迷いの答え
その頃、洞穴の中では。
いつのまにか眠ってしまっていた鬼人は目を覚まし、焚き火を見つめる熊へ話をかけていた。
「なんであの人は…オラのことを助けたのかな…。あの人やお前には会ったことなんて一度もないはずなのに…。お前達は誰なんだ?父ちゃんの友達か何かなのか?」
何も言わずに熊はキョトンとした顔で鬼人の顔を眺めていた。
ここに連れてこられるまでずっと不思議に思っていた。
見ず知らずの相手を助けるこの人達は何者なのか、何故、自分達を守ってくれているのか。
聞いたところで答えなんか教えてくれないことは鬼人にも分かっていた。
「って熊が話すわけがない…か。はぁ…これからどうすれば良いんだろう…。父ちゃんや直義や椿は…無事なのかな…。」
寂しさを熊で紛らわそうとするが返事など返って来るわけでもない。
もしここに直義か椿がいてくれたら…。
そんなことを考えていると、
「今はそう信じるしかないと思います。」
と熊の方から声が聞こえてきた。
「…うん…そうだね………ん?」
一瞬だが、熊から声が聞こえたような気がした鬼人はジッと熊の方を見つめる。
「………。」
何も言わずにそっぽを向く熊は内心とてもヒヤヒヤとしていた。
危うく金太郎との約束を破ってしまうところだった。
「…気のせい…か。」
そういうと鬼人は熊から目を背け、焚き火の方を見つめ直した。
なんとか惚けることが出来た熊は安堵の息を吐きながら、また前足に顎を置き直し、鬼人と同じように焚き火の火を見つめ始めた。
あまりにも落ち込む鬼人を前にどう励まそうか考えていた熊はついつい口を滑らせ、禁止されていた言葉を発してしまったがどうやら上手くごますことができたようだ。
「危ない危ない…私としたことが…。」
…………。
「えっえええっ!!!!!」
驚きのあまりに鬼人は大きな声で叫んでしまい、慌てて熊は前足で鬼人の口を塞ごうとする。
だが、熊の前足は思っていた以上に大きく鬼人の顔全体を覆ってしまった。
「ぶっ!?」
鼻と口が塞がれた鬼人はカエルが潰れたような声を出すと体をプルプルと震わせ、熊の前足から逃れようと暴れだす。
「大きな声を出さないこと…守れますか?」
コクコクッと首を縦に動かすと大きな熊の前足は鬼人の顔から離れていく。
驚き目を見開く鬼人の顔には砂や泥でできた手形、足跡のようなものが出来上がっていた。
「ゲホッ…ケホっ…はぁ…死ぬかと思った…。」
「すいません…ですが貴方の声があまりにも大きすぎて。あれではもし外に誰かがいたら聞かれてしまいます。」
「だとしても…そんなふうにしなくても…。」
顔からはまだ固い前足の感触が残っている。
「熊は…「私は熊座右衛門と言いいます。」
熊にもちゃんとした名前というものがあるんだな、と変な感心をしてしまった。
「熊座右衛門はいつから言葉を話せるんだ?」
「そうですね…金太郎殿と会ってからでしょうか。彼が意思疎通を取るために私に人語を教えてくれたのです。」
教えたところでこんなにも話せるものなのか、鬼人は不思議に思う。
「まぁ、そんなにおかしい話でもないでしょう。この世にはもっとおかしなことがあるんですから。」
そう言われればそうだが、熊が人語を話すのは別だと鬼人は心の中で思った。
「何で会ったときに言葉を話さなかったんだ?」
「今みたいに驚かれてしまうからですよ。それに人語を話す熊は不気味で気味が悪いと金太郎殿に言われてしまって禁止されていたんです。」
確かにその通りかもしれない。
不気味で気味が悪いかはさておき、人語を話す熊などいるなんて誰も思わない、驚かれて当然だろう。
「だとしてももっと早く教えてくれてもよかったのに…。」
「私もそう思ったんですけどね…。」
少しだけ、悲しそうな瞳で熊は焚き火を見つめる。
鬼人にはその姿がとてもおかしく見え、思わず笑みが浮かぶ。
笑みを浮かべる鬼人の姿を見て、熊座右衛門も同じように笑い出し、二人ともさっきまでのしんみりとした空気を吹き飛ばすほどの大声で楽しそうに笑い出した。
「世の中には不思議なことってあるんだな。父ちゃんにも…教えてあげたかったな。」
「そうですね…私も一度でいいから話をしてみたかったものです。」
まるで鬼助のことを知っているかのように熊は答えてしまい、少しだけ鬼人は熊座右衛門のことを不思議に思ってしまった。
「熊座右衛門は父ちゃんのことを知ってるのか?」
「あっ…いえ、知りませんよ。ただ、鬼人を見ているととても優しい方だったのだろうと思いまして…。」
咄嗟に嘘をつき、この場をごまかそうとすると鬼人は熊の言葉を何の疑いもなく信じる。
「ああ、父ちゃんは優しくて面白くて…強い鬼なんだ。オラにとって父ちゃんは最強の鬼。だから、きっと生きてるって…オラは…。」
