喧嘩
「椿の姿を森で見かけた?」
村へと向かう途中に鬼人は先ほど見かけた少女の影を金太郎達へと説明をした。
「うん。けど…すぐに消えちゃって。」
「…熊…お前は気付いてたか?」
「…いえ、あの時は私達以外には誰の気配など感じませんでしたが…。」
「…俺も特に何も感じなかったしな…お前の気のせいなんじゃねぇのか?」
二人は鬼人の話を信じようとはせずにさっきのことを振り返しまた喧嘩を始める。
だが、鬼人には間違いなくあそこに椿が立っていて、何かを伝えようとしていた気がしてならなかった。
「みなさーんっ、こっちですっ!!!」
奥から大きな声を出し、金太郎達のことを呼ぶ声が聞こえ、前を見るとそこには先に村へと戻っていた田吾作が手を振って待っているのが見えた。
「いいか、絶対にお前は話すなよ。説明すんのめんどくせぇからな。」
いつものように金太郎は熊に人語を話すなと注意をするが熊は返事を返さずにのそのそと黙って前へと歩いていく。
そして、小さな声で、
「…別に私が説明すればいいのでは…。」
と文句を言っているのが鬼人の耳に入ってきた。
「良かった、来るのが遅かったから少し心配してたんですよ。ささっ、案内しますね。」
村の中へとズカズカと金太郎や熊が入り込むと嫌な視線を感じる。
「…どうやら、あんまり歓迎はされてねぇようだな。」
洞窟の妖を退治にしに来たというのに、村人は煙たい存在でも見ているのかのような視線を金太郎達へと送ってくる。
「…すいません…ここの村はあまりよそ者を歓迎しなくて…。けど、妖を退治してくれたら彼らの評価もきっと今に変わりますよ。」
「…そうだといいけどな。」
村の奥へと進んでいくと奥には立派なお屋敷が建てられていた。
きっとあそこの屋敷にこの村の村長が住んでいるのだろう。
「待てっ。」
田吾作に案内をされるがままに進んでいると目つきの悪いデカイ顔をした男が金太郎の前へと立ち塞がる。
「この先に何のようだ。」
「村長に話があるんだよ。だからここを通してくれないか、弁剣(べんけん)。」
男の名前は弁剣という名前らしい。
弁剣は細い目をさらに細めると金太郎や熊、そして鬼人の体の隅々を舐め回すように睨みつけるとわざと聞こえるようにため息を吐く。
「もしかしてこのおかしな若造どもが…そんなわけないよな、田吾作よ。」
「いや、この人達こそが妖退治の専門家の方々だ。だから、村長へ会わせなければ。」
「待て待て、こんな奴らに何ができるって言うんだ。こんなヒョロヒョロなガキどもが剣を扱えるとでも?それに何だ、この汚らしい熊は…ささっとこいつらを何処かへ連れて行け。」
何故、見ず知らずの男にここまで馬鹿にされなきゃ行けないのか、弁剣の失礼な態度に鬼人は少し腹を立てるがそれよりも腹を立てていたのは熊座右衛門だった。
熊座右衛門は低い唸り声を鳴らすと男の近くへと近寄り、後ろ足に体重をかけ、二本足で立ち上がる。
「なっ…何だっ。」
男は自分よりもさらに大きな身体をした熊に少しだけ、驚き後退りをしていた。
「そいつ…人語が少しわかんだよ。だからあんまり、馬鹿にするようなことを言わない方がいいぜ。」
相変わらず熊は弁剣を上から見下ろしたまま、動こうとはしなかった。
「じっ人語が分かる熊だとっ、この俺を馬鹿にしてんのかっ!!!こんなただの熊に人間の言葉などわっ分かるはずなどないだろうっ!!!」
強がってはいるが完全に弁剣は熊に怯えているのが目に見えて分かる。
「この世にはおかしなことなんて山ほどあるんだ。人語が分かる熊だっておかしいことじゃないさ。そんなことよりもそこを退いてくれないか、こっちも暇じゃないんだよ。」
金太郎はそう言うと弁剣の方に手を置く。
すると弁剣はギロリと金太郎を睨みつけ、
「汚い手で俺に触れるなっ。」
と金太郎の手を払おうとする。
だが、肩に置かれた手はびくともせずに動かすことができなかった。
「くっ…手をどかさんかっ。」
「あんたが自分でどかしたらいいだろう?」
悔しそうに唇を噛み締めると弁剣は金太郎に道を譲る。
「ありがとさん。」
「ふんっ…。」
それから弁剣は何も言わずにその場から離れ、田吾作は安堵の息を吐く。
「旦那…ヒヤヒヤさせないでくだせぇ。貴方達に問題を起こさせるためにここへ連れてきたんじゃないんですから。」
