兄弟


屋敷の中に戻ると二人は老人の部屋へと入り、壁にかけられた掛け軸を外す。

そこには細長い箱が二つと手紙が置いてあった。

御言は手紙を鬼人は箱を手にすると部屋を後にし、屋敷の外へと出る。

そして二人は階段の前に立つと屋敷に向かって深くお辞儀をした。

「…手紙には?」

「今から読む。」

夕日を眺めながら階段に二人は腰を下ろすと御言は手紙を読み出した。

『御言、それから鬼人へ。この手紙を読んでいると言うことは…だ。わしはおそらく死んだのであろう。こんなことをお前達に頼むことを最初に謝っておく。お前達に渡した細長い箱の片方にはある刀が入っておる。その刀は妖刀と呼ばれる類いの物だ。わしはその刀を破壊することを目的として今まで生きてきた。だが、結局のところ破壊することは叶わなかった。その妖刀は持ち主を狂気に狂わせてしまう刀。だが、安心しろ。鞘から刃を抜かなければ、効果はない。お前さん達に頼みたいのはその刀を破壊して欲しいのだ。どうやって破壊するかはわしにも分からん。ただ封魔の矢と言うものが何処かにあるらしい。その矢が何か鍵になっているとの噂は聞いたことがある。お前さん達にはその封魔の矢を探し出し、刀を破壊して欲しい。』

「封魔の矢…御言は聞いたことが?」

「ないな。まだ続きがある。」

『そうそうもう一つの箱はお主達が来る前にある男が鬼人に渡して欲しいと持ってきたものだ。確か…直義と言う名の男だったような気がする。その男からの贈り物だ、鬼人にとって大事なものらしい。何だか分からんが大切にしろよ。お前達はこれから先、やることが山ほどあるかも知れん。それなのにこんなことを頼んで申し訳ないとは思っている。だが、誰かがやらなければならないんだ。血吸は呪われた刀、この刀をこれ以上この世に存在させてはダメなのだ、後を頼むぞ。それからもう一つ鬼人へ、わしの名前を知りたがっていたな…わしの名は義輝じゃ。忘れるなよ。」

老人からの手紙は以上だった。

「義輝って……今更かよ……ってそんなことよりも直義からの贈り物っ!?」

手紙に書かれていた直義と言う名前。

それは直義が生きていたという知らせ。

慌てて鬼人は箱の中身を確認しようとするが、二つある箱は全く同じ形と大きさをし、どちらに入っているのか外から見ただけでは分からなかった。

一つは妖刀、もう一つは鬼人への贈り物。

鬼人はいてもたってもいられなくなり、片方の箱を取ると蓋を外そうと手を伸ばすが鬼人の手を御言は止めた。

「待て…もしかしたら罠かも知れない。」

「罠って…爺ちゃんがそんなことをするわけ…。」

「爺いじゃない…その直義と言う男の方だ。」

「直義はそんなことしないっ、彼奴はオラにとって大事な兄貴なんだっ。」

「っ……兄貴か。だが、そいつが本人かもどうかわからんだろっ。」

「……それでも…オラは開ける。」

御言の言葉は鬼人には届かず、鬼人は御言の手を払うと蓋を取り外した。

「…これは…。」

箱の中身を取り出すと鬼人は両手で持ち上げ、地面へ優しく置いた。

「……金…棒…だ…父ちゃんの…金棒だっ!!!」

箱の中にあった物とは鬼助が鬼人達を守る為に使っていた金棒だった。

「……父ちゃん…。」

金棒に手を当てると鬼人は地面へ顔を向ける、自分達を最後まで守り戦った父の形見。

父である鬼助の腕のように硬く、鬼人は記憶の中にある父の姿を思い出す。

「……鬼助の…形見か。」

「…ああ、オラの父ちゃんがオラや直義、椿を守る為に使った金棒なんだ。その金棒が父ちゃんの息子であるオラにこうして戻ってきた。直義はきっと何処かでオラのことを待ってるんだ。もしかしたら椿も一緒にいるのかも知れねぇ。御言…オラは決めたよ。オラは…直義や椿を探す。そんでみんなで家に帰るんだ。」

