虚無感

重い足取りで金太郎の後をついていくと洞窟の中で嗅いだような匂いが漂ってくる。

「…変な匂いが…。」

その匂いには金太郎も気付いていたらしく、足取りが速くなっていく。

そして村の近くまで到着すると異変に金太郎はいち早く気づいた。

村人達の住んでいた家からは火の粉が上がり、何人もの村人達が血を流しながら倒れている。

金太郎はすぐさま倒れている村人へと駆け寄り、身体を揺さぶるが村人から反応はなく、既に息絶えていることがわかった。

「鬼人っ、俺から離れるなっ。」

頷く鬼人は金太郎の背に回り、辺りを見渡す。

一体、何があったのか、村にいたほとんどの人が恐ろしい形相をし、倒れている。

「くそっ…誰かっ…誰かいないのかっ!!!」

大きな声を上げ、返事が返ってこないか調べると村長の屋敷の方から人の声が聞こえ、急いで駆けつける。

するとそこには弁剣と共にいた男の一人が頭から血を流して壁に背を預けて座っていた。

「あっ…あん…たは。」

目をギョロと動かす男に何があったのかを尋ねると男は最後の力を振り絞り言葉を話す。

「田吾作が…殺し…。」

だが、男は最後まで話すことなく、途中で息絶えてしまう。

「田吾作…。」

嫌な予感が二人の胸を過ぎ、急いで二人は田吾作の家へと向かうが田吾作の家にいたのは気を失って倒れている熊座右衛門ただ一匹だった。

「起きろっ、熊公っ。」

体を揺さぶり起こそうとするが熊座右衛門は目を覚まさずに気を失ったまま動こうとはしない。

その時だった。

「うぁぁぁぁっ!!!」

村長の屋敷の方から痛々しい叫び声が響く。

「あの馬鹿野郎っ…。鬼人っ、お前はここにいろっ!!」

これ以上、犠牲者を出したくなかった金太郎は戦うことのできない鬼人を熊座右衛門の元へ残し、村長の屋敷まで駆けつけようとした。

だがこのまま何も出来ずにいるのが嫌だった鬼人は金太郎の命令に背き、金太郎の後を追いかけて行く。

道端に倒れている村人達を通り過ぎ、屋敷へと向かうと屋敷にはすでに金太郎が到着していた。

「田吾作……お前…何してんだよっ!!!」

金太郎の視線の先には血を流し既に息絶えているはずの村長の上に馬乗りになって見たことのない形相で短刀を握りしめている田吾作の姿があった。

「旦那…。」

金太郎の言葉に反応した田吾作は血に染めた顔を上げ、金太郎の方を見る。

その姿を見た鬼人はゾッとし恐怖を感じた。

「これが…お前のやりたかったことなのかよ…。」

「旦那にもわかるでしょ?こいつはあっしの…大切な麗華を…殺した。あっしは確かにこの男と約束をしたんだ、娘を助ける人が来るまで生かしておいて欲しいって…それなのに…それなのにこいつはっ!!!」

すでに息絶えている村長の顔に何度も持っている刃物を突き刺すと田吾作は力なく笑いだす。

「だからって…お前…村の人まで巻き込みやがって…。」

「彼奴らだって同罪だ。あっしに黙っていたんだから。それに旦那も言っていたでしょ?この村は終わってるって…終わってる村人を殺して何が悪いんですか?」

「お前の娘がそんなことを望んでいるとでも…思ってんのかっ。今のお前を見たらお前の娘はきっと「麗華の話をするなっ!!!!あんたらだって…娘を助けてくれなかった…同罪だ…あんたらもこいつらと同じだっ!!!!」

完全に我を失っている田吾作は金太郎に向かって落ちていた刀を投げつける。

刀は金太郎の足元へ転がっていくと金太郎は刀を床から拾い上げ、震える手で握り締めた。

「…田吾作…。」

弱々しい声で田吾作の名を呼ぶが今の田吾作には金太郎の声は届かない。

「何をするつもりなの…金太郎…。まさか…田吾作を?」

血に染まった刀を握り締めながら、金太郎はユラユラと田吾作へと近づいていく。

そんなことは許される訳がない。

「ダメだ…それじゃ…誰も救われないよっ。金太郎っ!!!」

鬼人の声も虚しく、田吾作は金太郎へと襲いかかると金太郎は田吾作の攻撃を避け、刀で田吾作の腹を斬り裂いた。

「ぐっ…。」

腹から血を流し、地面へ倒れる田吾作は鬼人の方へ顔を向ける。

「…ごめんな…さい。」

真っ赤な血で染めた顔で一言、鬼人へ謝ると田吾作はガクッと力尽きた。

「どうして…どうしてこんなことに…ねぇ、答えてよ…金太郎っ!!!」

その場にしゃがみ込む金太郎へ震える唇をぎこちなく動かしながら声を出すが、金太郎は何も答えずにただ、床を眺めることしかできなかった。

鬼人は気付いてはいなかったが田吾作は切られる寸前に小さな声で言葉を送っていた。

その言葉は、恨みの言葉でも怒りの言葉でも何でもないただ一言、ありがとうと言う感謝の言葉だった。

田吾作は最初から我を失ってなんかいなかった。

だからこそ巻き込んでしまい、自らを殺してくれた金太郎に感謝の言葉を送ったのだろう。

そんなことがあったことなんて知らなかった鬼人には虚無感と行き場のない怒りだけが残り、どうすることもできずに奥歯を噛み締めることしかできなかった。

全てが終わり、村長の屋敷から田吾作の家に戻る途中、意識を取り戻した弁剣が道を塞いで立っているのが見える。

弁剣は地面へ倒れている村人達を見ると金太郎と鬼人を睨みつけた。

「お前らは…何がしたかったんだ…。村を助けたかったのか…それとも…この村を終わらせに来たのか…くっ…だから…だからっ…言ったんだよ…この村から出ていけって…それなのにお前らはっ…このっ疫病神がっ!!!」

言葉が出なかった。

意気揚々と田吾作の娘を助けに来たと言うのにこの有様だ。

あの時に田吾作を助けることを望まなかったら、あのまま金太郎の言う通りにこの村を見捨てていればまだマシな結果になったのかも知れない。

二人は何もせずに怒りに震える弁剣の横を通り過ぎると熊座右衛門の元へと向かう。

「待てよ…ふざっけんなよ……。どうして…どうして俺だけが…生きてんだよ…。こんなみんないなくなっちまった村で…どうすればいいんだよっ、答えろよっ!!!」

悲痛な叫びが二人の背中へ突き刺さる。

だが、その言葉に返す言葉が見つからずに唇を噛み締め、涙を流しながら鬼人は金太郎の背中を見て、立ち止まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る