異世界に来たら竜でした。
@misura
第1話
某国の外れ、ボロボロの小屋にどこか位の高そうな服装の男が入っていく。
男が申し訳なさそうに扉を潜ると中には既に執事服の男と、少年のように見える革製の鎧を身に着けた男がいた。
「遅れて申し訳ない。仕事がなかなか片付かなかったものでな」
遅れたはずなのにどこか尊大な態度に、しかし、それで機嫌を損ねるものはここにはいない。なぜならそれが当たり前だと知っているからである。
その謝罪に、執事服を着たモノクルの背の高い若者が答える。
「問題ありません。むしろ、いつもより早いくらいですよ。何せ、毎晩ごとに王がいつ来るのかレゴンと賭けをしていたくらいですから」
「ラスカー、此処では私の事はウェルスと呼べと言ったろう。ちなみに何を賭けていたのだ?」
「明日の訓練指導分担です。負けた方が勝った方の半分も担当する、と言った感じで」
どこか子供じみた賭け事の内容にウェルスは呆れつつも、にやりといたずらを仕掛ける子供のように笑う。
「そうか。勝ったのはどっちだ?」
「今回はレゴンですね」
その笑みに嫌な予感がしつつも勝ったのは自分ではないのであっさりと答える。
今まで沈黙を貫いていたレゴンは、ラスカーを恨みがましい目つきで睨むがラスカーは気付いていないふりで軽く受け流した。
「ほう、レゴンか。ならばレゴンよ、明日のお前の働きを倍にしてやろう。指導が半分なってしまえば暇だろうからな」
「げっ! それは勘弁してくださいよ。それじゃ指導が半分になった意味がねぇ」
「ふん。ならば今度からはそんな面白い事に私を誘い忘れんことだな」
そういって、ウェルスはいたずらが成功した子供のように豪快に笑い声を上げた。ラスカーも耐え切れずに笑い声を漏らしていた。
レゴンはからかわれていたことに気付くと、何かを諦めたかのように話題を軌道修正する。
「あー……、こんなことしてちゃあ時間が足りなくなる。さっさと始めましょうや。今夜が最後のタイミングなんですから」
「ははは……はー、スマンな。笑った。久しぶりだ、こんな空気は。最近は本当に忙しかったからな」
ウェルスが何処か懐かしそうに返事をする。
「これから、もっと忙しくなりますよ」
「そうだな。……さあ、始めようか」
笑い終えたラスカーの軽口に、気持ちを切り替えるためか深呼吸するように目を閉じ、言葉を発した。そして、
数刻後。そこには、何かを決心した男たちの姿があった。
「奴等を抑えなければ、この先どうなるか分からん。今回の件はその道標となるだろう。決行は一週間後。相違はないな?」
ウェルスがおさらいするように問う。
「ええ、もちろんです。確実にそれまでに編成は終わるでしょう。未だ、密偵より動き出したという報告は入っていません。準備自体は進めているようですが、一週間では厳しいはずです。必ず、成し遂げられるでしょう」
「俺も大丈夫だろう。隊の奴らはみんなやる気だ。恐ろしく張り切ってやがる。こっちが怖え位だ。きっと、いける」
ウェルスはその言葉に満足そうに頷いた。
「何としても、各国の協力を得たい。そのためにも大事な場面だ。民のため、気張れ。……さあ、あまり遅いと明日に響く。時間はいくらあってもいいからな。これで終わりにしよう」
その言葉を合図に、場の緊張はほぐれ今まで固まっていた空気が溶けていく。しかし、男たちは特に会話もないまま小屋を退出した。
ふと王が見上げた空に、星が燦然(さんぜん)と輝いている中、まるで今まで止まっていた世界で急に時間が動き出したかのように流れ星が走った。王にはそれが
==========
放課後の踊り場で男女が言い争いをしていた。
山の端に夕日が隠れようとしている。
高校の中にはもう生徒はほとんどおらず、静まり返った校舎に俺達の声はよく響いていた。
「あんたなんて大っ嫌い!!」
ドンッ! と言う音と衝撃が俺の身体に響く。
その音と共に俺の身体は宙を舞った。
一瞬の間に自分に起こった事を理解する。
どうやら俺は言い争っていた相手の
目の前には、自分が何を仕出かしたのかたった今理解した、と言うような驚きと焦りの混じった表情の円が夕日を背にして立っている。
俺は、時間が遅くなったかのような感覚に襲われ、そして同時に目の前の風景に目を奪われた。
記憶が重なり合うようにふと昔の事を思い出した。
まるで、走馬灯のように意識が記憶を遡り頭を
円は美人だ。それは、今も昔も変わらない。
今となっては、どうやって仲良くなったのかも曖昧だが、出会った時の事はよく覚えていた。
俺の名前は、
今の俺はインドア派のなかなかに筋金入りのコミュ障で、知らない誰かに話しかけるどころか、あまり話したことが無いクラスメイトにすら話しかけるのを
しかし、小学生や中学生の頃は今とはだいぶ違う性格だった。
よく外で遊ぶし、運動神経はあまりないものの体を動かすのが割と好きだった。空手や柔道を習っていたし、知らない人に話しかけるのもあまり
円と出会ったのも、そんな活発な時期だ。