「……椿…か。」

隣にいる鬼人に届かないほどの小さな声で呟くと遠くを見つめる。

「なぁ…鬼人、お前さえ良ければなんだが。」

「…どうしたんだ。」

「俺は一度、町へ戻ろうと思うんだ。町には色々な人がいてな、もしかしたら…椿や直義の情報が見つかるかも知れない…その…お前さえ…良ければだが。」

確かにこのままあてもなく旅をするよりは御言と共に行動をした方が二人の情報を得られるかも知れない。

そう考えた鬼人は御言の誘いを受けることに決めた。

「ああ、そうするよ。これからもよろしくな御言。」

「ああ、よろしく頼む。それじゃ、行こうか。町はここから離れたところにある。ついてこれるな?」

「もちっ。」

快く返事をすると鬼人は鬼助の金棒を背中に背負い、義輝から託された妖刀の箱を持つ。

生きていることがわかった直義を探す為に鬼人は旅を続ける、そして御言は義輝の言葉を胸に抱き、鬼人と共に旅を続けることに決めた。

こうして二人のさらなる旅は始まった。

初めて来た時、登るのがしんどかった階段も今ではすんなりと降りていくことができた。

屋敷へ来た時とは違い、二人は心も体も技術もひと回り大きくなり、成長を感じることができた。

「それにしてもあんなに苦労した階段も今じゃ、これだもんな。」

「俺達が成長した証だよ…まぁ…案外、あの亀の甲羅を背負って走り回った特訓が効いているのかもな。」

「否定は出来ねぇのが…なんかな…。」

「今、考えればどれも笑い話のような修行だったな。」

「流石にあの馬鹿でかい岩を押して動かせって言われた時は正気かどうか疑っちまったよ。」

「鬼人は動かすことができただろう。俺なんかちっとも動かなかったからよ。」

「そんなことを言ったら御言だってあのぶっとい大木を切り倒しただろ。」

「お前も倒しただろう。」

「オラは切ったんじゃねぇよ…ただ力任せに折っちまっただけさ。」

この屋敷で過ごしたひと時を思い出しながら、二人は過去を思い返す、師である義輝は無理難題を押し付け、二人はよく困らせられていた。

「何年経とうがきっと俺には出来ないよ。お前のその力は俺や爺いよりも優れてる物だ、十分に誇ってもいいと思うが。」

「そんなことを言ったら御言の技術だってオラじゃ真似できないよ。よくもまぁ、あんな繊細な技を扱うことができるよ。」

「ふふふっ、そうだな。俺とお前は別々のものに優れている。お前はその力と純粋さ、俺は技術と頭脳…かな。」

「そうだな…ってことはオラ達が手を組めば敵なしっ…ってことか?」

「…ああ、そうだ。俺たち二人が協力すれば倒せない相手はいない。きっと…な。」

剛を兼ね備えた鬼人、柔を兼ね備えた御言。

この二人ならばきっとどこまでも強くなることができる、二人はそう確信する。

昔からの友のように二人は話に花を咲かしていると階段を後一段というところで足を止めた。

「いいか、鬼人。この一段を降りてしまえば、俺達は半人前を卒業し、一人前になる。そこで俺はお前と兄弟になりたい。この兄弟というものは口先だけのものではない。俺の敵はお前の敵。お前の敵は俺の敵。どんな時も裏切らずに互いを信じ、手を取り合う。そんな兄弟に俺はなりたいんだ。お前にその覚悟は?」

もちろん、鬼人の答えは決まっていた。

「そんなの決まってるさ。俺は御言を信じてる。だから俺は…。」

御言よりも先に鬼人は階段を下り、後ろを振り返った。

「お前と兄弟になる。そして、他の兄妹達を探し出し、みんなを助けるんだ。御言も手伝ってくれるか?」

「……もちろん、そのつもりだ。」

御言も鬼人と同じように階段を下りきると後ろを振り返った。

そして、大きくお辞儀をし合うと、互いに手を取り、握手をした。

「よろしくな…兄弟。」

「ああっ、よろしく頼む、兄弟。」

こうして二人は互いのことを認め合い、血の繋がらない兄弟へとなった。

この二人ならばどんな危険が待っていようとも乗り越えられることができる、そう信じて。

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