稽古

数日後…。

屋敷の中にある道場から大きな衝撃音が廊下や部屋の中へと響き渡る。

「鬼人っ、目を瞑るでないっ!!!相手の目を見て、先を読むんじゃっ!!!」

「はいっ!!」

あれから鬼人と御言は老人の屋敷にお世話になりながら修行に明け暮れていた。

だが、御言にはまともに稽古をつけず、鬼人の練習相手をさせ、御言はそのことに対し、不満をぶつぶつと垂れながらも鬼人の相手に付き合っていた。

御言の腕は相当なもので今まで刀など振ったことのない鬼人の相手をするにはこれほどにいい相手はいないと老人は考えていたが御言は物足りずに苛立ちによる怒りを露わにする。

「くっ…。」

そして気がつけばいつのまにか手で握っていた木刀は消え去り、喉元に御言の木刀が突きつけられ、稽古は終わった。

「…はぁ…はぁ…ありがとうございました…。」

「……ふんっ。」

鼻で返事をすると道場から立ち去る御言の背に鬼人はお辞儀をする。

これで鬼人にとって三十回目の敗北だった。

試合をするたびに動きはよくはなっていたのだが、どうしても御言に勝つことはできない。

今までの試合を見て、御言がただ強いだけではなく、鬼人自身に問題があることに老人は気付く。

その問題とは相手を傷つけてしまうのを恐れ、攻撃を自分から仕掛けようとはしないことだった。

鬼人の戦い方は相手の攻撃を受け止め、その類い稀なる一撃で相手を仕留める反撃の型。

だが、攻撃を防いだとしても反撃をしなければその型は何の役にも立たない。

鬼人自信もそのことには気付いていたが、どうしても直すことはできなかった。

相手を攻撃しようとする度に金太郎の面影が頭の中に現れ途端に手が動かなくなる。

サイショの村での出来事が鬼人の枷になっていた。

「先生…ちょっと休んできてもいいですか?」

「構わん、行ってこい。」

老人から許可を得ると鬼人は道場を後にし、外へと向かう、

すると屋敷の外では御言が一人で木刀を持ち、見えない相手と戦っているのが見え、鬼人は邪魔にならないように遠くから御言の動きを眺めていた。

どんな相手だろうと御言は怖気つくことなく、立ち向かっていく。

きっと今戦っている相手も自分よりもさらに強い相手だろう。

「何を見ている。」

「あっ…と…ごめん…。」

邪魔にならないように大人しくしていたつもりだったが御言の視界に入ってしまっていたようだった。

稽古の邪魔をしてしまったことに申し訳なく思うと鬼人はその場から去ろうとしたが御言は邪険に扱うどころか鬼人を呼ぶ。

「鬼人っこっちに来い。俺の相手をしろ。」

何処からか木刀を持ち出すと鬼人へ木刀を投げつける。

慌てて木刀を受け取ったはいいが、自分じゃ相手をしていても練習にはならないだろう。

「えっ…けど…オラじゃ…。」

「あの爺いは俺の相手をしようとはしない。だから俺の相手をしろ。それとも何だ…俺が毎日、お前の相手をしてるって言うのに…お前は俺の相手をしないって言うのか?」

「けど…。」

うじうじする鬼人に苛立った御言は鬼人へ木刀を振った。

「わっ!?」

突然、攻撃を受けた鬼人は急いで木刀を構え、攻撃を防ぐ。

「何故、お前は攻撃をしてこない。」

「…えっ?」

「お前は試合の最中、俺に隙が出来たとしても攻撃をしてこなかった。それは何故か、俺の目を見て答えろ。何故、お前は攻撃をしてこないんだ。」

返す言葉が思い浮かず、御言の目から目を逸らすと下を向うとしてしまう。

だが、御言は鬼人の木刀を横へ弾き、目を逸らそうとする鬼人の顔を掴み、自分に目を向けさせた。

「相手を傷つけてしまうのが怖いのか、自分が暴力を振るい、相手を死なせてしまうのが怖いのか。…笑わせるなっ、そんなだからお前は誰も守れないのだっ!!」

「なっ…御言にオラのっ「お前の気持ちなど分かるかっ、お前がどんな目に遭い、どんなことをされたのかなんて俺には興味がないっ。ただ、いつまでもウジウジとしてるその態度が気に入らないのだっ。お前は自分を殺そうとしてくる相手にそうやって同情を求めようとするのかっ、過去にこんな目にあったから戦えませんって伝えるのかっ。そんな情けのない話、相手は聞く耳を持たずにお前はすぐに斬り殺されるに決まっているっ。お前はいつまで守られる立場でいるつもりなんだっ!!!」

