早乙女さんと三途川くん

永久保セツナ

早乙女さんと三途川くん(1話読み切り)

「きゃー! 早乙女せんぱーい!」

 高校の廊下。

 玄関で靴をき替えて学校に入ったところで早乙女さんは女子たちに囲まれてしまった。

「ふふ……あまり押し合いすると危ないよ」

 早乙女さんは慣れたもので、余裕のある笑みを浮かべている。

 ――早乙女さおとめ千鶴ちづる。いわゆる「イケメン女子」と呼ばれる存在で、同性に絶大な人気を誇っている。

「マンカスくせえ手で早乙女さんに触るんじゃねえよクソ女ども……」

 そして早乙女さんのクラスメイトである俺、三途川みとがわ比良坂ひらさかはギリリと歯を食いしばりながら物陰ものかげからにらみつけているのである。

 ふと、早乙女さんの視線が俺に向けられる。

「おや、三途川くん……だったかな」

「!? さおっ早乙女さん、俺の名前覚えて……!?」

 俺は本当に驚いた。早乙女さんと会話したことなんてほとんどなかったから。

「そんなところにいないで、君もこっちへおいでよ」

 早乙女さんは目を細めて俺に笑いかける。女神を見た。

「好き…………」

 俺は早乙女さんにフラフラと近づき、感極かんきわまって抱きついてしまった。

「ぎゃーーー!!! ちょっと離れなさいよキモ男!!!」

「うるせえブス!!!」

 早乙女さんを抱きしめたまま女どもと口汚くののしり合う。

 当の早乙女さんは恥ずかしがるでもなくニコニコ笑うだけである。

「なんなのアイツ!」

「三途川比良坂、陰キャで早乙女先輩のストーカーなんですって」

「キッモ」

「聞こえてるぞブス共!!」

 俺は離れたところで悪口を言う女どもに怒鳴る。

「ああ!? やんのかストーカー野郎!」

 このあと、俺はもちろん女の集団にタコ殴りにされたのである。女はズルい。群れた途端に強気になりやがる。おまけにこっちが手を出したら問題になってしまう。男女平等ビンタ食らわせてやりたい。


「いや~、しかし早乙女さんはマジで聖母だな」

 昼休み、俺は数少ない友人、上条かみじょうと弁当をむさぼりながら早乙女さんの話をする。

「早乙女さんってイケメン女子だろ? なんで聖母?」

 上条は首をかしげる。

「素人にはわからないかなあ、早乙女さんの母性が」

「素人って……」

 上条は俺の言葉に苦笑する。

 上条はマジでいいやつ。いじめられがちな俺と対等に接してくれる。まあ、早乙女さんのことをあまり理解してくれないのが玉にきずだけど。

「早乙女さんはマジですげえんだよ。俺みたいなモブでもちゃんと名前を覚えててくれるし、こんな気持ち悪いやつを受け入れてくれるし……これを聖母と呼ばずしてなんと呼ぶのか……」

「とりあえずお前がガチなのはよくわかったよ」

 上条は俺を否定しない。ほんといいやつ。

「でもストーカーは良くないと思うなあ」

「ストーカーってほどじゃねえよ。つい目で追ったりどんな文房具使ってるのか気になって同じの買っちゃうくらいだよ」

「それがストーカーなんじゃないのか? っていうかお前の使ってる文房具がやたら女性向けが多いのそのせいか」

 ハハッ、と上条は愉快そうに笑う。

「でもそうだな、確か三途川は早乙女さんに助けてもらったことあったんだっけ。そりゃ好意も持っちゃうよな」

 そう、俺が早乙女さんにかれるようになったきっかけは、この高校に入学したばかりの頃。

 そういえば俺の外見について言及してなかったけど、俺はせぎすで筋肉もほとんどつかず、骨と皮だけみたいな身体だ。ついたあだ名は「死神」。当然のようにいじめられた。

 それを救ってくれたのが早乙女さんだった。男集団にも怖気おじけづくことなく、自分のファンの女たちを味方につけていじめをやめさせた。

 俺はお礼を言って一言二言会話を交わしただけだけど、そのときにはもうれていたと思う。

 率直に言って俺をかばって男に啖呵たんかを切る早乙女さんはとてもかっこよかった。

 早乙女さんは人気者で、俺のことなんか眼中にもないと思っていた。

 いじめの件だってもう覚えてないだろうと思っていたし、ちょっと会話したくらいであとは遠くから早乙女さんを見ていただけの俺のことなんて気にもしていないだろうと思っていた。

