第4話
どうしてこうなってしまったのでしょう。本当なら今日も何事もなくいつも通りに、ちょっとつまらない、でも、楽しい一日になるはずだったのに。
私はイクシア王国国王の一人娘、シンシア・フィル・イクシア。この、『国王の一人娘』と言う立場のせいか、それとも、九歳と言う若さのせいか、外出など、あまり自由な時間が取れません。それでも、父はこういった事に寛大であり、たまの外出くらいならば、流石に護衛付ではあれど許してくれていました。
イクシア王国領は他国に比べて比較的治安もよく、目立つ犯罪者も『蛮族の饗宴』と名乗っている盗賊団くらいのもので、その盗賊団も王国内には入ってこないと言うのも、外出が許される要因だったのかもしれません。
今日も、その外出の許可が下りていた日でした。
いくつかの習い事をこなし、父に幾許かのお金をもらい――父は国王の娘と言う立場に甘える事を
そこはいつも通り人でごった返していました。
イクシア王国の王都は、国のシンボルでもあるイクシア城を中心に蜘蛛の巣上に道が広がる作りになっており、露店街はその中で唯一、馬車六台以上が並行しても問題ないくらい大きな道を城から正門まで一直線に通した中央通りにあります。
露店街とはその名の通り、様々なお店が祭りの様に露店を道の両端と、真ん中に背中合わせで出している道で、いつしかそう呼ばれるようになっていたそうです。
ここは、広い王国にあるお店のほぼすべてが揃い、ここでお気に入りのお店、気になるお店の露店を見つけ、本店に行くと言うお試し的な意味のある場所で、この国を知るにはもってこいの場所です。
「今日も何か珍しいお店はあるかしら?」
そう護衛に話しかけながらも周囲に目を配ります。
もちろん、面白そうな出店を見つける事が基本目的ですが、それ以外にも、国の現状を知る、世界の状況を知ると言う目的もあります。やっぱり、城の中だけでは、上級階級以外の情報は得られないのです。
父は、国王と言う立場でありながら、一端の武人であり、その腕は宮廷騎士では敵わないほどに強いらしいのです。実際に戦っているところを見た事は無ありませんが、筋骨隆々の逞しい体や、遠征の際は自らが兵を率いて魔物を討伐していることを考えれば事実なのでしょう。
そういった事実からか、父は非常に庶民派で国民と仲が良く、様々な話をされるそうです。そして、それを参考に国の管理を行っているのです。
いつかは父の後を継ぎ、この国の頂点に立つことになる。そのくらいは今の年齢でも、容易に理解できます。そして、そのためには民の声も必要だと、そんな父を見て思ったのです。
結局、気にしながらも誘惑に負け、様々な出店を堪能し切り、気付けば露店街を少し外れたところに居ました。当然まだ出店自体は無くなっていませんが、数は少なく、道行く人影も
「こんなところに来てしまいましたわ。ルーカス、そろそろ帰りましょ……」
そういいながら、護衛の方を振り向いてみれば、丁度護衛のルーカスが膝から崩れ落ちるところでした。ルーカスの前には、革鎧を着た冒険者、と言うよりは騎士に近しい恰好の男が立っています。
いったい何が起きたの!? と、慌ててもう一人の護衛に目を遣れば、そこには既に意識を手放しうつぶせで倒れている護衛の姿が目に入りました。
出店に夢中だったとはいえ、音くらいなら聞こえてもいいはずなのに、叫び声すら聞いていません。
と、ルーカスが完全に意識を手放し、顔から倒れました。しかし、そこで聞こえるはずのドサリ、などの音が聞こえません。
そこで、ふと習い事の一つの魔法の授業を思い出し、気づきます。コレは、静寂の結界の類だと。
その時その考えを肯定するかのように、身体の中を何かが通ったような不思議な感覚を覚えます。
(わたしも結界の中に入った……?)
