田吾作という男
それから三人は特に目的地も決めずに旅をしていると近くに小さな村があるという噂を耳にした。
手持ちの金や食料が無くなりつつあった三人は何か儲け話や食べ物がないか村に寄ることに決める。
だが、この辺りではまだ金太郎や鬼人達を追いかけてきている追手の仲間がうろついていた。
そこで素早く動ける熊を先に村へと偵察へ向かわせたが、一向に帰っては来なない。
待ちきれなくなった金太郎は鬼人を連れて村へと向かって歩いて行くことに決めた。
そしてその途中で…。
「そこの兄さん達よっ。ちょっとっ、足を止めなっ。」
見るからに汚らしい格好をした野盗のような男が目の前に現れた。
「…ったく。熊の野郎…背中に乗ってもいいじゃねぇかよ。おまえもそう思うだろ?」
「えっ?…あっそうだね。」
不審な男が目の前に現れたというにもかかわらず金太郎は見向きもしないと鬼人と会話を続ける。
だが、鬼人にはしっかりと男の姿が目に見えていた。
「おいおいっ、まさかだがあっしの…「腹減ったな…どっかに食いもんでも落ちてねぇのかよ…。」
ことごとく、金太郎に無視を決められる男は怒りが頂点に達したのか、頭から煙を出しそうなほど体を震わせる。
「ねぇ、あれって…。」
そんな男が可哀想に思えた鬼人は金太郎の気をそっちへ向けさせようと指を指そうとするが金太郎はそれを止めた。
「ほっとけ、関わるとろくなことにならん。あんなのはほっとくのが一番なんだよ。」
「ちょっとちょっとっ、旦那さんよぉ。それはねぇんじゃぶしっ!!!」
無視されていた男は我慢が出来なかったのだろう。
歩みを止めさせようと金太郎の肩を掴む、だが次の瞬間、男の体は宙を飛び、地面を跳ねながら転がり回って行く。
「あっ…。」
思わず声が出てしまった鬼人は殴ったにも関わらず、まだ歩みを止めようとしない金太郎の後を追いかけて行った。
「ごめんなさいぃぃぃっ、待ってやもらえませんかいっ!!!!」
後ろから男の情けない声が聞こえ、鬼人は立ち止まり振り返る。
そこには額を地面へつけ、こちらに向かって平伏している男の姿が目に入った。
「話だけでも…話だけでもっ!!!」
このまま放っておくのは少し不憫に思ってしまった鬼人は金太郎へ話を聞かないかと提案する。
「………まったく…しょうがねぇな。」
渋々、鬼人の頼みを了承する金太郎は後ろで鼻血を出しながら地面へ額を擦り付けている男の元へと戻ることにした。
「ほらよ。」
金太郎は地面へへたり込んでいる男へ手を差し伸ばすと男は手を取りながら起き上がり、金太郎へと礼を言う。
「ありがとう…ございます。」
「礼なんていいよ、最初に殴っちまったのは俺の方だし…悪かったな。」
「いえいえ、お気になさらずにっ。殴られるのは慣れてますからっ。」
殴られ慣れてるとは一体、どう言うことなのだろう。
「そんで、話って…なんだよ。」
「はっ、そうだった。貴方達に頼みがあるんですっ。どうか…どうかっ、私の娘を助けては下さいませんかっ!!!」
男の言葉を聞き、二人は顔を見合わせた。
「娘を助けるって…一体、何から?」
「恐ろしい…妖から…です。」
「妖?」
妖という言葉に二人は反応する。
もしかすると椿をさらった隠し神かもしれない。
「ええ、あっしはこの道の先にある、サイショと呼ばれる村に娘と住んでいたんですが……娘が……。」
男の話によると村で使っていた水源地である洞窟に妖が住み込んでしまったらしい。
その妖は水源である湖の中に勝手に入り込み体内から大量の排出物を排出すると、湖の清らかな水を汚染させてしまった。
その結果、水源から引かれていた貯水池の水は妖の排出物で腐り果て、作物は汚染された水により全てダメになってしまった。
それだけじゃない、知らずに貯水池の水を料理に使ってしまった人々も死に陥るなど最悪な事態が起きてしまった。
村の人々はその妖を討伐するべく、村中の男を洞窟へ向わせたが帰ってきたのは血で体を染め上げた男、一人だった。
