あと一歩
御言と老人が屋敷に戻ると二人は表情を変える。目の前にはボロボロな傘を頭にかぶり、黒い甲冑を身に纏った、恐ろしく冷たい殺気を露わにしていた骸の顔当てをした男が立っていた。
骸の男の前では鬼人が血を流しながら片膝を付き、胸を抑えている。
「鬼人っ!?」
御言は急いで鬼人の元へ駆けつけると鬼人の前に立ち、木刀を構える。
だが、木刀を下ろすように老人は告げると二人の前に老人が立った。
「やめておけ、お主らでは歯が立たん相手じゃ。」
「だがっ。」
「御言っやめろ。」
今までに見せたことのない眼光で睨みつけると御言はぐっと我慢をし、鬼人に肩を貸した。
「爺…ちゃん…彼奴…。」
「分かっておる。」
骸の前に立っているだけで冷や汗がドバッと身体中から流れ始め、自分達の力ではどうすることもできない相手だと体が認知してしまった。
だが、自分の後ろにいる未来のある若人二人を死なせたくはなかった老人は二人を守る為に骸の前に立ち、骸に立ち向かう。
「ここへ何をしにきたのか分からぬが、お前のような者がここへ来るには相応しくない。今すぐにお引き取りを願う。」
骸は何も言わずにただジッと三人を睨みつけているだけだった。
「二度は言わんっ。ここからすぐに立ち「血…吸。」
「っ!?」
骸の口から出た言葉に思わず、老人は反応してしまう。
血吸、その言葉を知っている者は自分の他に誰もこの世には存在していないはずだった。
「お前…一体…何者だ…。」
人の姿をしてはいるが明らかに人とは違う禍々しい霊気を放っている。
「血…吸…。」
「残念じゃが、お前が何を求めているのかわしには心当たりがないんじゃ。だから、他所へ行ってくれないか。」
何処かへ行くように伝えるが骸はどこへも行く気などなく、ただある目的を達成するまでは帰る気などないように見えた。
「御言、お主に頼みがある…。」
老人の頼みとは屋敷の中にある刀を持ってここから逃げろとのことだった。
「…俺に…爺いを見捨てて逃げろと。」
「他に選択肢はない。此奴はわしやお主が協力して戦ったとしても…敵わんだろう。」
「そんなこと…出来るわけがっ。」
「出来る出来ないの問題ではない。これは師であるわしからの命令だ…やるんだ。」
ここで老人の言う通りに逃げてしまえば二度、大切な人を残して敵前から逃亡してしまうことになる。
そんなことをしてしまうぐらいならば、死んだ方がマシだと御言は考えた。
「鬼人…少しは耐えられるか?」
「……もち。」
力なく返事をする鬼人をそっと地面へ下ろすと御言は老人の隣に立ち、木刀を構えた。
「……わしは逃げろと言ったはずだ…お前はまだやることがあるのだろう。だったら、早く鬼人を連れてここから逃げろっ。」
「このまま彼奴から逃げてしまえば俺は一生経っても目的の男を倒すことなどできない。それにまだ俺は爺いから技を教えてもらってもいないしな…死なれたら困るんだよ。」
「…それもお主が死んでしまったら終わりだろうに……。」
「要は勝てばいい、それだけだろ。」
「……はぁ…お主の頑固さには本当に手がつけられぬな。だったら、これを使え。その木刀では奴の攻撃を防げんだろ。」
老人はそう言うと3本背負っているうちの一本を御言へ渡した。
「その太刀は特別な太刀だ。名は雷切、雷を切ったと噂されているもの。お主に丁度いい代物だ。」
「…気づいていたのか…。」
「さぁ…なんのことやら。」
御言は老人や鬼人に伝えていないことがあったが老人には見抜かれていたようだった。
「いいか、わしからの助言じゃ。死ぬなっ。」
「もっと技術的な助言が欲しいのだが…。」
受け取った太刀を強く握ると太刀の刃からバチッと電気が纏い、御言は太刀を自分の頭の横へ霞の構えをとる。
老人も構えをとった御言を横目に御言とは鏡合わせに霞の構えをとる。
「…行くぞっ。」
「おうっ。」
気合を込めた叫び声と共に二人は真っ直ぐ一直線に骸の元へと走り込み、骸が刀を横へなぎ払おうとしたのが見えた瞬間、二人は左右に分かれ骸を挟み込む。
そして、二人は刀を骸に突き刺すが骸は上半身を後ろへ逸らし、二人の突きをかわした。
御言はそのまま太刀を下へ老人は刀を横へと振り払おうとするが骸は御言の刀を掴み、老人の刀を自分の刀で防いだ。
「こいつっ!?」
息をつく暇もなく、骸は握った御言の太刀を老人の喉へと突き刺そうとする。
「ぐっ。」
刃が当たる直前に頭を横へ逸らし、攻撃をかわすが御言の太刀は頬を擦り、老人の頬から血が滴る。
それを見た御言は太刀から片手を離すと骸の腹に手を当て力を入れる。
その瞬間、骸の体は硬直し、老人と御言はその隙に骸の腹に膝蹴りを喰らわした。
