かっこいい父親

「おめーらすぐに俺から離れろっ!!!」

目の前にいるこの男からはただならぬ物を感じた鬼助は男を視線から外さずに子供達へと叫ぶと子供達は鬼助の言うことを聞き、すぐに鬼助の元から離れ、倒れている河童の元へと向かって行った。

「鬼助よ…石を渡してくれ。そうすれば私はここから去ろう。」

走って行く子供達のことに目もくれず、男はゆっくりと鬼助へと近づいてくる。

武器も何も構えずに近づいてきているはずなのにこの男からは隙がなく、尋常じゃない程の汗が鬼助から噴き出してくる。

「オメーみたいな奴の言うことなんて信じることはできねぇよ。」

鬼人に渡したあの石がこの男の手に渡ってしまえば、きっとこの男は用のない、自分達を殺そうとするだろう、鬼助はそう考えていた。

「そうか…それは残念だ。出来れば……たにこんなことをしたくはなかったのだが…。」

背中に手を回すと背に背負っている太刀の柄を握り、鞘から刃を抜いていく。

そして、刃の先を鬼助へと先を突きつける。

「…なんて物騒なもん持ってやがんだよ…。」

抜かれた太刀は六尺程の長さをし、人を斬るには大きすぎるほどの太刀だった。

ただあれほどの大きさの太刀を常人が扱えるとはとてもじゃないが思えない。

「自分の身の丈に合ってない刀なんか使って勝てるとでも思ってんのか?」

男は鼻で鬼助のことを笑うと鬼助の腹に痛みが走る。

「っ…これ…は…。」

決して男から目を逸らさずに一瞬の動きでも対応しようとしていた。

そのはずだったのに鬼助の腹には小さな切り傷ができている。

「次は容赦はしない。本気で殺すぞ。」

ただのハッタリなんかではない。

この男の実力は鬼助の考えていたよりもさらにその先をいっている。


冗談じゃねぇ…こっちは温羅との戦いで体力を消耗しているってのに…。


まだ身体は不調子のまま、本調子を取り戻してはいない。

このまま戦えば確実に負ける。

ありとあらゆる対策を考えるが、この男の前では何もかもが無意味かもしれない。

そう感じさせるほどの強さを男から感じていたのだ。

だが、ここで諦めてしまえば、鬼人、直義、それから椿を危険な目に合わせてしまうことも分かっていた。

迷っている場合ではない。

「…くそっ、だったらやるしかねぇ。」

鬼助は覚悟を決める。

全てをかけて大切な子供たちを守る覚悟を。

「お前が誰だか知らんが、鬼人や直義達は俺にとって大事な息子達だ。絶対にお前になんかは渡さん。お前が何を言おうとも何を考えようとも俺は全力で…彼奴らの父として…この命果てるまでお前と戦ってやるっ。」