「ああ、悪かった。さぁ、村長の元へ連れてってくれよ。」
「ええ、だけど…その…熊は。」
「わかってるよ、屋敷の中まではついてこさせねぇさ。ちゃんと大人しく屋敷の前で待たせるよ。ちゃんと大人しくしとけよ、熊公。」
まだ腹を立てているのか、熊座右衛門の機嫌は悪そうだった。
「鬼人、お前は熊公と待っててくれ。こいつが悪いことしないようにちゃんと見張っててくれよ。」
「…分かった。」
頷く鬼人の肩に手を置くと金太郎は田吾作と共に屋敷の中へと向かって歩いていく。
「ちぇっ、オラもお留守番か…。」
ため息を吐き、つまらなさそうに地面を蹴っていると突然、頭に痛みが走り、その場に蹲る。
すると今度は遠くから笑い声が聞こえてきた、何が起きたのかを分からずにわ地面を見ると血のついた小石が落ちている。
「なんだよ…痛ぇな。」
どうやら村人の誰かが鬼人達へ小石を投げつけてきていたみたいだった。
「大丈夫ですか?」
「…何とか…ね。けど、何でこんなことを…。」
「さっきの男が奥でこちらの様子を伺っているようです。きっとさっきの憂さ晴らしに金太郎がいなくなったことを確認し、石でも投げつけてきたんでしょう。どうします?」
「ほっといたほうがいいんじゃない。問題を起こすなって言われてるし。」
「…ですが、どうやら…こちらへ向かってきますよ。」
熊座右衛門の言葉の通りに弁剣が数人の仲間を引き連れ、鬼人達の前に現れた。
「おっ、どうしたんだぁ。そんなとこで蹲ってよぉっ。」
腹の立つ顔でニヤニヤと笑いながら弁剣は頭を押さえ、蹲っている鬼人へと声をかける。
鬼人のつけている手拭いに血が滲み出し、顔へ血が滴り落ちる。
「…何でもないよ…。」
問題を起こすなと言われているために腹の底にある怒りを鎮めながら弁剣達から離れていこうと立ち上がると歩き出そうとした。
だが、鬼人を囲むように男達は移動すると離れようとする鬼人を押し止め、腰にぶら下げている木刀に手を置く。
「待てよ、どこにいくつもりだよ。」
「……オラ達が邪魔ならそこを退いてくっ!?」
突然、後ろにいた男が鬼人の首元に木刀を振り下ろし、鬼人は力なく、その場に倒れ込んだ。
それを見ていた熊は大きな声で吠えると弁剣の仲間の一人に体当たりを喰らわせる。
「うわぁぁっ!!」
男はわざとらしく大きな声で叫ぶと倒れ込み、それを見ていた男達は怒鳴り声をあげ、熊座右衛門に向かってボロボロに錆びた刀を取り出し、襲い掛かろうとした。
「熊座右衛門っ!!!」
刀が熊座右衛門の右足の上辺りを斬りつけるのを見て、鬼人は拳を強く握りしめ、刀を振るった男の一人の顔面へ拳を打ち込む。
「お前らっ、やっちまえっ!!!」
ある程度の戦い方を金太郎から教わっていた鬼人は襲いかかってくる弁剣とその仲間達に拳を振るっていく。
だが、多人数相手には分が悪く、鬼人は取り押さえられると顔や体を殴られ、蹴られ、手も足も出すことができなくなり、やられるがままにやられていく。
額を殴られ額の肉が裂け、口元を殴られ、血が滲み生々しい鉄の味が口の中に広がる。
不気味な笑みを浮かべ、一方的に暴力を振るってくる弁剣達に恐怖を感じると必死に男達の手から逃れようと鬼人は暴れたがもがいてももがいても男達の手から逃れることはできなかった。
この時、生まれて初めて死を感じた。
このままでは死んでしまう。
そう思った瞬間、鬼人の体の奥底に眠る力が目覚め始めた。
「うぁぁぁあああっ!!!」
悲鳴に近い叫び声を上げると腕を掴んでいる男達の手を振り払い、目の前にいる男の顔面に向かって頭突きを繰り出す。
「ぐぇっ!?」
目の前にいた男はカエルの潰れたような声を出すと鼻を押さえて地面へと蹲った。
「おいっ…お前っ!!」
「ああっあっ…ばなぎゃっ…。」
男は鼻から血を流し、涙目になりながら一生懸命痛みに堪えていた。
すると、別の男が後ろから鬼人の身体を羽交い締めするが鬼人はその場でしゃがみ込み、足をめい一杯に伸ばすとそのまま空中を男とともに一回転し、男の腹に肘を突き立て地面へと倒れていく。
鬼人の肘は男の鳩尾を押しつけ、男は声にならない声を口から漏らすと、そのまま気を失っていった。
「お前らっ、何してんだっ!!!早く彼奴をぶち殺せっ!!!」
弁剣の声が聞こえたと同時に最後の一人が倒れている鬼人に向かって殴りかかってくるのが見え、