「っ……!?」

「お前は心の何処かで自分のことを誰かが守ってくれる。そう思っているだろう。だが残念だったな、ここにはお前のことを守ろうとする者はいないっ。俺やあの爺さんでさえ、お前のことを守ろうとはしないだろうっ。いい加減に覚悟を決めろっ。そんな情けない姿をお前の父親に…自分のことを守ってくれた父に見せるのかっ!!!」

「くっ…オラは…。」

鬼人は雄叫びに近い叫び声を上げると御言の木刀を弾き、御言の腹に向かって木刀を振り払った。

「ぐっ…。」

力任せに振り払われた木刀は御言の腹に直撃し、後ろへ吹き飛ばされていく、

そしてすぐに御言は態勢を整えると鬼人の元へと走り出し、二人はがむしゃらに相手に木刀を振るい、鬼人も自分のモヤモヤとした気持ちを払うように御言に対して攻撃をした。

しばらく、喧嘩のようなことをしていると鬼人は力尽き地面へ倒れ、御言はしゃがみ込む。

「はぁ…はぁ…オラだって…ずっと守ってもらいたくてあの人達と一緒にいたわけじゃないっ。けど…鬼の血が流れているオラじゃっ、自分を抑え切れないんだ。もしまた…同じようにっ、人を殺そうとしたら…オラは…っ。」

「だったらその鬼の血を抑えられるほどに強くなればいいっ。」

「そんなの…どうやってだよっ。」

「そんなものは知らんっ!!!俺は鬼ではないっ、だからそんな方法など知らんっ。」

「そんな無責任な…。」

「だが…もしお前が自分の思いとは逆に暴れ出してしまった時…その時は俺がお前のことを止めてやる。」

思いもよらない言葉が聞こえ、御言の方に顔を向けると御言は反対側を向きながら空を見上げていた。

何だかその姿がおかしく見えた鬼人は思わず、笑い出してしまう。

「何故、笑うっ!」

「いや…意外と御言っていいやつなんだ…と思ってさ。」

「ふんっ……ふふっ。」

鬼人へ聞こえないように御言も小さく笑うと昔のことを思い出し、感傷に浸る。

すると屋敷の方から足音が聞こえ、そこには老人が立っていた。

「お前さん達…わしはここでの稽古は許可してないぞっ。見てみろ、お前達が暴れたせいで芝生がぐちゃぐちゃになってしまった。」

慌てて二人は起き上がると自分たちの周りを見回し、芝生を確かめる。

確かに老人の言った通りに芝生がぐちゃぐちゃにかき回されていた。

「罰としてお前さん達二人にはこれから屋敷の掃除をしてもらう。…何を突っ立っておるっ!!」

「はっはいっ!!」

返事をすると鬼人は先に屋敷へ戻り、掃除の準備を始めた。

「御言、お主は鬼人の「彼奴のことを今よりもさらに強くしてくれ。あいつがこの先どんな目に遭ったとしても死なないように…。」

そう言うと御言は老人に頭を深く下げると背を向け、屋敷から立ち去ろうとしていた。

「ほっほっ、お前さん何処へ行く気だ。わしは言ったはずだ。お前達にと、お前さんも…わしに剣術を学びたいと言うのなら鬼人と同じように掃除をしろ。」

「っ…だが、俺には教えてくれないのでは?」

「鬼人に強くなってほしいのだろ。それならば、お前の力が必要だ。競い合い、助け合う相手がいれば鬼人は強くなれる。そっれっにっお前さんにも興味が湧いた。…それだけじゃ。」

振り返ると老人は既に屋敷へと戻っている最中だった。

御言はそんな老人の背中にさっきよりも頭を深く下げると大きな声で、

「はいっ、よろしくお願いしますっ!!」

と言い、老人の後を追いかけていく。

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