「はぁ…はぁ…はぁ…すまない…。」
「いちいち気にするでない。」
一秒、一秒と息をする暇などなく、頭を最大限に回転させ、精神をすり減らしながら戦わなければならない御言は次第に老人と骸の動きについていけなくなり、完全に蚊帳の外となってしまった。
そんな御言を他所に老人は骸の攻撃を一振り、また一振りと避け続け、動きを見切っていく。
そして、骸の攻撃を完全にいなすと骸の顔を刀で斬りつけることに成功する。
「くっ…これでも…浅いか…。」
だが、その攻撃も骸の着けていた顔当てに傷をつけた程度だった。
「…………。」
疲れを知らないのか骸の動きは変わることなく、老人は体力を徐々に削られていく。
「くっ…このっ。」
キンッと甲高い音が響いた瞬間、老人の手にあったはずの刀が空を舞い、地面へ突き刺さった。
「爺っ…ちゃんっ!!!」
後ろで傷を押さえながら鬼人が叫ぶがその声も虚しく、骸は老人に向かって刀を振り下ろそうとする。
ここまでかっ…。
そう思った時だった。
突然、甲高い音が響きだし骸の刀が腕ごと空を舞った。
その場にいた三人は何が起きたのか理解できずに固まっていると骸は何事もなかったかのように老人の首を掴み、体ごと持ち上げる。
「ぐっ…ぎぃッ…。」
苦しそうな声を漏らす老人を助けようと御言は急いで立ち上がり、骸のもとへ駆けていく。
「爺いを離せっ!!」
それに気づいた骸は素早く老人を御言の方へ投げつけると御言は老人とぶつかり合い地面を転がった。
「ぐっ…爺いっ、無事かっ!!」
「なんとか…な。」
返事が返ってきたことに安堵の息を吐くと骸の方を確かめる、骸は既に自分の刀を手に取り、片手で刀を前に構えていた。
「…片腕…か、あれなら俺でも…。」
「自惚れるでない…片腕になったところで奴は強い…。だが、勝てずともお主なら時間を稼ぐことができるだろう。」
「時間を稼ぐ…何か勝算があるのか?」
「あるとも…だが、そのためには刀がもっといる。わしが屋敷の中から刀を持ってくる。それまでの時間を稼げるか?」
「…ああ。」
頷く御言は立ち上がると刀を頭の横に構え、霞の型をもう一度とった。
「死ぬんじゃないぞ…。」
「…死なんよ、こんなところでは。」
そして、御言は老人の準備が整うまで一人で骸へ立ち向かうことになった。
片腕を無くした骸は弱体化するどころか更に動きを速め、骸の猛攻を死に物狂いで防ぐことしか御言には出来ず、反撃をする暇などないに等しい。
それでも御言は腕を止めずに骸の刀を受けてめていく。
そんな二人の戦いを鬼人はずっと眺めていた。
血が止まらない傷を強く押さえ込み、ジッとしていることしかできない。
もっと自分に力さえあれば、あの二人のように戦うことができたら、そんなことを自分に言い聞かせていた。
そして、防戦一方だった御言もとうとう骸の攻撃に怯んでしまい、前に態勢を崩してしまう。
「しまっ…。」
骸の刀が目の前に振り下ろされ、絶体絶命の危機に御言は更なる成長を遂げる。
地面に足をつけるとその場でグッと力を入れ、閃光の如く素早く、横へ飛ぶ。
すると一瞬で大股十歩の距離へ飛ぶことができた。
「はぁ…はぁ…これはっ…。」
迫りくる骸に対してもう一度、試しに前へ飛んでみると骸の横を通り過ぎ、背後を取ることに成功したが、攻撃を与えるのを忘れてしまい、ただ通り過ぎただけだった。
「……これなら…。」
骸の目にも捕らえることのできないこの速さならばもしかしたら勝機があるのかもしれない。
その場で腰を低く、太刀を強く握りしめ、霞の型を取ると一直線に骸のもとへ飛び、心臓を目掛けて太刀を突きだした。
サクッと太刀の先が身体に刺さる感触が伝わり、御言はそのまま身体ごと太刀に体重をかける。
「っ…。」
腕を斬り落とされても反応をしなかったあの骸から小さく息を吐く音が聞こえ、御言は確かに手応えを感じていた、はずだった。
「なっ…あり…えんっ。」
力を入れていた手が途端に動かなくなり、ゾッと背筋が凍りつき、身体中から嫌な汗が流れ始めた。
恐る恐る顔を上げると骸の目が見える。
その目は真っ黒に染まり、骸の中の闇を写し出し、更に御言は恐怖に堕ちていった。
「あっ…あぁ…。」
恐ろしさのあまりに太刀から手を離し、後退りをすると骸は自分の胸に突き刺さっている太刀を引き抜き、地面へ放り投げる。
「お前は…一体…何なんだっ。何故、まだ生きていられる…。」
確かに心臓を貫き、とどめを刺したはずだった、それなのに骸は平気な顔をし、御言のもとへ向かって歩いてくる。
何が起きたのか状況を理解できていない御言はただ後ろへと下がっていくことしかできない。
「そん…な…っ。」