その男は何かに酷く怯え、妖からの言葉を伝えると苦しみながら死んでいったという。
その妖からの伝言は、
『毎日、この我のために食料を用意しろ…若くて歯応えのあるものをな。そうすれば水を元に戻してやろう。」
と言うものだった。
妖の言っていた食料とは人間のことであり、つまり妖は自分の胃袋を満たすために大事な水源を奪い、毎日人間を食べているとのことだった。
そして、選ばれてしまった若い女の中に男の娘がいる。
この男はそんな娘を助ける為にこうして旅をしている腕の立ちそうな輩に助けを求めているのだと言う。
「そんなことが…金太郎…助けてあげようよ。」
話を聞く限りだとどうやら妖は隠し神とは違う別の妖のようだ、だがそれでも鬼人は目の前の男を放っておくことができずにいた。
「………。」
腕を組み、目を瞑っている金太郎に鬼人は男と一緒に頼み込むが金太郎は何も言わずにただ、目を瞑る。
「お願いしますっ、もし助けてくれるのならあっしの持ってるもの全て差し上げますっ。だから…この通り、お願いしますっ。」
必死に地面へ額をつけながら男は金太郎へ頼み込むが、金太郎はあくびをしながら返事を返す。
「残念だが、あんたのはした金なんて貰っても意味はないんだ。他を当たんな。」
そんなことをしている妖を金太郎が見過ごすわけがないと思っていた鬼人は思わず呆気にとられてしまった。
「なっ…こんなに頭を下げてるのにっ、可哀想だよっ。」
「だったら、鬼人…お前が助けてやんな。悪いけど、俺はやんねぇからよ。」
興味がなさそうに金太郎は鬼人と男にそう言い放つと先に歩いて行く。
「そんなっ…金太郎っ「坊ちゃん…いいんです。こんな頼み…普通なら聞いてもらえませんから…。坊ちゃんのその気持ちだけで…大丈夫ですよ。」
「けど…それじゃ…娘さんが…。」
「大丈夫ですよ、他の旅人にも頼んでみますから…ほら、坊ちゃんも先に行かないと置いてかれちまいますよ。」
しょげて落ち込んでしまった男は弱気な声でそう言うとさっきいた位置まで戻り、腰を下ろすのが見えてしまい、なんとも言えない気持ちが胸の中に現れる。
何だかこのまま金太郎と一緒に進んでしまうのは気が引けてしまうが、鬼人は仕方なく、男をその場に残し、金太郎の元へと向かって歩いて行くと金太郎へ声をかける。
「金太郎…本当に助けないの?」
「……着いてこいよ。」
男の姿が見えなくなる場所まで移動すると茂みの中へ隠れ、男の場所へと戻る。
そして、男からは見えない位置に着くと金太郎と鬼人は茂みの中から男を観察していた。
「助けてあげないんじゃ…?」
「…まぁ、見てろよ。」
男は鬼人達と別れたままの姿でジッと座り込んでいた。
だが突然、パンッと両頬を両手で挟むように叩くと、起き上がり、周りをキョロキョロとし始める。
それからしばらく経つと道の奥から大きな体をした坊主頭のいかにも柄の悪そうな男が歩いてくるのが見えた。
男は坊主頭の男の姿を確認すると木に背中を預け、坊主頭の男のことを待ち構える。
そして坊主頭の男が男の前へとくると男は坊主頭の男に話をかけた。
「旦那さん。ちょっと、話を聞いてやもらえませんかね?」
坊主頭の男は目を細めると男の頭を掴み、払い退け、男は倒れて行く。
「邪魔だよっ、馬鹿がっ。」
そう言うと坊主頭の男は倒れている男の顔に唾を吐き、その場を去って行ってしまった。
それからも男は道を通る旅人やゴロツキに話をかけるが、殴られ蹴られ、しまいには手持ちのものを奪われてしまうなど散々な結果だった。
鬼人は何度も助けに行こうと金太郎へ提案したが、金太郎は鬼人の提案を頑なに受けず、黙って男のことを眺めていた。
男は倒れたまま起き上がらず、微かな力で体の向きを仰向けに変える。
そして、空を眺め、涙を流しながら大きな声で叫び始めた。
「ごめんなぁぁぁあっ、情けない父親でぇぇっ!!俺じゃぁっ、やっぱり…お前のことを救えねぇよぉ!!!」
