裏切り

「ここです…この社の中にあっしの娘が…。」

田吾作の指を指す先にはボロボロの社が建っており、外には何人もの武装をした村人が立っていた。

「いつもこんなに人が?」

「いえ、もっと少ないはずなんですけど…。」

金太郎達が来てしまったことにより警備はいつも以上に厳重に厳しくなってしまったようだ。

「それで…作戦は?」

「熊があいつらを引き連れてる間に俺達であの中に忍び込み、娘を助ける。よし、それで行くぞ。」

「ちょっと待ってください…私が囮に?」

「何だよ、文句でもあんのか?」

「あるに決まってるでしょう。あれだけの数に狙われたらいくら私でも傷の一つや二つ…いえそれ以上の傷ができてしまいますよっ!!」

金太郎の無茶苦茶な作戦に文句をつけ、熊座右衛門は興奮して大きな声を出してしまう。

村人達は熊座右衛門の声に反応し、金太郎と鬼人は急いで熊座右衛門の口を塞いだ。

「ったく、声が大きいって。」

「嫌なものは嫌です。大体、金太郎があの方達を一人残らず倒してしまえばっ。」

「バカっこれ以上、問題を起こしてどうすんだよ。一番自然なのはお前があいつらの前に現れることだろっ、熊なんてそこら中にいるんだから森からふらっとあいつらの前を横切って威嚇すりゃいいんだよ。ほら、行けっ。」