「そうですね、きっと……。」
少し悲しそうな表情をし、熊は言い止めた。
何故、熊は生きていると言ってくれないのか。
その続きの言葉を言ってくれさえすれば鬼人は少し希望を持つことができたかもしれない。
「なぁ…オラこれからどうしたら良いのかな。本当は父ちゃんや直義、椿や河童の爺ちゃんのことを探したいって思ってる…けど、怖いんだ。もし、みんな死んでたら…って思うと。怖くて堪らないんだ。」
涙目になりながら、弱気な鬼人を前に熊は目を瞑ると話を始めた。
「……私の知り合いにも鬼人殿と同じような体験をしたお方が一人います。彼も家族と友を失い、貴方と同じように落ち込み、自分を責めていました。大切な人を守ることができなかったのは自分の性だと…。」
「…その人は…それからどうしたの?」
「彼は…答えを探しに旅に出たんです。」
「答え?」
「ええ、自分はこれからどうすれば良いのか、何をしたら良いのか、探すための答えを探しに。」
「それで…その人は答えを見つけたの?」
「さぁな、絶賛探し中だ。そんなことよりも身体はちゃんと休めたのか?」
洞穴の入り口の方を見ると金太郎が壁に寄りかかりながら鬼人達のことを見ていた。
「私は充分、休めしたよ。鬼人殿は?」
「…オラも…大丈夫。」
「そうか、ならそろそろ行くぞ。これから死ぬほど歩くことになるからな。ちゃんとついてこいよ。」
そう言うと二人の準備が終わるまで金太郎は入り口で外の景色を眺めながら腰を下ろす。
「ねぇ…さっきのは…本当?」
後ろから鬼人が熊一匹に準備を任せ、金太郎の隣へと座り込む。
「…本当のことだよ。俺のことを知っているのはそこの毛むくじゃらのお節介やろうを除いて誰もいない。みんな死んじまったからな。まぁ、最初はお前みたいにウジウジしてたけど、そんなんじゃ、死んだあいつらに笑われちまうからな。俺は前に進むことにした。」
「貴方は…「金太郎でいいよ。」
「金太郎は強いんだね…。」
「当たり前だろ。俺よりも強いやつなんかここら辺じゃいねぇよ。だって俺は…最強の………金太郎様なんだからな。」
「最強の…金太郎…なんか…あんまりカッコ良くはないんだね。」
「なっ…かっこいいだろうがっ。なぁ、熊っ?」
金太郎が熊にそう聞くと熊は
「……二人とも…そんなことよりも片付けを手伝ってやくれませんかね…。さっきから私しか動いていないんですよ…。」
と言いながら一人、寂しそうに袋の中に鍋やら器を仕舞い込んでいた。
「…あっ……わりぃ。」
「…うん…。」
一人、寂しく片付けをしている熊の元へと駆け寄ると鬼人と金太郎は熊を手伝う。
そして、三人により道具は早く片づけられ、洞穴の入り口に立ち、顔を見合わせた。
「よし、旅の支度は完了したな。あとは…鬼人…おまえ次第だ。」
「えっ?」
「おまえはこれからどうするのか。俺達と旅に出るか、それとも家に帰るのか。決めるのはおまえだ。もし、家に帰るのなら俺達はおまえを家にまで連れて行く。もし、旅に出たいって言うのなら、このままついてこりゃいい。そんで…おまえの考えは?」
「オラは…。」
二人の顔を見ると鬼人は自分の意見を口にした。
「旅に出るっ。このまま家に帰ってもきっと誰も救うことができないから…だから、オラはみんなを救う旅に出る。椿や直義、それから父ちゃんやカッパを助けに旅に出るんだっ。」
自分で導き出した答えを聞いた金太郎と熊は嬉しそうに顔を見合わせると
「よっしゃっ、そんなら先に進むぞっ。なぁに、この先にどんな脅威が待ち受けていたとしても関係ない。俺達三人がいりゃ、乗り越えられる。だってよ、俺達は最強なんだからよっ!!」
「…そうですね、私達が命に変えても鬼人殿のことを守って見せましょう。」
「うんっ、これからよろしくなっ。金太郎に熊座右衛門っ。」
こうして三人は再び旅を始める。
この先にどんなものが待ち受けているかはわからない。
だが、この三人ならばきっと乗り越えられる。
鬼人はそう確信し、二人の後をついて行く。
「あっ…そうだ。これから村をいくつかよるかもしれねぇからな。そん時におまえが鬼の半妖だとバレたらちと面倒なことになるかも知れん。だからこれ頭にまいとけ。」
金太郎は腰につけた袋から手拭いを取ると鬼人の頭に巻き付けた。
「なんだこれ?」
「ただの手拭いだよ。おまえのツノを隠す為にまいとけ。」
鬼人はこの時に気付いていなかったが、手拭いには大きな文字で金と書かれていた。
熊と金太郎は手拭いを巻いた鬼人の姿を見て、ニヤッとすると二人は歩きだし、そして鬼人も二人を追うように歩きだした。
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