とたんに、辺りの喧騒が消え失せ、僅かな静寂が訪れました。耳が痛くなるほどの静寂。そして、その静寂を破ったのは、ルーカスの前に立っていた男でした。
「お嬢ちゃんがシンシア様かい?」
どこか嫌悪感を誘う笑みを浮かべた男は妙に響く低い声で問いかけてきました。
元々こういう駆け引きのようなものはまだ経験があまりありません。早く経験を積まなければな、とは思っているのですが。それでも、答えてはいけない、そんな気がしてただ黙っていたのですが、その行動を見て男はわずかに苦笑を漏らしました。
「無言、か。それは却って『そうです』って肯定しているようなもんだな」
そう言われて思わず顔を顰(しかめ)めてしまいます。すぐに表情を繕(つくろ)いますがよく考えればもうばれているのであまり関係ないような気もしました。男もあまり気にしていない様子で話を続けます。
「もう気付いているとは思うが俺の目的はお嬢ちゃんただ一人だ。ここに転がってる護衛の騎士どもを死なせたくなきゃ、今のようにおとなしくしておくことだな。さ、どうする?」
これは、私の立場を知ったうえで誘拐を企てていると言う事。つまり、すぐに
勿論私も、ただのお嬢様のつもりはありません。剣の使い方も、魔法の使い方も習っています。ただ、この男の実力の底がしれないのです。静寂の結界を使い、護衛の騎士をあっという間に二人倒すなど、王国内で同じことが出来そうなのは騎士団長位。到底、私では敵わない。
正直この後どうなってしまうのか、分からない。怖い。知らずの内に腕が震えていました。それでも、付いていくしかないようです。まだ、希望は有るのですから。
私が色々と考え事をしている間中、不気味な笑みを浮かべて何もしてこないのも、きっと自信の表れでしょう。震えていた事には気付いていないみたい。
そして、これだけ舐められているならば、と思い質問を投げかけました。
「……あなたたちは何者なの? 私の事を知っているみたいだけど」
「ん~? 何か企んでんのか? ……まあ、お嬢ちゃん一人じゃ何も出来ねぇか。良いだろう、答えてやるよ。俺は、『蛮族の饗宴』のリーダー、グロウスだ。蛮族の饗宴くらいは知ってるよな? んでもって、お嬢ちゃんは有名人だぜ? 知らない方がおかしいだろう、
予想通り答えてくれました。しかし、予想外の名前が飛び出してきましたね。確かに王国周辺の族は蛮族の饗宴くらいですが、王国に侵入してきているとは。しかも、王国民? 蛮族の饗宴のリーダーが王国民だと言う話は聞いた事がありません。
まあ、その事実を知ったところで、私が如何こうできるわけではないのですが。それをするのは、気絶している
グロウスが私達を侮っていてくれて助かりました。
私には、両親と護衛二人、騎士団長、父付きの執事長ぐらいにしか知られていない不思議な力があります。それは、生命の波動というものを感じ取る能力。
死んでいるか、まだ生きているかは勿論のこと、意識は有るか無いかまで分かるのです。
そのため、崩れ落ちたルーカスがまだ意識を保っていることに気付いていたのです。グロウスは、完全に気絶させてと思い込んでいる様子。自分の強さを信じて疑わない愚か者です。
起きてるのならばそのまま助けてくれても、と思うかもしれませんが、恐らく、動けないのは演技ではないのでしょう。
「私をどうするつもりですか?」
さらに情報を引きだそうと試みます。
「そりゃ、決まってるだろう。エサだよ、エサ。国を動かすための、な。まぁ、俺は他に如何こうするつもりは無い」
どうやら、予想通り国が目的のようです。きっと、付いていって行って直ぐに殺されるといったことは無いはず。加えて言えば、動けるようになればルーカスは直ぐに行動に移すでしょう。何かされるよりも先に助けが来るかもしれません。
場所も聞き出さなくては。
「私は何処まで連れていかれるの?」
「決まってるだろう? 俺達のアジトさ」
「それは、何処なの? 危険は無いの?」
できる限り、相手が油断するように怯えた様子で聞きます。実際に、怖いのですから、かなり効果的ではないでしょうか。
「危険は無いかって? 危険だらけさ! 何せ、魔力の森だからな! でも安心しな。俺がきっちり守ってやるからよ」