尻を蹴り上げられ無理矢理、熊座右衛門は社の前に突き出され、数秒間の間、熊座右衛門と村人はじっと見つめ合っていた。

「大丈夫なの?」

「あいつの逃げ足の速さは馬以上のモンだぜ。まぁ、あいつに任せりゃいいんだよ。」

目をパチクリと開けている村人達へ向かって熊座右衛門は金太郎への怒りをぶつけると警護している一人の男に体当たりをし、大きな咆哮を上げていた。

「なっなんだっ、熊だ。熊が出たぞっ!!」

村人達は熊座右衛門の姿を見ると身の危険を感じ、手に持つ武器を構えた。

金太郎の思惑通り、村人は熊座右衛門に気を取られ、森の中へと走り去る熊座右衛門を一斉に追いかけていく。

「よし、今のうちだ。」

その隙に金太郎達は社の裏へ回り込み、脆い壁を崩して中へと侵入することができた。

だが、そこには。

「何で……誰もいないんだ…。」

田吾作の娘はおろか、人の住んでいた痕跡など微塵も感じられないただのボロボロになった壁やそこの抜けた床だけだった。

「………本当にここなの?」

壁や床には引っ掻き傷や引きづられた家具の跡ができ、こんな部屋の中に生贄とされる少女が過ごしていたとはとてもじゃないが鬼人には思えず、田吾作に尋ねる。

「間違いねぇよ、生贄に選ばれた人間はここに来ることになってるんだ。だけど…どうして…。」

落胆する田吾作を他所に金太郎は中を隅々まで調べていく。

「金太郎…どう?」

深刻な顔をし、辺りを調べている金太郎へと声をかけるがずっと何かを思い詰めたような表情をして傷ついた床を眺めている。

金太郎の見ていたその床には5本の細長い傷跡が伸びていた。

「なぁ、田吾作。お前が村へ出てから俺達に会うまで…どれだけ日が経ってる?」

今まで口を開かずに黙々と部屋の中を調べていた金太郎が急に田吾作へと尋ねる。

「…一週間ほどでしょうか…。」

「その間に一度でも村に帰り、娘の安否を確かめたことは?」

「いえ…ずっと旅人が来ないかあそこで待っていたので…。」

娘を助ける為に助けを求めていた田吾作は助けてくれる人が現れるまでは村へは戻らない、そんなことを心に誓いながらあそこで旅人をまっていた。

その間、田吾作の娘はここにいたはずだった。

だが、今はその姿はない。

変わりあるものといえば床や壁に出来た無数の引っ掻き傷。

考えが頭の中を回り出し、一つ一つ繋ぎ合わせていく。

そして、繋ぎ合わせて出来た答えは残酷なものだった。

「今すぐに村長のところへ向かうぞっ!!!」

勢いよく扉を蹴り飛ばし、もたついている田吾作と鬼人を急かすように金太郎は叫ぶ。

「早くしろってっ!!」

状況を理解できていない二人だったが、焦る金太郎の姿を見て急いで金太郎の後を追いかけ出す。

「旦那っ、一体何が分かったんですかっ?」

「……俺の考えが正しいのなら…田吾作…お前は相当の覚悟をしといた方がいい。」

ポツリッとそんな言葉を金太郎は田吾作へと告げる。

言葉の意味が理解できていなかった田吾作はポカンとしていたが金太郎の鬼気迫る表情からよくないことが起きていると理解した。

ゴクリッと固唾を飲み込むと不安が田吾作を押し寄せる。

鬼人も田吾作と同じように固唾を飲み込むと何も言わずにただ二人の後を追いかける。

そして、村長の住む屋敷へと到達すると警備をしていた村人を押し退け、屋敷の扉を蹴り破りながら呑気にお茶を飲んでいる村長の前へと飛び出した。

「むっ…貴様らはまだこの村にいたのか…早く出て行けと「黙って俺の質問に答えろっ…お前…田吾作との約束を破ったな…。」

状況を全く理解できてない鬼人と田吾作は黙って二人の会話を聞いていると金太郎は村長の前に背中に背負っていた斧をドンッと床に突き立てた。

「…何のことだ?」

「惚けんじゃねぇよ。ちゃんと質問に答えやがれ…。」

鬼気迫る金太郎に動じずズズッとお茶を飲むと村長は硬く閉ざした口を開いていく。

「…どう決めようがよそ者のお前達には関係のないことだ。口を挟むでない。」

「待ってくれよっ、一体…何の話をしてるんだ。」

二人の話を聞いていた田吾作は我慢できずに口を挟む。

「約束って…どう言うことなんだ…。村長…旦那…。」

何故、あの社に田吾作の娘がいなかったのか、あの屋敷で何があったのか。

金太郎にはおおよそのことが分かっていた。

だがそれを口に出して説明してしまえば、田吾作は何をしでかすかわからない。

だが、このまま黙っているわけにもいかず、思い口を開くと何があったのかを説明始めた。

説明を受けている最中に田吾作は口を挟むことはなかった。

だが、田吾作の瞳からは怒りを感じられる。

金太郎から聞かされた話はとてもじゃないが許される話ではなかった。

「そんな……それじゃ…田吾作の娘さんは…。」

「…おそらくもう…。」

最後まで話を終えると田吾作は力なくその場に崩れ落ちてしまう。

助けようとしていた娘がすでに妖の元へと送られていた。

そんな話を聞いてしまえば、こうなってしまうのも無理はなかった。

「酷い…酷すぎる…こんなのってあんまりだよ。どうしてこんなことをしたのさっ、貴方だって田吾作がどんな思いをして、必死に助けを求めていたのか分かってるんだろっ!!!」

「分かっているに決まっておろう。田吾作には申し訳ないことをしたと思っているっ、だがもう時間がないのだ。これ以上…待つことはできなかった。水がなければ村人達は日に日に不満や不安を募らせ、このままでは村全体がダメになってしまう。だから…こうするしか他に方法などなかったのだ。それに子を失っているのは田吾作…お前だけではない。この村に住んでいる殆どの民がお前と同じように子を失っているんだ。お前だけを例外にすることなど出来んのだよ。分かってくれ…田吾作よ…。」

村人達が何故、あんな目つきで見てきていたのかを鬼人は今、理解することができた。

きっと村人達も田吾作と同じように子を失った。

だが、田吾作はこうして旅人を連れてくることで娘を助けようとしたことを嫉妬していたのだ。

自分の娘だけを助けようと必死になっている田吾作に。

「わかんねぇよ…分かるわけがねぇ…。あいつは…あいつはあっしにとってのただ一人の宝物だったんだ。未来のないこの村での唯一の…光だった。それなのに……もう…あっしはどうすれば…。」

見るに耐えない田吾作に同情し鬼人の心の中までも悲しい気持ちで溢れてくる。

「…仇は…とってきてやる。」

一言、そう告げると金太郎は田吾作と長をその場に残し、屋敷から出て行こうとする。

だが、村長は金太郎を止めた。

「ならんっ!!!もう…良いのだ。妖を倒したところでこの村は立ち直ることなど出来ん。このままこの村を放っておいてはくれないか。田吾作が払おうとした金なら払ってやる。だから…何もするな。」

