別れ

「血…吸…。」

戦意の消失した御言と瀕死の老人から興味をなくした骸は二人の横を通り過ぎ、屋敷に向かって歩き出す。

だが、屋敷の前には鬼人が立っていた。

「これ以上…先へは行かせない…。お前はここで…死ぬべきだ。」

「………。」

地面に突き立てられた二本の刀を手に取り、骸へ近づいていく鬼人。

その顔からはいつものような戯けた表情は消え去り、暗く冷酷な表情へと代わっていた。

自分に向けられた殺意の波動を感じ取った骸は迫りくる鬼人に対して同じように歩いていくと互いを自分の間合いに入れ、両者は立ち止まった。

自分よりも大きな身体をした骸の顔をしたから睨みつける鬼人に対し、骸は上から鬼人を見下ろす。

そして、両者は互いに刀を振るう。

両手の刀を交差し、首を切り落とそうとする鬼人に対して骸は鬼人を頭から真っ二つに斬り殺そうと刀を真上から振り下ろした。

互いの刀はぶつかり合い、火花を散らす。

「ぐっ…ぎぎっ!!」

老人や御言のように鬼人は刀をずっと握っていたわけではない、そのために技術では骸を上回ることは出来なかった。

だが、一つだけ鬼人は骸や老人、それから御言をを上回るものがある。

それは、鬼の血による怪力だった。

「うぅっ…ラァァアアアアッ!!!!」

鬼助譲りの馬鹿力で振り下ろされた刀を骸の身体ごと弾き返すとあまりの力に骸は態勢を崩して後ろへよろける、その瞬間を狙い、鬼人は力一杯に刀を振るう。

「ウォオオッ!!!」

渾身の力を込めた刀はブンッと空を切るとそのまま地面へ鬼人は転がっていった。

あの距離ならば、確実に骸を今の一撃で仕留めることができたはず、それなのに骸は顔に小さな切り傷を負ったぐらいでムクッとまた起き上がる。

「くそっ…。」

何故、攻撃を骸に与えることができなかったのかその答えは刀にあった。

骸の攻撃をはじき返したあの時、鬼人の使っていた刀は両方とも短く折れてしまい、骸に刃が届かなかったのだ。

勢いを止め、武器を無くした鬼人に対して骸は容赦なく、襲いかかる。

右へ左へと振り下ろされる刀をかわすが、骸の執拗な攻撃に反撃をすることができず、次第に追い詰められていく鬼人。

何か使えるものは、そう思った時だった。


『贅沢なやつだな…ほらよ。そんで十分だろ。自分の丈に合ってねぇもん使ってもつかいこなせねぇだろしな。』


不意に金太郎に言われた言葉を思い出し、鬼人にはまだ武器があるのを思い出した。

肌身離さず持っていた金太郎から貰った鉞を手にすると骸の刀を横へ弾き返し、鉞の刃を下から振り上げた。

振り上げられた鉞は骸の顎に当たり、骸の顎が割れていく。

痛みを感じないのか、骸は顎が割れても鬼人への攻撃を止めようとはせず、もう一度刀を振り下ろしてきた。

「お前だけはっ…絶対にっ…許すわけにはいかないんだっ!!!」

紅く硬直していく手で骸の刀を受け止めると逆の手にある鉞を今度は骸の頭に振り下ろし、兜ごと骸の頭をカチ割った。

「ギッ…ガッ。」

虫のような声を口から漏らす骸に更に追撃をし、鎧を砕き、骸の腹を斬り裂く。

その姿は完全に人の姿ではなく、鬼の姿へと鬼人は変貌していた。

鬼人の猛攻を受けた骸はその場に膝をつき、鬼人は動くことの出来なくなった骸の首に鉞を突きつけ、手を止める。

「鬼人…。」

「分かってるっ…分かってるけど…手が動かねぇんだ。このままこいつの首を切り落としちまえば…こいつを殺して爺ちゃんの仇が取れる。けど…今になって…手が動かねぇ。なぁ…何でお前はオラ達の前に現れたんだよっ、どうしてこんなことをしたんだっ。答えてくれよっ!!!!」