みっともなく、その場で泣き出してしまった男の姿を見た鬼人は金太郎の許可関係なく、男の頼みを聞き、娘を助け出すことを心に決めると立ち上がろうとする。
だが、鬼人よりも早くに金太郎は立ち上がると男の元へと歩き、男を見下ろすと、
「そこまでしてあんたは娘を助けたいのかい?」
「あんたは…っ…あったりまえだよっ。彼奴はあっしにとってたった一人の娘なんだっ。母親が早くに死んでしまって…悲しいはずなのにっ。彼奴はあっしのことを励まそうと泣き顔を見せようとしなかったっ。そんな心の優しい彼奴をっ、妖にっ……れてだまってられるかっ!!!だから…だからよぉ…彼奴の…をとってくれよぉっ……っ!!!」
必死の頼みを金太郎は心で受け止める。
「…そうか…ならお前のさっきの言葉を忘れんじゃねぇぞ。あんたの娘を助けたら、あんたの持ってるもん全部よこすって。」
そう言いながら金太郎は男へ手を差し伸ばしていた。
「えっ……ああっ、全部やるよっ!!!」
差し出された手を見た男は顔をさらにくしゃくしゃにすると穴という穴から液体を流しながら金太郎の手を取る。
遅れた鬼人は金太郎と男の元へと駆け寄り、嬉しそうな顔をしながら、ニヤニヤと二人のことを見ていると後ろにいる鬼人に気づいた男は嬉しそうな顔を鬼人に見せ、何だか鬼人もさらに嬉しく感じる。
「へへっ…。」
「何だよ…。」
「別に何でもないよ、ただ不器用な人だと思って。」
ふんっと鼻で返事をする金太郎は少し照れ臭そうに鼻の下を指ですする。
それから三人は男に肩を貸しながら、男の村へと案内をしてもらう。
「そうだ…あんたの名前をまだ聞いてなかった。」
「あっしは田吾作って名前ですっ、貴方達は?」
「俺は金太郎…それからこいつは鬼人って言うんだ。…そういえば、俺達よりも先にここら辺をクマが通らなかったか?」
「熊…ですか?…ああ、あの山よりも大きな人語を話す熊のことでしょうか?」
「おう、その熊であってるよ。あの熊はまぁ、俺の飼ってる熊なんだが、そいつがなかなか帰ってこなくてよ。」
「そうだったんですね、どうりで礼儀正しいわけだ。」
田吾作から聞いた話によると熊座右衛門はのそのそと田吾作の前を歩いて行くと一言、
「どうも。」
と言いながらお辞儀をし、道を歩いて行ったとか。
熊に出会ってしまった恐怖なんかよりも人語を話していたことに驚き、田吾作は開いた口が塞がらなかったと言っていた。
「何でも人語を話す熊なんて今までで一度も見たことがなかったので開いた口が塞がりませんでしたよ。」
「…そりゃ……人語じゃなくて鳴き声だろうよ。その…彼奴は……変わった熊だから。」
「けど…確かにあれは…「いるんだよ、たまに変な熊が。俺はそれを気に入って彼奴を飼ってるんだ。普通に考えてみろよ。人語なんか熊が話せるわけないだろ。」
あれほど金太郎が熊に話すなと言っていたのに、熊は何を考えているのか金太郎には分からずに頭を悩ませていた。
それからも他愛のない会話を続けながら、三人は歩いて行くと道の先に熊が切り株に腰を下ろし、のんびりと魚にかじりついていた。
その姿を見た金太郎は呆れながら、頭を手で押さえると熊の方へと向かって歩いて行く。
その場で説教を始めた金太郎達を他所に鬼人と田吾作は軽く話をしていたが、なかなか金太郎の説教は終わりそうになく、田吾作は先に村へと戻り、鬼人達のことを説明すると言い、村へと戻って行った。
「だからよぉ、なんでお前は言うことを聞かないんだよっ!!!」
金太郎の大きな怒鳴り声が森に響き、いつまで経っても説教は終わりそうにない。
終いには熊までもが逆にキレ始め、二人は喧嘩を始めてしまった。
鬼人は退屈そうに切り株に腰を下ろすと森を眺める。
すると森の奥に小さな少女の姿が見えたが、瞬きをした瞬間、少女の姿は消えてしまった。
一瞬だったが、少女の姿には見覚えがあった。
忘れもしないあの少女はきっと…。
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