警告
「ふむ、成る程な。この方が洞窟に棲む妖をどうにかしてくれると。」
「ええ、彼等ならきっと退治をしてくれます。そうすれば、この村も以前のように元の暮らしにっ「田吾作よ、残念じゃがこの方にはお引き取りをお願いしてもらえ。」
「えっ?」
「これ以上の犠牲を出すことはできんのだ。お前が村を出て行ってから皆と話し合い妖を怒らせるような真似はしないと決めたんだ。もし、お前の隣にいるその方が妖を退治することができなかったら、妖はさらに酷い要求を求めてくるかも知れん。わしは村の長としてそれだけは避けさせなければならんと思っている。だから、悪いがその方達にはお引き取りを願う。」
村長の言葉を聞きくと田吾作はぐっと自分を抑える。
村長の言っていることは間違ってはいない。
もし、いや万が一も負ける気などさらさらないが退治をすることができなかったら事態を悪化させることになってしまうことは目に見えていることだ。
そのことが田吾作にも分かってはいるはずだった。
だが、自分の娘の命がかかっていると思えば、焦ってしまうのも無理はない。
「だけど……このまま何もしなければ…その妖だってずにのってもっと酷いことを要求するかもしれません。」
「だろうな…だが、わしらにはどうすることもできん。これも村を守る為…分かってくれるな…田吾作。」
何もいうことができずにギュッと拳を握りしめる田吾作の姿を見て、金太郎はギュッとつむいでいた口を開いた。
「………話を遮って悪いが、このままだとこの村は近々滅んじまうことになるぜ。その妖のせいでな。」
「何が言いたい?」
「こういう問題を抱えている村は何千と見てきた…だから俺には分かるんだよ…その妖の言うことを聞いてせっせこと村の人間を差し出してるようじゃ田吾作の言う通り、この村も終わりだ。」
「ならば貴様がその妖を退治するとでも?馬鹿馬鹿しい、貴様のような若造に何ができると言う。この村の力あるものは全員、妖に立ち向かい殺された。それなのに貴様はその妖に一人で立ち向かい勝てるとでも言うのか?」
村長の言葉に対して鼻で笑うと強気な態度を取る。
「ああ、どんな奴が相手だろうと俺は負けんよ。それに言い方が悪くなっちまうが、その力ある全員の力を合わせても俺以下だろうしな。」
「…まるで腕には自信があるようないいぶさじゃな。」
「実際に自信があるからな。」
村長はジロリと目を動かして金太郎の方へ向け、酷く黄ばんだ眼球から気味の悪い殺気を金太郎は感じ取った。
「…貴様がどれだけ強くても関係ない。この村にはこの村のやり方がある。貴様は何もするな…それにもう何もかもが手遅れなんだ。話は以上だ。」
「…そうかい。それなら仕方ないか、田吾作。」
田吾作の名を呼ぶと金太郎は立ち上がり、部屋から立ち去る。
簡単に村長の言葉を受け入れてしまった金太郎に田吾作は納得がいっていなかった。
どうにかして金太郎に助けを借りなければ娘は殺されてしまう。
「旦那っ、どうか考えをっ。」
「田吾作、悪いことは言わない。この村を見捨てて娘と一緒に逃げろ。あの長は…終わってるよ、いや…あの長だけじゃない…この村自体終わってるな。」
この村に入ってすぐに金太郎は様子がおかしいことに気づいていた。
まるで村人達は何かに取り憑かれているように精気を感じられず、目をギョロギョロとさせると同じ村人同士に対しても警戒心を持って接しているように感じていた。
このまま村にいてしまえば田吾作自信もおかしくなってしまうかもしれない。
一番の手はこの村から出て行き、新しい場所へと向かうこと。
それが一番の手だと金太郎は考える。
「この村から…出る…。そんなこと何度も考えましたよ。けど、あっし達にはここ以外居場所がねぇ。もう他の村でやり直すなんて…。」
「生きてる限り、やり直すことなんて何度もできる。お前にその気があるならの話だがね。」
金太郎の言葉を聞いた田吾作は何も言わずに俯いたままその場に立ち止まるが金太郎は構わずに鬼人達の元へと戻って行った。
そして、屋敷の外から鬼人達の声が聞こえ、今に至る。