守ってやる、なんて台詞もっと別の時に聞きたかったですけどね。でもとりあえず、場所を聞き出すのには成功しました。ただ、場所は厄介ですね。
魔力の森は、私でも聞いた事のあるほどの危険地帯です。まず、その広さ。未だ全容がつかめていないのだとか。そして、生息する魔物。魔力の森はその名の通り、強力な魔力を含んだ土地です。故に生まれてくる魔物も強力な個体が多く、この森の調査が進まない要因となっています。
まさかそんなところに拠点があるとは……。
「さ、そろそろどうすんのか決めてくれや。抵抗して、護衛ども殺して、痛い思いして連れていかれるか、おとなしくして、平和的に連れていかれるか」
何が平和的ですか。でも、もう覚悟はできています。できる事はやりました。
「……分かりました。連れて行きなさい。ただし、絶対に護衛達には手を出さないでください」
「賢明な選択肢だな。安心しな、此処で護衛どもを殺しちゃわざわざ生かした意味がなくなるってもんよ。抵抗されても大した手間じゃないとはいえ、面倒だからな。さ、こっちに来な」
言われるがままに傍に行くと、麻袋のようなものを被せられました。袋から不思議な香りがします。
そこで、私は意識を失いました。
==========
そして、気付けばそこそこ広い地下室のような場所に鎖で手足をつながれていました。猿轡のようなものもされています。
辺りを見回している私を見て、近くにいた男が「ボス! 娘が目を覚ましました」と叫びながら梯子を
どうやら、蛮族の饗宴のアジトに繋がれているようです。
覚悟は出来ていた筈なのに改めて恐怖が私を襲います。先ほどの男の下卑た笑みを見てしまったから。
(怖い……)
さらわれる前に感じたものよりも圧倒的に強い恐怖。やはり、いざ目の前にその状況が来ては感じるものも変わります。
と、先ほど上に行った男が仲間を引き連れて降りてきました。最後尾には、グロウスもいます。
そのグロウスが話しかけてきます。
「やっとお目覚めかい、お嬢様? ずいぶんとぐっすり眠ってるもんだから薬の量を間違えたかと思ったぜ。いや、実際間違えたからこんなに寝てたんだろうけど。なぁ、薬師?」
そういって、初めからいた男を睨みました。どうやら初めからいた男は薬師の様です。
「す、すいません。こんなに小さいとは思わず……」
「そういや、お前シンシア様実際に見た事なかったんだよな。それなら仕方ねぇか。まぁ、なんの罰もなしって訳にゃいけねえからな。取りあえず外の監視変わってこい。それで許してやる」
そういわれた薬師はしぶしぶ上に行ってしまいました。
「さてお嬢ちゃん。特に体に異常はないな?」
私に話を戻したグロウスは、
「……とくには。それよりも、どのくらい私は眠っていたのですか?」
一応聞かれたことに答えつつも、気になっていたことを問いかけます。
「やっぱり気になるか? そうだな、だいたい一日と半分ちょいくらいだな」
そんなにも経っていたのですか……。意識を失っていた時間の長さに驚愕します。
「だが、そんな事よりも、目の前の事を心配するべきじゃねぇか?」
言われて私から少し離れ囲むようにいる十人くらいの男の事を思い出します。
「こいつらが、もう我慢できねぇってよ。久々の女だからな。多少小さくても構わないんだとさ」
言われてすぐは何の事かと思いましたが、すぐに理解しました。
「……私を、犯すつもりですか。貴方は、私を如何こうするつもりはない、と言っていた筈ですが?」
声が、震えてしまいます。
「……すまんな。だが、約束通り俺は何かするつもりはない。結局俺達は盗賊なんだ。恨んでくれて構わねぇ」
正直、泣き
「……」
グロウスはしばらく無言でこちらを見つめていましたが、何も言わない私を見て、
薄暗い地下室と、顔が
グロウスが完全に部屋から姿を消した途端、周りで見ていた男たちが下卑た笑みを浮かべ近寄ってきます。
「よぉ、お嬢ちゃんがどんな約束をリーダーと交わしたのかは知らんが俺達には関係ねぇ。このまんまじゃ生殺しだよ。お嬢ちゃんは運が悪かったと思って諦めてくれや」
「……貴方達には、情と言うものは無いのですか?」
せめてもの抵抗です。しかし、それを聞いた男たちは声を上げ笑い始めました。
「お嬢ちゃん、それは流石に無理があるってもんだ。そんなもんがありゃ賊なんざやってねぇ」