「………。」

激しい猛攻を受けた骸は魂の抜けた抜け殻のように虚な目で地面を見ているだけだった。

何故、こんなことになってしまったのか。

襲ってきた理由は何だったのか。

喋ることもなく。

「……鬼人…お前に出来ないのなら…俺がやろう。」

骸を殺めることができない鬼人に御言は抱えていた老人を優しく地面へ下ろすと老人から譲り受けた刀を手にし、鬼人の横へ立つ。

そして、鬼人を自分の後ろに下がらせて御言は骸の首を斬り落とした。

「………すまなかった…俺は…何の役にも…。」

「………オラだって…役に立たなかったさ。爺ちゃんは?」

「…まだ息はある…だが…もうもたない。」

老人の容体が著しくないことを聞いた鬼人は急いで老人の元へと駆けつける。

「爺ちゃんっ!!!」

血が流れ出ている胸に老人は手を当て、苦痛に顔を歪めていた。

「馬鹿者…怪我人を…放っておくなど……言語道断だ。」

「…けど…爺ちゃん…オラも…怪我…してたんだけど。」

「お主とは…怪我の具合が…全く違うわいっ。」

そう言うと老人は弱々しく笑い、鬼人の頭に手を置いた。

鬼助とは違う、暖かく優しい小さな手。

頭に乗せられた手を鬼人は強く握ると下を俯く、地面には涙の跡ができていた。

「よくやったな…あの…骸を…倒す…とは………師であるわしも誇らしいよ…。」

「勝てたのはオラの力じゃない……オラの中にある鬼の力だよ。」

「それも立派なお前の力じゃ…お前の中に…ある父の血じゃ、受け入れてやれ。」

「うん…。」

涙が止まらない鬼人はそれから話せなくなってしまった。

蹲り、泣いている鬼人の頭を撫でながら老人は嬉しそうに微笑むと遅く近づいてきた御言に目をやる。

「俺のせいで……。」

自分のせいで大きな怪我を負ってしまった老人に申し訳なく、顔を合わせることが御言にはできずにいた。

そんな御言を慰めようと籠山は優しい言葉を投げる。

「気に病むな…お前のせいではない…お前は立派に…戦った。逃げもせずにわしのことを助けようとした…それだけでも…わしは十分に悔いはないっ。」

顔を下に向け、目も合わそうとしない御言の顔に手をやると自分の方を向けさせる。

そして涙で潤む御言の目を見た老人は優しく微笑んだ。

「っ…ふふっ。」

老人の顔を見た御言は泣きながら思わず吹いてしまった。

御言を悲しませないように老人は御言に変な顔をしていたのだ。

「お前達のような…出来の悪い弟子には……本当に手を焼いたわい…わしの考えた特訓に…ケチをつけるしな……だが…そのおかげで退屈にならんですんだわい…。いいか…これから先…お主達には辛いことがあるかも知れん…その時は…無理矢理にでも…笑顔を作れ……そうすればきっとお主達は乗り越えられる………笑顔を絶やすでないぞ…。」

空を見上げながら最後の言葉を二人へ聞かせる。

最後に見た空はどこまでも果てしなく続き、吸い込まれそうになる程、綺麗な蒼色をしていた。

「爺ちゃん……うぅっ…。」

「くそっ……爺い…死ぬなっ!!!」

ゆっくりと目を閉じ、老人は動かなくなり、二人は今までで出したことのない大声を出しながら泣いた。

そんな時だった。

「おっと…まだ伝えていないことが…。」

老人は突然にパチクリと目を開け、二人へ告げ忘れたことを思い出した。

「「うわっ!?」」

老人が死んだと思っていた二人は驚くと目を見開く、間抜けな顔をした二人を見ながら老人はニヤニヤと笑い出し、本当の最後の言葉を伝える。

「お主達に…託さなければならないものが…あってな。それは屋敷の中のわしの部屋にある掛け軸の裏にある…それを持ってここから……出て行け。」

「それって…。」

「…とても危険なものじゃ…お主達ならきっと……上手く…扱え……る……………。」

最後まで言葉を伝え終わることがなく、老人は眠りについた。

そしてもう二度とその目が開くことはなかった。

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