旅の始まり
その頃、鬼人や直義たちは。
「もっと早う走れっ!!!」
河童の焦りを感じさせる声が森中に響く、その声は熊に向けられた声だったようで熊も河童の指示に従い、精一杯に走っていた。
「爺ちゃんっ、なんかおかしいよっ。さっきから同じ場所をぐるぐる回ってる気がするんだっ。」
熊の背にしがみつきながら子供達が周りの様子を確認しながら伝えてくる。
河童にもそのことは分かっていた。
鬼助と別れてから、河童達は熊を見つけ、森を抜け出そうと走っていた。
だが突然、奇妙な歌が聞こえたと思うと辺り一面が霧に包まれ始め、何処へ逃げようとも必ず同じ場所へと戻されてしまっていた。
「熊よっ、お主は何か感じるかっ。」
その場に止まると熊は鼻を鳴らし、森の中をじっと見渡す、鬼人達も同じように辺りを見渡すが人影一つ見えず、霧のせいでなにも見えない。
「爺ちゃんっ、何なのさこれはっ。」
「…さっきから何者かの気配を感じるんじゃ…ただ、気配を完全に隠しておる。恐らく…これは隠し神と言う妖の仕業だろう。」
「隠し神?」
「うむ、霧を扱い、姿を隠し、人をさらう妖じゃ。隠し神が何故、我々のことを狙うのか…彼奴は自身の祠から離れることはできないはずなのだが…。」
急に熊の背に乗っていた椿の叫び声が聞こえ、一同は声の方に振り向く、だがそこにはさっきまで鬼人の隣にいたはずの椿の姿が見えなくなっていた。
「椿っ!!」
椿がいなくなり取り乱した直義は熊の背から飛び降りると霧の中へと向かって走り出そうとする。
「バカもんっ、止まれっ!!!」
河童の引き止める声も虚しく直義の姿は霧に消え
てしまった。
「爺ちゃんっ!!!」
直義や椿がいなくなり、どうすればいいのか分からなくなってしまった鬼人は河童へと叫ぶ。
「くっ…ダメじゃ、霧が濃すぎて何も見えん。それに妖の気配も探ることができん…。このままじゃ、全滅するのは時間の問題じゃ。鬼人よっ、お前は熊に乗り、このまま先へと進むんじゃっ。わしはあの子供達を助けにいく。…熊よ、鬼ヶ島の場所は分かるな…そこへ鬼人を連れていくんじゃ。」
「待ってよ、河童の爺ちゃんまでいなくなったら…オラは…。」
「安心せぃ。必ず、彼奴らを助けてみせる。」
熊と河童は顔を見合わせると頷き、そして熊は鬼人を乗せ、先へと進んだ。
「そんなっ…ダメだよ…。爺ちゃんっ!!!」
鬼人には胸騒ぎがしていた。
このまま別れてしまえば鬼助だけではなく、河童にも会うことができなくなってしまうかもしれないと。
だが、熊は鬼人を乗せたまま先へと走る。
後ろを振り返り、手を伸ばす鬼人からは河童の姿は目で見えなくなり、霧の中に姿を消していった。
「止まってっ、河童の爺ちゃんがっ!!!」
必死に止まるように熊に伝えるが熊は何も反応せずに走っていく。
ダメなんだ…このままじゃ、みんな…。
どんどん先へ進もうとする熊の背から鬼人はみんなを助け出すことを心に決めると熊の背から立ち上がり、そのまま地面へ降り立とうとする。
だが、鬼人の考えていたことが熊にも分かっていたようで鬼人が空を飛んだ瞬間に熊は振り返り、首元を噛み、そのまま鬼人を先へと連れて行く。
「離してっ、離してよっ!!!」
ジタバタと暴れるが手足の短い子供ではどうすることもできずに無理矢理に連れて行かれるしかなかった。
その時だった。
突然、後ろから河童の叫び声が聞こえてくる。
どうすることもできない自分に怒りが湧き、鬼人は下唇を思いっきり噛みしめ、鬼助から託された石を両手でギュッと握りしめる。
もっとオラに力があれば、父ちゃんのように強ければ、みんなを救えたかもしれない。
こうなってしまったのは自分のせいだと自分を責め立てると胸の石から黒い光が掌の中から溢れ出す。
鬼人の様子がおかしいことに気づいた熊は足を止め、鬼人のことを地面に下ろす。
熊の目に映ったものは額に青筋を立てながら牙を剥き出しにし、血の涙を流していた鬼人の姿だった。
このままではまずいと感じた熊はもう一度鬼人の首元を噛むと鬼人の身体を地面へと投げつけ、正気を取り戻そうとする。