それもそのはずです。分かっています。でも、それくらいしかないのです。ルーカスが来てくれることを祈るばかり。
しかし、男たちは微塵も気にせず行動を開始します。
「早速御開帳と行こうか」
そう言い、男は徐に私の服に手を掛け思いっきり引き裂きました。
ボタンが弾け飛びます。
「きゃあぁっ!」
その光景を見てさらに男達が下卑た笑みを深めました。私の服を破いた男は高揚した声で呟きました。
「綺麗な肌してんじゃねえか。これならその肌着の中も期待出来そうだ」
別の男も賛同するように声を上げます。
「ちと幼すぎるかと思ったが意外と楽しめそうだなぁ!」
その声を皮切りに男たちが一斉に動き出しました。
そして、同時に深い絶望が私の中に広がっていくのが分かりました。完全に、心が折れてしまいました。
その時でした。
何やら、上の階辺りが急に騒がしくなります。
突然、乱暴に地下室の扉が開かれたと思うと、焦った様子のグロウスが飛び込んできました。
「どうしたんですか、お頭?」
一番入口に近かった男が問いかけます。
「化けモンが出やがった、迎撃すんぞ! 準備しろ!」
焦った様子で、説明も
「化け物って魔物じゃねぇんですか?」
「違ぇ、ありゃ魔物とは違う気がする。ただ、俺らを睨むように見ていやがった。あれは、危険だ」
それだけ言うとグロウスは、時間がないとばかりに地下室を出て行ってしまいました。そこに地下に居る男たちが追従します。
入ってきた時よりも早く男たちが居なくなると、静かな地下室だけがその場に残りました。
とたんに、様々な感情が浮かび上がってきます。
外の音がわずかに響く地下室が、私に助けは来ないと言っているように感じました。一人しかいないこの空間が、私の味方は誰もいないと、主張しているように思えて。
誰もいないと言う恐怖が、誰も来ないと言う孤独感が、私のすでに折れてしまった心をさらに責め立てます。
そんな時、追い打ちをかけるように異変が起こりました。
「GYAoooooooooou!」
おそらくグロウスが言っていた化け物とやらの声でしょう。その叫び声は、あらゆる者を心の底から、身体の芯から震え上がらせる恐ろしい怒声です。
不意に音が消えました。消えていたのはほんの一瞬だったでしょう。しかし、その時間がとても長く感じたのは私だけではないはずです。
唐突に爆発音にも似た轟音が響きます。
近くから、強く風が吹いているような、ごう、と言う音や、木々が折れるバキバキと言う音、ドゴン! と言うような大きな何かが天井の辺りでぶつかる音がしました。それらの音があまりにも大きく、かすかにしか聞こえませんが、悲鳴のようなものも聞こえます。
きっと、その化け物とやらを怒らせてしまったのでしょう。
何が起きているのかは分かりません。しかし、盗賊たちは皆殺しか、良くて、数人が半死半生と言ったところでしょう。
そして、ここも時期に破壊されてしまうはずです。そして、そのまま、死ぬ。
何故こんなことになってしまったのでしょう。先ほどの男の言葉が思い出されます。
……私は、本当に、運が、悪かった、だけ、なのでしょうか? つう、と涙が頬を伝っていきました。しかしそのことに気付いたのは、涙が唇に触れしょっぱい味が口の中に広がってからでした。
知らず知らずのうちに嗚咽がこぼれます。
気付けば外で暴れまわっていた轟音は止んでおり、私が中途半端に堪えているせいで、うめき声の様に聞こえる
何も考えられず、ただ嗚咽を漏らしていると、わずかに地面が揺れているのに気付きました。しかも、一定のリズムで、ずん、ずんと、近づいてくるのです。
それのおかげで嗚咽は止まりましたが、それでもどこかぼーっとしたまま、鼻をすすっていると、真上辺りでズガン、という一際大きな音の後、今までなっていた音と振動が止みました。
そして、何かが崩れるような音と共に、地下室に僅かな光が差し込みます。見ると入り口の扉があったところに大きな穴が開いていました。
穴が私の少し前まで広がったのです。
つい見上げると、急に大きな何かに光が遮られます。
そこから覗く大きな
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