灰空

五日後。

灰色の空から地面へと雨が降り続ける。

地面の土は水分を吸い取り、柔らかくなっていく。

そんな土には人間の足跡が二つと動物の足跡が一つ、洞穴へと続いていた。

ボツボツッと木材の焼けていく音が聞こえ、洞穴の外からは雨の雫が木や地面へあたり跳ね返る音が中に響き渡り、どんよりとした重たい空気が洞窟の中に漂っている。

そんな静かな洞穴の中には鬼人が一人で焚き火の前に座り、体を温めていた。

「………。」

風に揺らぐ炎を眺めていると頭の中に鬼助や直義、それから椿と河童の姿が浮かび上がる。

あれから全員の消息は途絶え、今は何処にいるのかさえも分からない。

生きているのか、それとも死んでいるのかさえも。

何故、こんなことになってしまったのか。

嫌な考えが頭の中をぐるぐると回りだし、何も考えずにいようとしてもふとした瞬間にみんなの顔や声が鬼人の頭の中に現れ、寂しさだけを感じるようになってしまった。

「………。」

そんな落ち込んでいる鬼人を洞穴の入り口で熊が体を休めながら見つめている。

熊も鬼人のことが心配なのだ。

鬼人はまだまだ幼い子供だ。

そんな子供が突然、すべてを奪われ、命を狙われかけている。

きっと平静を保つことができないのは当たり前のことなのだろう。

だが、熊には鬼人にかける言葉が見つからなかった。

連れ去られたかもしれないみんなは生きている。

そんなことは口が裂けてもいえなかった。

みんなが生きている確証など何もない。

それにすでに河童が亡くなっていることは青年から聞いていた。

それなのに平気で嘘をつくことなど熊にはできなかった。

まさか、こんなことが起きてしまうなんて。

青年が言っていたように運命と言うものは簡単には変えることができない。

頭では分かっていたつもりだったのに…だが、ここまで何もできないとは。

自分達がしようとしていることは全部無駄なことなのかもしれない。

そんなことはないはずだと必死に自分に言い聞かせるが、それでも嫌な考えとは頭に浮かぶもの。

気晴らしに洞穴の外を眺めると、外から穴の開いた傘を差した誰かがこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。