「成る程…そんなことが…。」
「ああ、俺の考えがあってるなら、この村はもうお終いだよ。それはお前も感じてるだろ?」
「ええ、薄々は…ただ…そうでもない人は何人かはいますよ。例えば、あの弁剣と名乗っていた男とその仲間達。あの方達からは何も感じませんでした…怒り以外は…。」
「田吾作のためにも詳しく調べてやりたいが…さっきからそこらじゅうから殺気を放たれてるし、それもできそうにねぇな。」
「ええ、今にも襲ってきそうなほど嫌な気配を感じますよ。この村全体から…。」
二人はチラッと横目で後ろを見ると後ろには鎌やクワを持った村人達が何も言わずに金太郎達を睨みつけていた。
「やりにきぃったらありゃしないぜ。下手に動けばこの村全体が敵になりやがる。そうなっちまったら、戦いは避けられねぇ。もしこの村人一人でも傷つけてみろよ。俺達はお尋ね者の仲間入りだ。そうならないためにもなんとか上手くやらなきゃな。」
「弁剣って方をボコボコにしといてどの口が…。まぁ、こうなってしまった原因の妖を退治してしまえば元に戻るのでは?」
「バカっ、迂闊に洞窟へ近づいてみろよ。下手うちゃ田吾作の娘の身に危険が及ぶかもしんねぇだろ。俺達は娘を人質に取られているようなもんだぜ。だからまずは田吾作の娘の居場所を知っとかねぇと。話はそっからだな。」
二人は会話を終わらせ、歩いていると目の前に小さな小屋が現れた。
小屋の前には看板が立っており、そこには田吾作、麗華と書かれている。
「田吾作っ、いるか?」
外から名を呼ぶが返事は返ってこなかった。
「返事…返ってきませんね…。お留守でしょうか?」
「そんなはずは…ねぇが…。」
田吾作から聞いた家は確かにここのはずだった。
だが、いくら名前を呼んでみても返事は返ってこない。
「…しゃーない、勝手に上がるか。」
待ちきれなくなった金太郎は勝手に小屋の中へと入り込む。
だが、そこには田吾作の姿はなく、それどころか部屋の中は荒らすに荒らされ、酷い状態へと変わり果てていた。
「これは…一体…。」
扉の大きさが小さく熊座右衛門は中へ入ることができずに外から身をかがめ、中を覗いていた。
「………。」
金太郎は一旦、外へ出て肩に担いでいる鬼人を熊座右衛門の背中に乗せるとまた小屋の中へと入り、何が起きたのかを調べ始める。
すると床に血溜まりができているのに気づき、血溜まりから血の跡が裏口へ伸びているのを見つける。
「…これは…熊っ、急いで裏口へ回ってこいっ!!!」
熊へ指示を出すと金太郎はすぐさま、裏口のドアを蹴り飛ばし、外へと飛び出した。
血痕は小屋の後ろの森へと続き、金太郎は急いで熊座右衛門と共に森の中へと入って行った。
「田吾作っ、いるなら返事をしろっ!!!」
血の跡を辿りながら大きな声で名を叫ぶと遠くから、
「…こっち…です。」
と弱々しい声が聞こえて来る。
熊座右衛門と金太郎は声を頼りに駆け出すと茂みの中で隠れながら腹を押さえている田吾作の姿を見つけた。
「大丈夫か…田吾作。」
コクンッと小さく頷く田吾作の手を腹から退かし、傷の具合を確かめようとしたその時だった。
後ろから何かが金太郎の後頭部に目掛けて飛んでくる。
金太郎は素早く田吾作の頭に手をやると自分と共に体を横へと逸させた。
サクッと音がし、何が飛んできたのかを確かめるとそこには矢が木に突き刺さっている。
「熊、見えたか?」
「…ええ、ですが…黒い頭巾のようなものを深く被っていたので顔は分かりません。匂いを除いては…ですが。」
「よし、ならささっとそいつをここへ連れてこい。俺達を襲った理由を吐かせるぞ。」
頷く熊はすぐさま鬼人を地面へ下ろすと森の奥の中へと入り込み、矢を放った者を捕まえに行く。
その間に金太郎は田吾作の傷の具合を調べるのを再開させる。
思っていたよりは傷は浅く、軽傷だったようで安堵の息を吐くと、田吾作の肩に手を置いた。
「…ったく…心配させんじゃねぇよ。ほら、自分で立てるだろ。」
「いや…この傷では…。」
「何言ってんだよ…そんなのただのかすり傷だろ?まったく…。」