 だから俺の名前を知っていてくれて、覚えていてくれて、嬉しいなんてもんじゃない。俺は早乙女さんにとってモブやNPCのような存在ではなかったのだ。

 早乙女さんはイケメン女子なんて呼ばれてるけど、男でも憧れて惚れ込んでしまうカッコ良さで、だけど持ってる文房具やカバンに下げたマスコットなんかはちゃんと女の子らしいところもあって。

 ただ、彼女は完璧すぎてどこか人間らしさを感じないのも本音であった。

 彼女のすべてを知りたいと思ってしまった。早乙女千鶴の、人間としての本性を見たいと、そう思ってしまった。


 放課後、教室に残っていた早乙女さんに、勇気を持って話しかけてみた。珍しく彼女の周りに取り巻きもおらず、教室に二人きりという絶好のシチュエーション。

「さ、早乙女さんって嫌いな人とかいないの?」

「いないよ」

 急に話しかけてきた俺に戸惑とまどうことなく、彼女は即答する。

「い、いや、どんな聖人だって嫌いな人くらいいるでしょ」

「私は全ての人間を愛したいと思っているよ」

 彼女は臆面おくめんもなくそう言い放つ。本当にこの人は人間なんだろうか。

「は、博愛はくあい主義なんだね……」

 ハハ……と苦笑する俺に、早乙女さんは微笑ほほえみかける。

「だから、私が誰かを嫌いになるとしたら、その誰かを私は人間だと思わないだろうね」

 ……?

「……そ、それはどういう」

「? そのままの意味だけど」

 早乙女さんはえがいた口のまま、首をかしげる。

「私は人間を愛しているけど、私が嫌う存在は人間じゃないんだ」

「……」

 俺は愕然がくぜんとした。そして納得した。

 彼女にとっては愛している存在だけが人間なのだ。

「――早乙女さんにとって、俺は人間かな」

「もちろんだとも」

 早乙女さんの目が弧を描く。

 黄昏時たそがれどき。あるいは逢魔おうまが時。

 夕日の差し込む教室で、微笑む早乙女さんは、美しかった。魔力すら感じた。

 ――いや、俺はもう既に、魔に魅入られていた。


 早乙女さん。

 君は全ての人間を愛すると言ったけれど、全ての人間が君を好きになることは不可能だよ。


 階段に座ってお喋りにきょうじる高校生の男女。

「早乙女千鶴さあ、イケメン女子だかなんだか知らないけどウザくね?」

 髪を茶色に染めた女がそんなことを言う。

「あー、こないだレディファーストとか言ってて何だコイツって思ったわ」

 耳にピアスを開けた男がそう返す。

「チョーシ乗ってんじゃないの? ちょっとシメる?」

 キャハハ、と女が笑う。

 ――俺は、その男女の背後に立っていた。


 でも、早乙女さんを嫌うやつは人間じゃないから。

 早乙女さんに害なす獣は俺が排除しなきゃ。


 俺は、階段の頂上にいた男女の背中を蹴落とした。


 黄昏時。あるいは逢魔が時。

 金色こんじきの夕焼けが早乙女さんの顔を美しく照らす。

「三途川くん」

 早乙女さんは、骨ばった俺の頬を撫でる。

「私は、君のことも愛しているよ」

 その言葉は、俺の心臓にすうっと染み込んだ。

 こうして早乙女千鶴という女は、自分を崇拝する信者を増やしていくのである。


 ***


 キャラ紹介


 三途川比良坂

 ストーカーのやべえ奴


 早乙女千鶴

 博愛主義のやべえ奴

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