のおかげで無事会話ができると言う事も知れたのだ。……俺の第一声は残念な物だったが。


 とにかく、彼女の指示に従えば、この森の外に行けると言う事だ。この身体のままでは町に入ることはできないだろうが、多少なりとも、文化などの状況を把握することは可能だ。

 それに、こんな森の奥深くにいたいけな少女を放置はちょっと考えられない。


「良いだろう。送っていこう。ただ、あまり遠いと夜になってしまう。場所はどのあたりにあるんだ?」

「え、あ、はい。場所は森を出て少し行ったところです。方向は、……すみません。分からないです」


 どうやら現在地が分からないらしく、若干、うつむき加減に謝ってきた。先ほどの、雰囲気が嘘のように沈んでいる。


「空から見れば分かるか?」

「え、良いんですか?! 乗せてもらえるんですか!? はい! 分かります! 多分、分かると思います!」


 ……先ほどの雰囲気が嘘のように目が輝いている。何というかやけに浮き沈みが激しい。まるで、憧れている人に会った時のようなテンションだ。そんなに空を飛べるのが嬉しいのか?

 なんにせよ出発は早い方が良い。このままでは本当に日が暮れる。

 少女に出発をうながす。


「では、行こう。乗れるか?」

「勿論です! 失礼します」


 軽く屈むと、少女は器用に鱗に足をかけ、そのまま、首を上り頭の上まで来た。


「その位置で大丈夫か?」

「はい! ここなら周りもよく見えますから」


 何というか、度胸のある娘である。


==========


 ふと、現実へと帰還した。

 今は俺の頭の上で一人の少女が熱弁を振るっていた。あれから、ゆっくり飛び上がり、興奮する少女にどの方向にいけばいいのかを聞いてから、今の今まで喋りっ放しだった。

 監禁されていた筈なのに、そんなことなどおくびにも出さずに話すそのほとんどが、竜が如何に素晴らしい存在かと言う内容で、すでに小一時間が経過している。

 そのため、やや現実逃避気味に回想に入っていたのだ。

 ただし、話の前半は・・・内容自体は有用な物だった。後半は、憧れとかそういったものだった。

 前半は、この世界での竜の立場についてだった。


 この世界では、竜は、神様的な存在らしい。神話的な物で、この世界が生まれた時に、同時に四匹の竜が生まれたそうだ。その時に世界に、火、水、土、風が生まれ、それを基にする様々な物が生まれたのだとか。さらにその少し後に、二匹の竜が生まれ、この世界に光と闇をもたらしたのだそうだ。普通逆じゃね? と思ったのは秘密だ。この時の、四匹の竜はそれぞれを火竜かりゅう水竜すいりゅう地竜ちりゅう風竜ふうりゅうと呼び四匹合わせて『四源竜しげんりゅう』、二匹の竜はそれぞれ光竜こうりゅう闇竜あんりゅう、二匹まとめて『双派竜そうはりゅう』と呼ばれ、今もなお慕われ、今もなお生きている・・・・・のだという。

 その後、この世界に様々な生命が作られ、今の世界に至ったそうだ。そして、今もたまにその、始めの六匹の竜の配下と言うか、系統として竜が生まれるのだと言う。その頻度自体はそこまで多くは無いらしく、生きている間にそのタイミングに遭遇できるのは幸運な事なんだとか。最近だと、五十年ほど前に地竜の系統として鋼竜はがねりゅうと言うのが生まれているらしい。


 この少女も例外ではなく、竜の|ファン(・・・)なんだそうだ。ちなみに信奉者とかでは無い。そういうのは、一匹だけを信仰しているような人で、むしろ少数派なんだとか。狂信者的な物は四源竜、双派竜の信仰者にはいないそうだ。六匹の竜が存命の上仲が良いのが理由らしい。

 やっと飛ぶ前のあの興奮具合が腑に落ちた。ある意味、アイドルに会った訳だからな。


 ちなみに、どうやって竜が生まれたのか、どの竜の系統なのかを判別しているのかと言うと、例の六匹の竜が、自分の系統の者が生まれた、と言う風に分かるのだとか。竜が生まれたこと自体は、系統竜も含めすべての竜が分かるらしい。

 

 そこまで考えて、大事なことを思い出す。

 そういえば、なんであんなところに居たんだ? この子、すぐに竜について語り出した・・・・・せいで何にも事情を、名前すらも聴いてないぞ。せいぜい、何処から来たのか、どっちに向かえばいいのかくらいだ。

 まあ、盗賊が居た事を考えれば攫われて来たことくらいは予想が付くのだが。話題転換にはちょうどいいだろう。……怖い事を思い出させるような気がするが、大丈夫だろうか? 話して見れば分かるか。今は、テンションも高そうだしな。


「ちょっといいか、少女よ」


 声を掛けると、話しかけられたことが嬉しかったのか明るい声で返事をしてくれた。


「なんでしょう? 竜様」


 様付けだった。すごく、恥ずかしいと言うか、くすぐったい。


「様付けはやめて欲しい。何というか、くすぐったい」


 素直にやめてくれと言うと、からからと笑いながら、


「あら。それでしたら、竜様もですわ。そろそろ私の事を名前で呼んで欲しいわ」


 と言ってきた。まだ名前も聞いていないのにどうしろと?


「名前はまだ聞いていない」

「そういえば、竜様は生まれたばかりなのですよね。それなら知らないのも無理はありませんね」


 おや? 生まれたばかりなんて知らせていないはずだが、なぜばれたんだろう。


「よくわかったな。確かに私は生まれたばかりだ。なんで分かったんだ?」

「言っていませんでしたが、私の住んでいる国は大国なのです。しかも、私の国には、火竜フレム・バーナ様がおります。竜が生まれればすぐさま知ることが出来るでしょう。仮に、私が攫われている間に公表されたとしても、生まれたてに違いはありませんわ」


 なるほど。人の国に竜が住んでいるとは思わなかったが、理由は分かった。そして、竜が身近にいるからこそ、竜のできる事にも詳しいのだろう。


「どうやら、四源竜様や、双派竜様が接触して来ていなさそうなところを見るに、予想以上に生まれてからさほど立っていない様子。私も『竜眼』くらいしか話を聞いておりませんが、よろしければやり方をお教えいたしましょうか? この竜眼がきっと私の名前を教えてくれるはずですよ?」


 その言葉を聞き自然と胸が高鳴った。

 ようやく制御可能なファンタジーに出会えたかもしれない。

 確かにすでに飛んでいる時点でファンタジーなのだがもっと非現実的な事がしたかったのだ。名前が分かると言う事は、よくあるステータスチェック系統の何かなのではないだろうか。

 俺は、こういうファンタジー要素に飢えていたのだ。なんせ、このままでは急にブチ切れる危ない竜だからな。何ができるかも分かるかもしれないし、スキル的な意味で。


 幸い、初めて人を乗せる事もあり、かなり速度を落として飛行している。森は直に抜けるだろうが、国まではまだ少しかかりそうだ。風の幕を少女の保護として張っているらしいので、会話もスムーズに行える。多少のよそ見も可能だ。そういえばこの風もパッと見制御できるファンタジーだが、使い方がよく分からず、なんとなくで使っているため、制御できているとは言い難い。

 ともかく、こんなおあつらえ向きの時間は有効活用せざる負えないだろう。竜眼とか、ワクワクせざる負えない。元人間故に欲望には忠実なのだ。


 俺は二つ返事で少女にお願いをした。

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