第2話
俺の趣味は、読書である。読むのは、ライトノベルやネットの小説ばかりだが、れっきとした読書である。
その中でも俺が好きなャンルの中に、死んでしまった主人公が異世界に転生する、と言ったものがあるがのだが、まさにこの状況はそれに似ていた。
ちなみにではあるが、読書に嵌ったのは丁度中学生後半ぐらいの時期で、その時期を境に徐々にコミュニケーションと言うものが苦手になっていった。
まさか、俺がその状況になるとはな……。
どうやら、俺は竜になってしまったらしい。
まだはっきりと確認した訳ではないが、身体を見る限り間違いはないだろう。
どこかくすんだような灰色の鱗に、長く丈夫そうな尻尾。背中からは、この巨体の半分ほどの立派な翼が一対生えていた。
さて、とりあえず状況の確認を行う事にする。
まず、転生したと言う事実。俺の持っている知識ではほかに思いつかないのでこれについては転生で通すことにする。きっとそのうち事実確認ができるだろう。
竜になったと言う事実も今は納得する。と言うか、その点に関してはそれほど動揺していない。
一度死んだと、自覚してしまっていると言う事も大きいのだろうか。なってしまったものは仕方がないと思えるのだ。
当然未練が無いと言えば嘘になる。物語の主人公のように両親が事故で死んでいたり、仲が悪かったり、世界に絶望していたりと言った事は無い。友人も少ないとはいえ普通にいた。だから、もう一度家族や友人に会いたいと思うし、死んだ時の状況が喧嘩していたからこそ、俺からも謝りたいとも思う。
しかし、本来なら死んで”ハイ、終わり”のはずが、こうして、しっかり記憶と自我をもってここにいると言うだけで御の字なのだ。竜になってしまおうが何だろうが、
次に、今いる場所だ。
『転生』につきものなのは、『異世界』である。
単純に読んだ話のほとんどが異世界に転生していただけなのだが、ここも異世界であると言える。
理由は至極単純で、地球には竜なんぞいなかったからだ。
さてそうなれば気になってくるのが、どういう世界か、だ。
地球は、科学の世界で、俺のいた日本は、平和の国だ。
戦争などはあるものの基本的に争いとは無縁で、のどかな世界。
しかし、よくある異世界は剣と魔法の世界である。
当然、争い事も必須だろう。生き残る事が重要になってくるはずだ。
だが何よりも、異世界モノの話が好きだったのもあり、この世界に少し期待して、気分が高揚していた事もありそういったものは後にしよう、と言う考えに至った。
まあ、たぶん大丈夫でしょ。
改めて辺りを見回すと、どうやらここは深い森の一番奥の辺りの様だ。
此処の周りにはほとんど生命と言う物の存在を感じない。たまにやってきた鳥が、木で休み
流石にこれだけではどんな世界か分からない。
せめて、意思疎通ができる人間がいるといいんだけどな、と考えて、はたと疑問に思う。
(俺、喋れるのか?)
今の俺は竜である。当然人間とは違う生き物だ。喋れるか否かはかなり大きな問題である。言語が通じなくとも、喋れるのであれば、身振り手振りである程度の意思疎通は図れるはずだ。
しかし、喋れないとなると、ただ吠えて襲って来ているように見えかねない。
「マイクテスト、マイクテスト。ん? あー、あ、あ、あーー」
どうやら無事喋れるらしい。聞き慣れた日本語が耳に届く。耳があるかは知らない。
しかし、その声には
その声は、この非常に大きな竜から出たとは思えない少年のようなそれでいて少女のような若々しい中性的な声だったからである。
「え、この声俺の声か? 全然似合わねぇな。……まあ、いっか。喋れるなら問題は無いだろう」
ひとまず、声の問題は解決した。声に迫力があった方がそれっぽいが、今更どうしようもない。言語の方も実際に話さなければ分からないから、どちらもいまは捨て置くことにした。割と切り替えは早い方である。
「行くしかないかぁ」
ようやく重い腰を上げる。いや、なんか体が重い。
どうやら、動かし方は分かるものの流石に人間の時とは勝手が違うようだ。
それでもどうにか、身体を起こしよたよたと動き始める。本当ならば、翼もあることだし飛んでみたいのだが、
行くあても、これと言った目標もまだないので、とりあえず森の大きめの獣道に沿ってゆっくりと足を動かす。
一応首を下げて木を傷つけないように配慮したつもりだが、竜の通ったけもの道は無残にも荒れていた。なんか、ごめん。森に住まう動物たち。
==========
どれくらい経っただろうか。申し訳なさもとっくに消えて、今は快調に森を突き進んでいた。
ぎこちなさ過ぎて『歩く』とは言い難かった行動が、身体に馴染み『歩く』と言えるようになってからもう一時間くらいが経過しているような気がする。慣れるまでがだいたい30分かかっていない程度の時間だったと思うので、一時間半は経っていないはずだ。