チラッと田吾作の方を金太郎は見るとすうっと息を吸い、鼻から息を出す。

「そんなもの…いらねぇよ。………田吾作………立てるか。」

嗚咽をしながら泣いている田吾作の肩を支えながら金太郎は部屋から出ていく。

鬼人も慌てて二人の後を追いかけ、金太郎と同じように田吾作に肩を貸した。

なんともやるせない気持ちが鬼人の中に現れ、心がモヤモヤとする。

このまま終わっていいわけがない。

せめて、田吾作のために妖のもとへ向かい、何か形見を持ち帰ってきてあげたかった。

「金太郎…。」

「話は後でな、今は家に帰ろう。」

金太郎も鬼人と同じようなことを考えていた。

このままこの村を出ていくことなど、出来るはずがないと。

二人は無気力な状態の田吾作を外へと運ぶと、会話をすることなく、家へと連れて帰る。

田吾作の家の前には熊座右衛門が座って待っており、田吾作を見て状況を察した。

「………。」

家に戻ってからも会話が始まることはなく、ただ部屋の中には田吾作の啜り泣いた声だけが響いている。

金太郎はそんな田吾作の声を聞きながら、窓の外の景色を眺め、何かを考えているようだった。

そんな状況に居辛さを感じた鬼人は外へ出ると家の外壁に背中を預けている熊座右衛門の隣に座り込む。

「田吾作さんは?」

熊座右衛門が尋ねると鬼人は首を横へ降った。

家に帰ってきてからは一度も食事や睡眠を取ろうとはせずにただ泣いているだけ、大切な人を失った時の気持ちは鬼人にも痛いほど分かっている。

今もまだあの時のことを思い出し、胸が締め付けられる時がある。

大切な人を失った時、そう簡単には気持ちの整理などつけられるわけがない。

いつも一緒にいたはずの存在が突然、目の前からいなくなるのだ。

そんなことがあり得るわけがない、少し経てばきっとふらっと目の前に現れるはず、あの時はそんなことを考えていた。

今の田吾作も同じようなことを考えているのだろうか。

何か田吾作にしてあげたいが、話ができる空気ではない。

もしこのままこの村を出ていくと金太郎が言ってしまえば、田吾作はどうするのだろう。

嫌な考えが鬼人の頭の中に現れ始めた。

「熊座右衛門…もし…田吾作が…。」

「大丈夫、きっとそんなことをしませんよ。」

言葉ではそう言えるが実際は分からない。

あそこまで酷く落ち込んでしまえば、何をしだすかはわからない。

今は田吾作がバカなことをしないからどうかを見守ることしか出来ずにいた。

ガチャッと扉の開く音が聞こえ、鬼人と熊座右衛門は顔を上げる。

そこには拳を固く握りしめた金太郎が立っており、何かを決めたような顔つきをしていた。

「熊公、お前はあいつが馬鹿なことをしないか見張っていてくれ。もし、あいつが命を捨てるような真似をしだしたらそん時は力づくでもいい、絶対に止めてくれ。」

「貴方はどうするのですか?」

「俺は鬼人と共に洞窟に棲む妖をぶっ倒しにいく。鬼人、ついてくるだろう?」

「…うん。」

返事を返すと立ち上がり、尻についた砂を払うと拳を握りしめ力強く足を踏み出した。

「…どうか、お気をつけて。何かただならぬ予感を感じますので。」

「ああ、分かってる。それじゃ…田吾作のことを頼んだぞ。」

金太郎はそう言うと鬼人と共に二人で洞窟へと向かって歩いていく。

熊座右衛門は二人の背中を見送るとドアから無理やり、体を押し込み田吾作の家の中に入り、背中を向けて泣いている田吾作を見守ることにした。

「いいか、鬼人。これはお前にとって初めての妖退治になる。一瞬でも気を抜けば即死んじまう。

お前は田吾作を助けてやりたいんだろ。なら、覚悟はできてるな。」

「……うん。」

これからどうなるのか、どんな妖を相手にするのかは分からない。

だが、一つだけ言えるのは不思議と恐怖は感じられなかった。

「妖はどうやって倒すの?オラ…武器とか持ってないけど。」

「武器ならあるだろ。お前のその拳だよ。お前には鬼の血が流れている。その血が力となるんだよ。」

「鬼の血が…武器。金太郎は…?」

「俺はこの鉞があるからよ。コイツさえあればどんな敵も叩き斬ることができらぁ。」

大きな刃のついた鉞を片手で握ると見せつけるように振り回す。

「一応…オラも武器があったら…欲しいな。」

「…贅沢な奴だな……ほらよ。」

金太郎は腰にぶら下げていた小さな鉞を手にすると鬼人へ渡す。

「そんで十分だろ。自分の丈に合ってねぇもん使ってもつかいこなせねぇだろしな。そんじゃ、あの村長の隠したがってるもんでも調べに行きましょうかねぇ。」

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