急いで上半身を起こし、男に抱きつくと鬼人は口を大きく開き、男の耳を噛みつくとそのまま噛みちぎり、地面へと吐き出した。
「あぁぁぁああっぎゃぁあっ!!!」
耳を押さえながら地面へ蹲る男の耳からは大量の血が流れ出し、一部始終を見ていた弁剣の顔が恐怖に染まっていく。
「なっ…何なんだよっ。」
「はぁ…はぁ…はぁ…。」
息を荒くした鬼人は弁剣の方を向くと弁剣は悲鳴を上げながらその場を立ち去ろうと後ろへと走っていこうとする。
「おっと…どこへいくつもりだい?」
だが、後ろには屋敷から熊と鬼人の声を聞きつけていた金太郎が立っており、弁剣の肩を掴むと動きを止めた。
「なっ、離っぶっ!?」
次の瞬間、金太郎は拳を握ると思いっきり弁剣の顔面を殴り飛ばした。
地面を一度、二度と転がり、弁剣はそのまま気を失い、金太郎はまるで汚い物に触れてでもしてしまったかのように倒れている男の服で手を拭いていた。
「お前ら、生きてるか?」
「ええ…。」
金太郎の言葉に返事を返したのは熊座右衛門一匹だけだった。
「はぁ…はぁ…はぁ…。」
呼吸を荒くし、肩を上下に動かしている鬼人には金太郎の声は届かず、ただ虚な瞳で一点のみを見つめている。
弁剣達に襲われたことでタガが外れ、動揺をしている鬼人に金太郎は近づくと肩をつかもうとするが、
「っ…うぁぁぁぁっ!!!!」
恐怖で我を忘れている鬼人は金太郎に殴りかかっていった。
「…たくっ…俺だよ、バカ。」
そう言うと鬼人の拳を軽々と避け、腹に向かって拳を振り上げた。
「かっはっ…。」
鳩尾に拳を入れられた鬼人は口から苦しい声を吐くととガクッと身体の力を抜き、気を失っていく。
「鬼人殿は…?」
「大丈夫だよ、ちと我を忘れてただけだ。目を覚ませばまた元に戻るよ。それにしても問題を起こすなって言ったのによ、この有り様は何なんだよ。」
「…先に喧嘩を売ってきたのはこの方達です。」
「だからって何もここまでやる必要はねぇわな。まぁ、抵抗しなきゃどんな目に遭ってたかは何とも言えんが…な。」
金太郎は鬼人たちを連れて行かなかったことを軽く後悔した。
ただでさえ、ここの村の人々はよそ者を嫌っていると言うのにこんなことが起きてしまえばさらに肩身が狭くなってしまう。
「こうなっちまったのはしゃーない…運がいいことに見物人はいないことだし、こいつら…埋めちまうか。」
「金太郎っ…。」
「冗談だよ……まぁ後はこいつに任せてればいいさ。」
倒れている弁剣の仲間の一人の肩を掴むと身体を起き上がらせる。
すると男はひぃっと声を漏らしていた。
「こいつらを連れてささっと家に帰んな。それとこのことは誰にも言うんじゃねぇぞ。…もしお前が口を滑らせたら…分かるな?」
「はっはいっ!!!」
気絶し倒れている弁剣の仲間を男に任せると金太郎は鬼人を肩に抱え、歩いていく。
「はぁ…それにしても面倒な村だよ…ここは。」
「村長とは何をお話しに?」
ため息を吐き、めんどくさそうな顔をしている金太郎に熊は屋敷の中でのことを尋ねる。
「なーんにも、一方的に話をされただけだ。まぁ、あの村長の言葉を簡単にまとめるとこの村のことは放っておいて出て行けとよ。」
何となくだが熊座右衛門には屋敷の中で何があったのか、考えることができた。
おおよそ、金太郎が無礼な態度でも取り、村長を怒らせたか何かだろうと。
「どうせ、無礼な態度でも取ったんでしょ?」
「そんな態度は………とってない…はずだよ。」
歯切れの悪い返事をする金太郎を見て確信へと変わる。
「……そうですか…。」
「なんだよ…その目は……。」
「別に…それで今はどこへ向かっているのですか?」
「田吾作の家だよ。田吾作を除いてここら辺じゃ、俺達のことを泊めてくれる奴なんて一人もいねぇからな。宿屋でさえ、泊めてはくれないらしいぜ、酷い話だよ。」
「一体…何をしたんですか…。」
「……何にもしてねぇって……まぁ、詳しい話は田吾作の家でな。」
屋敷の中で何があったのか、熊座右衛門は気にはなったが田吾作の家へと歩いていると村人の視線も気になりこれ以上は口を閉じることにし、二人は田吾作の家へと歩いていく。
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