それでもこの巨体。これだけの時間でも相当の距離を進んだはずである。
体感距離にして20キロくらいだろうか。そこそこ慎重に歩いていたので、この程度だろう。いや、それでもこのくらいは進んだ、と言うべきか。
目の前に急に大きく開けた場所が現れた。
そこは、ちょっとした広場の様になった水辺の湖だった。
「おお~……。これは、すごいな……」
思わず感嘆の声が漏れる。しかし、それも仕方のない事だろう。何せ、その湖は端が見えないほど大きく、日本で言う琵琶湖よりも大きく見える癖に底まではっきり見えるほどに透き通っていたのだ。
それは、まるで絵画か何かの一部のように、神秘的に美しく見えた。
「丁度いいや。ここで少し休もう」
独り言を呟きつつ、湖に向かって歩く。別に、水浴びをするつもりはない。ただ、喉が渇いていた。
「ここの水は飲めるのか? まあ、飲む以外に選択肢は無いし、ドラゴンなら案外大丈夫そうだが」
さっそく、顔を水面に近づけ、口を湖に触れさせる。竜の動きにも慣れたものだ。人間の時はこんな風に水を飲んだ事は無い。
しかし、慣れたと言っても、見た目に慣れたわけではなかった。
「おぉう! ……ああ、びっくりした。これ、今の俺の顔か。……そうか、こんな顔だったのか」
未だ、波紋一つない透き通った水面には、竜と言うには美しく整った、どちらかと言えば凛々しい顔つきの竜の顔が映っていた。
ふと、よくプレイしていたモンスターを
「あそこまで
しかし、こんな綺麗系な顔だったのか。とすると、この声でもあまり違和感がないかもな。それならこの見た目や声は、アリだろう。
少し前の悩みが自己解決した。
ともかく、今は、飢えている、水に。止まってしまった顔を動かし、ためしに一口水を飲んでみる。
しばらく待ってみる。
ふむ……、特に異常もなさそうだし、うまいから問題ないだろう。
そこからは、一心不乱に、とはいかないまでも、かなりの量を一気にがぶ飲みし、
案外、飲みにくかった。
==========
「さて、休憩もできたし、ちょうど広いところにも出れたし、そろそろ飛ぶ練習でもしてみようかな」
誰に言うわけでもないが、口に出して確認しながら行動に出る。
もともと、翼があり、折角なら飛んでみたい、と思っていたので直ぐに行動に移る。
翼の動かし方はこの身体になってから何となく感覚的に知っていた。おそらく、人間が歩くのと同じことだろう。
なので、取り合えず翼に意識を集中する。
『知っている』といっても、「出来る」と言う確信があるだけで、実際に動かしてみるまではどのように動くのか、分からないため油断できない。
翼は、広げてみて分かったのだがかなり大きいのだ。身体の三分の二くらいはあるのではなかろうか。これ程のものが、無造作に奮われれば周囲の環境は一たまりもないだろう。
慎重に翼を動かす。まだ、それなりにゆっくりなのだが、すでに湖の表面には小さくない波紋が風圧だけで広がり、森のほうもざわざわと騒ぎ出している。
少し気合いを入れて、羽(は)ばたかせる。
その時ふと、ある考えが頭を過ぎる。
もう少しで、
どうやら、感覚がもう少しで浮くことを察したらしい。
そして、実際にこの巨体が宙に浮いた。
「おお、すげー……、浮いてる」
ためしに高く飛ぼうと考え、力を入れて羽ばたくと、高度はぐんぐんと上昇しだした。
「おお、おお、高い高い!」
森が、小さくなる前に上昇を止める。どうやら俺が初めにいた場所は、この森の端だったらしく背後には背の低い岩山の様な地形が広がっていた。
さっきまでいたあたりを見下ろしてみると、円形で外側に草は押し倒され、木もわずかにかしがっていた。
「こりゃぁ、すごい風圧だ。飛ぶときは周りの事にも気を使わないと駄目だな」
しかし、飛べたと言う事実に気分は舞い上がっていた。取りあえず、何処でもいいからこのまま飛んでいきたい。ただ、特に目的地は無いので、来た方向とは逆方向に進む事にしよう。
感覚に従い進むイメージをしつつ翼を羽ばたかせる。
すると、空を滑るように体が動き出した。以外に速度が出ている気がする。風を切る感覚がなかなか心地いい。
ただ、ここまでやってようやく違和感を覚えた事がある。
「なんか、翼を使って飛んでる、って感じがしないなぁ」
と言う事だ。つまり、翼で空を飛んでいる、と言うよりは、翼も使いつつも何か別の力によって飛んでいる、と言ったような感覚だったのだ。
テンプレ通りであれば、魔法的な物なのだろうが……。
「うーん……、その手の物が使えるんだったら面白いんだろうけど、正直使い方も分からんし放置しかないか」
今は飛べるだけで充分楽しいので、忘れよう。と言う結論に至ったのだった。
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