だが、鬼人は両手を地面につけ、態勢を整えるとそのまま一直線に河童達の元へと向かって走り出してしまった。
「……まったく、貴方って人はどうしてここまでバカなんですかっ。」
走り去って行く鬼人の姿を見ると熊は呆れながら禁止されていた言葉を口にし、鬼人の後を追いかけて行く。
「うぅっ…がっ…。」
呻き声にも聞こえる声を出しながら鬼人はさらに先へと走っていく。
だが突然、鬼人の体は後ろから何者かに蹴り飛ばされる。
「ぐぎゃっ!?」
勢いのつけた鬼人の体は地面を跳ね、身体を転がしながら、ドンっと大きな木に背中を打ち付けた。
「………。」
足音が近づいてくるのが鬼人には分かる。
その足音は力強く、堂々としている。
「そんなに死に急ぐことなんかねぇよ。今お前が助けに行ったところで何もできないことはお前にも分かってんだろ?だったら、今は…我慢しろ。」
「が…まん…。そんな…の無理だよ。だって今助けなきゃ…みんな死んじゃうんだっ。河童の爺ちゃんも直義も椿も父ちゃんもっ!!!みんなみんな会えなくなっちゃうかもしれないんだっ!!!」
声の主は鬼人の首元を掴むと自分の頭と同じ高さまで持ち上げる。
そのおかげで鬼人にはしっかりと相手の顔を見ることができた。
怒りに我を忘れた鬼人を止めたのはあの時、すれ違った奇抜な髪型をした青年だった。
青年は持ち上げた鬼人の額を自分の額へと押し当てる。
「会えるさ、必ずな。この俺が保証する。だから今は我慢しろ。そして、今よりも強くなって全ての元凶をお前がやっつけるんだ。お前には力がある。人間と鬼の半妖なんだろう。人の心も鬼の心も携えたお前なら必ず、みんなを助け出すことができる。だから、俺を信じろっ。」
「………ダメだよ…それじゃ、遅いんだ。このままじゃ、全部が手遅れになる。だから…オラは…。」
鬼人の首元から手を離すと青年は思いっきり鬼人の腹をぶん殴る。
生きてきた中でこんな痛みを受けたことがない鬼人は息をすることができなくなり、胸を押さえると地面の砂を握りしめながら意識を失ってしまう。
すると禍々しい光を発光していた石は静かに元へと戻っていく。
光がなくなると同時に鬼人の姿も元の姿へと戻って行った。
意識を失った鬼人の前で青年が座り込んでいると、
「……良かったんですか…。」
と後ろから熊の声が聞こえてくる。
いつのまにか熊も鬼人の元へ辿り着いたようだった。
「ああ、これでいいんだ。こいつの言うことは合ってるからな。ただ、もう手遅れなんだ…何もかもがな。ここにくる途中で河童の爺の元へ駆けつけたんだ。だが、あそこには……死体が一つ転がっていただけだった。」
「なっ…!?」
驚く熊を他所に分かっていた口振りで青年は話を続け、悔しさを隠せず、地面に自分の拳を叩きつけた。
「分かってた…分かってたはずなんだ…。それなのに…止められなかった。運命ってのは簡単には変えることができないようになってる……そのことが思い知らされたよ…。ったく…これじゃ、何のためにこっちに来たのかわかんねぇよな。」
「それじゃ、あの人は無事なんですかっ!?」
「分かんねぇよ、彼奴も襲われたみたいだからな。だから、ここからは俺達は俺達で彼奴らとは別に行動することに決めた。」
不安を隠すことができない熊を横目に青年は鬼人の身体を持ち上げると歩き出す。
「…どこへ行くつもりですか?」
「まずはここから離れた方がいいに決まってんだろ。ここにはまだ奴らの手下がうろつき回ってる。だから、取り敢えずは行き当たりばったりで行くぞ。なぁにそんな顔すんなよ…。いつものことだろう。ほら、お前もついてこいよ。」
全ては順調に物事が進んでいくはずだった。
救える命は救い、死を免れさせる。
それが青年へ与えられた使命だった。
だが、救えぬ命もある。
そのことを改めて身に知らされた。
「俺達の行動が…バレてるのかもしんねぇな。だとするとあちらさんにも…俺達と同じことを考えた奴が…。」
ポツリと呟く青年の言葉に耳を傾け、熊は後をついて行った。
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