「いや…けど…痛いです。」
「どれぐらい痛いんだ?」
「……ヒリヒリするぐらい?」
パシンッと頭を叩くと無理矢理に身体を起こしあげ、肩を貸しながら小屋へと戻る。
あの血の跡は田吾作から出たものではなく、あそこへ誘き出すために獣か何かの血を使ったものなのだろう。
その証拠に田吾作は何事もなく歩いている。
「それにしても坊ちゃんはどうしたんですか?ぐったりとしていますが…。」
「俺達があそこを離れてから弁剣達に襲われたんだよ。」
「えっ!?それじゃ坊ちゃんはっ!!」
「こいつが寝てんのは…弁剣にやられたからじゃねぇから安心しろよ。」
「それは…良かった…。」
ホッと胸を撫で下ろす田吾作に金太郎は説明が面倒なので弁剣のことを逆に返り討ちにさせたことだけは黙っておくことにする。
それから田吾作に金太郎が軽い手当てをしていると田吾作の身体から大きな傷痕のようなものが見えた。
そのことについて尋ねようとしたが突然、扉から一人の男が小屋の中へと投げ入れられてきた。
その男は酷く怯え、二人を見るとひぃっと声を上げると蹲り頭を抱える。
「この方はっ?」
「熊が俺達を襲った相手さんを捕まえてくれたんだろうよ。んじゃまぁ、色々と吐いてもらいましょうかね。」
手の骨を鳴らしながら金太郎は男の首元を掴むと机の上に寝転がせ、男の顔面に軽く拳を打ち込む。
「ぐふっ…おっ…俺は何もっ、何もしらねぇよっ!!」
「何も知らない奴が何であそこにいたんだ?正直に話したほうがいいぜ。痛い目にあいたくなかったらな。」
「…………。」
意地でも話さない気でいるのだろう。
男は金太郎から目を逸らし、そっぽを向いていた。
「どうやら話す気はないらしいな。だったら、こっちにも考えがある。」
何も話そうとしない男を縄で縛り付けると袋から短刀を取り出し、机の上で仰向けに縛り付けられている男の真上に向かって投げつけた。
短刀はくるくると空中で回転すると短刀の柄が男の鼻に当たる。
「惜しいな、まぁ、時間はたっぷりあるんだ。ゆっくりと楽しもうとしようぜ。」
男の顔つきが一気に変わり、顔色が真っ青へ変わっていく。
額からは脂汗を流し、目は充血していた。
そんな男の真上にもう一度、同じように短刀を投げつけると今度は刃の部分が真っ逆さまに落ちていく。
「話すっ、話すから助けてくれっ!!!」
短刀は男の鼻の頭に当たる寸前で金太郎によって止められた。
「それじゃ、まずは田吾作を襲った理由から吐いてもらおうかな。」
短刀を男に見せつけると男は態度をコロッと変え、金太郎達へ説明を始める。
男の話によると金太郎の考えていた通り、男は長から指示を出され、ここへきたらしい。
だが、どうやら殺すつもりは無かったらしく、怖がれせればそれでいいと言われていた。
男の話したことはこれだけだった。
他にも知っていることはないか尋ねていたが男は何も知らないと言う。
あまり大した情報は手に入らなかったがそれだけでも聴けたことに意味はある。
「なるほどな、そんで俺達に警告をしに来たと。ったく、とんでもねぇじじいだな。」
「そんな…あっし達はこれからどうすれば…。」
「決まってんだろ、今すぐにお前の娘のところまで連れてってくれ。妖を退治する前にお前の娘をまずは助け出す。」
「助けるって…どうやって…。」
「場所さえ、教えてくれれば俺達がいますぐにでも連れてきてやるよ。だが…その前に…鬼人を起こすとするか。」
後ろで呑気な顔で眠っている鬼人を見ると金太郎は水の入ったバケツを手に取り、鬼人の顔に向かって水をかけた。
「…っ……うわっ、何だっ!?」
突然、水をかけられた鬼人はその場で飛び起き、頭を左右へ振り、田吾作と金太郎の顔を見る。
「ったく、寝すぎだ。ほら、支度しろ。田吾作の娘を助けに行くぞ。」
状況をまったく読み込めていない鬼人の首根っこを掴むと金太郎は田吾作と一緒に小屋を後にし、小屋の中に残された男は口に布を巻かれたまま、放置されていた。
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