後退りをする御言は足を地面へとられるとその場で後ろへと倒れ込み、ただ呆然とする事しかできずにいた。
戦意を失った御言の姿を見た骸は歩を止め、屋敷へと向かっていく。
すると屋敷の前では老人が待ち構えていた。
「…ここから先は通すわけにはいかん。」
五本の刀を地面に突き立て、老人は素手で骸に身構える。
自分に殺意を向けてきた老人に気づいた骸は御言の型を真似する様に片手で刀を頭の横へと構える。
両者はしばらくジッとお互いを睨みつけ、刻だけが進んでいく。
何も起きぬ状況に先に動いたのは骸の方だった。
地面を一蹴りし、老人のもとへと一気に詰め寄ると刀を前に突き出す。
だが、突き出された刀よりも早くに老人は地面へ突き立てられた刀の一本を手に取ると骸の刀を弾き返し、そのまま下から骸の体に刀を振り上げる。
致命傷には至らなかったが骸の鎧にヒビを入れることに成功をした。
それからの戦いは実に見事なものだった。
その場から動かずに突き立てられた刀を一本、また一本と手に取ると骸の攻撃を防ぎ、反撃を喰らわせる老人に対し、骸はなす術がなく、傷をつけられていく。
これが老人の編み出した最強の型。
自分を中心に円を描くように刀を突き立て迫りくる敵を待ち受ける、円の型。
ちょっとやそっとの攻撃なんかではこの堅い守りを崩すことはできない。
「ははっ…すげぇや。」
ジンジンと痛む傷口を押さえ込みながら老人の戦う姿を必死に目に焼き付ける。
このまま老人は骸を倒してしまうんじゃないか、二人がそう思った時だった。
老人の一撃により、骸の顔当てが遠くへと飛んでいく。
そして骸の素顔が現れた。
「なっ…。」
「…あっ…。」
顔当ての下から現れた素顔はとても痛々しいものだった。
両頬の肉が削ぎ落ち、辛うじて残った口の周りの肉を糸で縫い付けられ、とてもじゃないが生きているようには見えない死人のような素顔。
「これは…なんとも酷い…。」
老人もあまりの出来事に呆気にとられてしまう。
素顔を見られた骸は自分の口を縛り付けている糸を刀の先で裂くと大きな口を開け、咆哮をあげた。
「どうやら…これからが正念場のようじゃな。」
迫りくる骸と刀を合わせ、骸の異変にいち早く気付いたのは老人だった。
さっきまでとは比べものにならない程の力が増し、刀を弾くのが一筋縄ではいかなくなり、受け止めてしまえば刀ごと腕が持っていかれそうだった。
「ぐっ…なんて力じゃ…。」
予想通りに一本目の刀が折れて使い物にならなくなり、すぐさまもう二本目を使い出す。
それでも骸の力の勢いを促すことができずに二本目にもヒビが入ってしまう。
「爺ちゃんっ!!!」
思わず鬼人も声を上げるがその声も虚しく、二本目、三本目と刀が折られ、老人はどんどん追い詰められていく。
「…このままじゃ…爺ちゃんがっ…。」
「くっ…そっ。」
骸に追い詰められ、体が恐怖に怯えてしまっている御言は必死に震える手足で落ちている太刀を握り、老人のもとへと向かって足を動かした。
「御言っ…来るでないっ!!!」
「このままでは…俺は……。」
足を早め、老人と骸のもとへ走っていく。
今度こそ、大切な仲間を助けるために。
「俺はっ…もうっ…誰も失いたくないんだっ!!!」
地面を思いっきりに飛ぶと、骸の目の前へと飛び、太刀を薙ぎ払った。
「はぁあああっ!!!」
渾身の力を込めた太刀はパチパチッと音を立て、骸へ振られる。
ブンッと音を立て、振り払われた太刀は骸へ届かずに空を切る。
体力の限界だった。
一歩、骸のもとへ届かずに刀は振り払われ、地面へ力なく倒れる。
「この…馬鹿者がっ。」
次の瞬間、御言の顔や身体に赤い液体が振りかけられた。
顔をゆっくりと上げると刀の先が目と鼻の先にあり、赤黒い血が滴っていた。
「御…言…逃げろっ。」
「なっ……嘘…だ。」
視界が暗くなり、老人が御言の上に倒れていく。
「あっ…あぁ…。」
一瞬、思考が止まり何が起きたのか理解できなかったがすぐに状況を理解した。
「あああっ…うぁああああっ!!!!」
その場で大きな声で叫びながら御言は老人にしがみつく。
その姿を見た鬼人も下唇を噛みしめながら、地面へ顔を向けていた。
「…爺ちゃん……もう…止めやしない…だから…出てこい。そして…あいつを今すぐに殺せっ、オラの中にある鬼の血よ…お前のしたいようにしてもいいから…だから…あの野郎を殺してっ…くれっ!」
老人の仇を取るためならばもう手段も選ばず、血の騒ぐままに生きることに決めた鬼人は全てを捨てる覚悟で鬼の血に力を願った。
そして、その願いは叶い、鬼人の中に眠る鬼の力が目覚め始めた。
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