円は、小さいころから非常に整った顔立ちで可愛く、性格も誰にでも優しく、周りの人々を笑顔にさせるほど明るい美少女であった。頭もよく、大人たちからも良くしてもらっていた。
しかし、それは幼い子供心ですら嫉妬させてしまうほどの物だった。
円は陰でいじめられていたのだ。無視されることも、物が無くなることもあった。
それでも、円は周囲の優しくしてくれる大人たちや、友達に気付かれないように気丈に振る舞っていた。
それもこれも、円が生まれてしばらくして父親が浮気し、そのまま離婚して女手一つで育ててくれた母に心配させまいと言う気遣いからくるものだった。
親がいくら隠しても、気にしないで良いと言われても、気にしてしまうような年頃だったのである。
しかし、いつまでも小学生の子供が背負って居られるものでもない。
その日、円は夕方の学校の誰もいない教室で一人泣いていた。
夕日で赤く教室が染まっている。まるで、円の限界を迎えた心を表しているかの様などこか物悲しい赤色だった。
そこに、友達と遊んでいて鞄を教室に置き去りにすると言う、アホなことを仕出かした俺がやってきたのだ。
もうどんなやり取りをしたか細かくは思い出せないが、俺はあまり話したことの無い女の子が泣いていると言う光景にひどく狼狽した記憶がある。
どうにか慰めようとあれこれ会話をし、自分が鞄を忘れて途中まで帰ってしまったと言う事を話した時に、ようやく笑ってくれたのだ。
その時から少しずつ話をするようになり、いじめの相談を受けた(無理やり聞き出した)りして、仲良くなっていったような気がする。
余談だが、いじめの方は力技で解決した。格闘技の経験から、学年では実力者(暴君)として名前が広まっていたのだ(嫌なやつとかではない)。しかも、女の子であろうと割と容赦しない。あまり関係ないがこの頃から、わずかにSっ気に目覚めていたような気がする。
不意に、記憶の中から現実へと意識が帰ってくる。どうやら走馬灯と言うわけだはなさそうだ。
この『夕日に包まれる円』と言う光景が、出会いの記憶を呼び覚ましたらしい。
目の前には、
前は、成行きで、とはいえ俺が手を差し伸べる側だった。今は、円から手を差し伸べられている。
きっと、そこに深い意味は無い。それでも、ほんの数秒前まで喧嘩をしていたと考えれば、思わず手を取ってしまいたくなる。いや、取ってしまった。
記憶の渦に流されて、喧嘩していたなどと言う事実がどうでもよくなり、仲直りしたくなり、気持ちが円を求めていたのかもしれない。
しかし、そのせいで円もその体を、空中へと投げだされてしまったのだ。これでは意味がない。
俺は本能で悟っていた。きっとこの体制で、このまま落ちて行けば助からないだろう、と。
円は、助けねばならない。俺が巻き込んだのだから。
かなり無理をして、円を引き寄せた。俺の身体をクッションにすればきっと大丈夫だ。少なくとも、死にはしないはずである。
俺は、必死だった。自分が生きるためではなく、円を生かすために。
だから、だろう。円の事を考えていたからだろう。周りのほとんどの音が聞こえない中で、円の声ははっきり聞こえた。わずかな時間で絞り出したんだと思えるその言葉が頭に響く。
「ごめんなさい」
泣きそうな、いや、顔には涙が伝っていた。そんな一言が、俺を満たした。円は同じ気持ちだった――それだけで、今は満足できた。
でも、返事は出来ない。必死だったのもある。しかし、何よりも時間がなかった。
強い衝撃が俺の頭を襲った。そして、痛みを感じる間もなく意識を手放した。
==========
風が肌を撫でる感覚で意識が覚醒した。
木々のざわめきが聞こえる。
俺はいったいどうなったのか。
まるで寝起きのような思考回路が動き出す。
(……そうだ。俺は、階段から落ちてそれで……)
死んだ。
そう思ったはずだ。あの状況で助かるとは思えない。
体の中の何かが訴えて来る。俺はあの時、確かに一度死んだのだと。命を落としたのだと。
それでは、今ここにいる俺は何なのか。
そもそも、此処はどこなのか。
そこで俺はようやく重い瞼を開いた。
ぼんやりしていた視界がだんだんはっきりしていく。
目の前には深い森が広がっていた。少なくとも、学校の周辺にはこんな森などなかった。
はたと気付く。やけに視点が高いのだ。
俺は、身長は165センチほどで平均的なものだった。
しかし、今のこの視点は、丁度目の前にある木の頂点とほぼ同じ高さにある。
わずかに視線を下にずらす。
地面から15メートル位の高さがある。学校の三階から見下ろした時くらいの高さだろうか。
(いったいどうなってんだ?)
徐に振り向き、俺の身体をみて、ようやく身体に起こった事態を理解する。
そこには、頑強そうな鱗に包まれた、大きな身体が横たわっていた。紛れもない
それは、まるで空想の中で語られる竜の様だった。
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