一瞬、警戒するが匂いを嗅ぐと熊は何事もなかったかのようにまた丸くなる。

外から歩いてきていたのは青年だった。

穴の空いた傘を閉じると、地面へ投げ捨て、青年は焚き火の前で座り込む。

「………身体はあったまったかい?」

「………。」

鬼人は青年の言葉に返事を返さずにジッと炎を見つめていた。

そんな鬼人から目を逸らすと大きなため息を吐き、身体を横にする。

鬼人の不安、それから心細さは青年にも分かっていた。

過去に青年も鬼人と同じような目に遭ったことがある。

その時は、ひどく落ち込み、食事も思うように食べることができずにただ無駄に時間だけが過ぎていった。

友と呼べる相手もおらず、慰めてくれる人もいない。

ずっと一人で孤独に悩んで生きてきた。

だからこそ、鬼人に何か言葉を言ってあげたかった。

「まぁ…なんつぅか…。」

「……いいよ…無理して慰めようとしなくたって。」

そう言うと鬼人は身体を横にし、青年とは反対方向を向きながら目を瞑る。

今は誰とも話をしたくない気分なのだろう。

「そうか…それならゆっくり休んどけ。明日にはここから移動するからな。」

焚き火で身体を温めた青年は立ち上がると熊の元へと移動する。

そして、二人は顔を見合わせることなく、外の雨を眺めていた。

「それで…あの子は?」

「酷く落ち込んでるよ。まぁ、俺にも気持ちは分かるがね。」

「やっぱり、私も何か言ってあげたほうが…。」

「やめとけよ。ただでさえ、人語を話す熊は気持ちが悪いのに。彼奴の気分が悪くなったらどうすんだよ。」

青年の言葉に熊は鼻で笑うと、大きな欠伸をする。

「お前も向こうで休んでこいよ。外のことは俺が見といてやるからさ。」

「…そうですね、少しだけ休ませてもらいます。」

熊はノソノソと起き上がると焚き火の近くへいどうし、丸くなると目を閉じる。

何となく、熊にも分かっていた。

青年も鬼人と同じように一人になりたかったのだと、今回の出来事は気分の良い出来事とは違う。

力が及ばなかった自分達がさらなる混乱を招いてしまった元凶になってしまったのかもしれない。

運命の分岐は正史通りには進まずに道を外れてしまった。

これから先、起ころうとしている悲劇は話に聞いていた以上の悲劇が待っているかもしれない。

だが、力を貸すと決めた以上は逃げ出すことなんか許されるはずもない。

青年はこれからどうするのだろうか。

今の青年は鬼人と同じように混乱している。

それをどう支えていかなければいけないか、熊は考えながら焚き火に暖まっていた。

そして、熊と同じように青年も外の景色を眺めながら、これから先のことを考えていた。

離れ離れになってしまった仲間達を探しに外に出かけていたが、痕跡すら探し出すことができなかった。

約束していた場所には誰もおらず、消息すらわからずにこのまま下手に動いてしまえば悪い結果を招いてしまうかもしれない。

もうこれ以上の犠牲者は出したくなかった。

何か打開策はないかと考えていると洞穴から少し離れた位置に急に雷が落ちるのが見えた。

慌てて身体を起こすと後ろを振り返る。

後ろには雷の音を聞いた熊が歩いてきていた。

「今のは…まだ生きていたようですね。」

「ああ、そうみたいだ。鬼人のことを任せても良いか?」

「ええ、もちろん。」

頷く熊に鬼人のことを任せ、青年は傘を拾うと雷の落ちた方へ向かって走っていく。

するとそこには、

「遅かったな…金太郎。」

鬼人や鬼助達を襲った男が立っていた。

男は青年と目を合わせると名前を呼んだ。

金太郎、それが青年の名前だった。

「遅かったな…じゃねぇよ。そんで…その傷は?」

男の目を覆い尽くすように布が巻かれ、布には赤い血のようなものが滲み出ていた。

「ただのかすり傷だ。それよりもお前は今、誰と共に行動している。」

「鬼人と熊座右衛門だよ。残念だけど他の奴らは…。」

「そうか。」

それから男は金太郎へ何が起きたのかをすべて説明した。

説明を受けた金太郎はポリポリと頭を掻くと腕を組み、険しい表情へと変わっていく。

「…それは真実なのかい?」

「ああ、私が実際にこの目で見た。私達の動きがバレていたのも…私が話をしていた通りに物事が進まなかったのも全部…奴の仕業だろう。」

「ってことは…俺達は奴の掌の上で踊らされてた…ってわけか…。」

苛立ちを隠すことのできない金太郎は木に向かって思いっきり拳を打ち付ける。

拳を打ち付けた場所には金太郎の拳の跡がしっかりと刻み込まれていた。

「そんで…お前はどうするつもりだ。その傷じゃ…下手には動けねぇだろ?」

「…この傷のことならさっきも話した通り、ただの擦り傷だよ。こんなもの放っておけばすぐに治る。だから、私の心配は要らん。それよりも今は自分の身のことを考えたほうがいい。奴が何を仕掛けてくるのか、現状からでは何もわからない。」

「面倒なことになっちまったな。」

二人の間に沈黙が訪れ、雨の音だけが響き渡る。

自分達の考えが甘かったせいで最悪の事態を招いてしまった。

そのことを二人は自覚していた。

「黙っていてもしょうがねぇか…。俺は自分の身が守ることのできるように鬼人を鍛え上げ、拐われた椿を取り戻そうと考えてるが…。」

「それで構わん。こちらには奴らに比べて戦力が乏しい、今奴らに攻め行った所で勝つことはできんだろう。それならば今はジッと耐え仲間を集め、情報を得るほうが先決だ。鬼人のことを頼めるか?」

「任せてくれ。まぁ、今の彼奴は酷く落ち込んで入るがそのうち、自分の中で覚悟を決めて吹っ切れるだろしな。」

「そうだな…。では、私はやらねばならないことがあるから行くことにする。」

「ああ、分かった。そんで次に落ち合うのは?」

「…準備が出来次第、私から会いにいくよ。」

そう言うと男は金太郎の前から立ち去った。

やるせ無い気持ちのなか、金太郎はその場に座り込み、空を見上げる。

空には灰色の雲が浮かび上がり、どんよりとしていた。

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