「……そうか…お前の覚悟…確かに伝わった。だが、それはそれで残念だ。お前のような心の優しき鬼をここで…仕留めなければならんとはな。」

男は見逃してくれるわけがなく、鬼助へと殺気を放つ。

奴の攻撃は目で捉えることができなかった。

それならば、すべての感覚を研ぎ澄まし、予測するしかない。

「……ふぅ。」

静かに大きく息を吸い、呼吸を整える。

そして、心臓の鼓動が鳴り出した瞬間、鬼助は地面を蹴り上げ、男の元へと飛んだ。

「うぉぉぉぉおおおっ!!!!」

温羅にくらわせた渾身の一撃を目の前にいる男にもくらわせてやろうと拳を握る。

だが、男は目を閉じると一瞬で鬼助の前から消えた。

鬼助の渾身の一撃は空をきり、不発に終わる。

すぐさま態勢を整え、男を探すがどこにも見当たらず、急に脇腹に痛みがはしる。

「ぐっ!?」

あまりの苦痛に顔が歪み、地面へと膝をついた。

「鬼助…諦めろ。温羅との戦いで疲労し切った体では勝てるわけがない。」

「残念だが…俺はなぁ…諦めが悪りぃんだよ…。だからよぉ…俺は…諦めねぇ…ぞ。」

口では強がるが男の言う通り、身体は限界だった。

温羅との戦いで体力は使い果たし、こうして立っているのが精一杯、だがそれでも鬼助は戦わねばならない。

鬼助の後ろには大切な子供達がいるのだから。

「父ちゃん…。」

子供達の声が聞こえる。

その声からは不安を感じられた。

無理もない、鬼助の体はボロボロになり、余裕など見られなかったからだ。

それでも鬼助は口元をニヤリとさせ、腕を上げる。

「俺はまだまだ大丈夫だぜ…。」

鬼助はそう言うと力こぶを見せつけるように腕を掲げた。

「そうだよ、鬼助は俺達の父ちゃんだ。あんな奴に負けるわけがないっ。」

直義が鬼人や椿を安心させようと声を出すのが聞こえる。


あんなこと言われちゃ…父親としてかっこいいところ…見せてやらなきゃな…。


頭を地面すれすれへと近づけると大きく体をのけぞらせ、

「うううぉぉぉぉおおおっ!!!!」

体の底から声を出しながら鬼助は地面を蹴り上げる、グンッと鬼助の速さは増し、目の前の男へと襲い掛かかった。

温羅との戦いで疲労し切った体は悲鳴をあげ、思うようには動かない。

だがそれでも鬼助は言うことの聞かない身体を無理矢理に動かしながら男へと攻撃を繰り出す。

「………。」

男は鬼助の攻撃を完全に避けることもできた。

だが何故か、鬼助の攻撃をかわそうとはせずにワザと全ての攻撃をもらい受ける。

そのことに鬼助も薄々、感づいていた。

「何のつもりだ…。」

「………っ。」

何も答えようとはしない男を鬼助は全力で殴り飛ばす、男の体は地面を転がり、森の中へと飛び込んでいった。

その隙に意識を取り戻していた河童は慌てて鬼助の元へと走り寄る。

「鬼助っ、大丈夫かっ。」

「あぁ…なんとかな。それよりも今すぐに鬼人達を連れてここから離れてくれ。そして、必ず青鬼の元へと連れてってくれ。」

「………お前さんはどうするつもりじゃ。あの男はお前よりも強いぞ、このまま戦えば間違いなく…。」

鬼助の姿を見た河童はそれ以上、何も言わずに言葉を呑み込んだ。

「……それは俺にも分かってる。このまま戦ったところで勝ち目なんかない。けどよ、それでも俺はガキの前じゃ、かっこつけてぇんだ。彼奴らは俺のことを最強の鬼だと思ってる。それなら、最後まで最強の鬼でいさせてくれや。」

痛々しい姿で鬼助は河童に笑顔を見せる。

そんなことを言われてしまえば河童はこれ以上何も言うことができなかった。

「…バカもんっ…何が最強の鬼じゃ…そんな…ボロボロの体をしおって…。」

鬼助の姿を見た河童は死を悟る、鬼助の体には無数の傷があり、その傷は鋭く深く、鬼助の身体を蝕み、命を削り始めている。

「お前さんの覚悟は伝わった。わしは子供達を連れてここから離れることにする。命に変えてでも子供達を青鬼の元へと連れて行こう。」

「…約束だぜ…じじぃ…。」

鬼助の声は今にも消えてなくなりそうな声だった。

それから河童は子供達の元へ向かうと森の中へと歩いていこうとする。

だが、鬼人や直義たちは言うことを聞かずに、立ち止まり、振り返った。

「父ちゃんっ!!!」

三人は大きな声で鬼助の名を呼ぶ、その声に応えるように鬼助は大きく手を挙げ、親指を立てた。

「さて…これで彼奴らのことを心配することはねぇ。俺は目の前にいるあの男を止めるだけでいい。簡単なことだ、何も難しいことじゃねぇ。俺ならできるさ。」

何度も自分に暗示をかける。

俺ならできる。

奴を止めることなど容易いことだ、と。

だが、いつまで経っても男は目の前には現れなかった。

不審に思った鬼助は吹き飛ばした男の方へと歩いていく。

すると突然、茂みの奥から音が聞こえ、男は鬼助の目の前に飛んできた。

その姿は先ほどの余裕そうな表情ではなく、額からは汗を流し、息を荒くしている。

鬼助の方をチラッと横目で見るとすぐさま太刀を森の方へと向けた。

「一体、何が起きてやがるっ。」

「鬼助、一時休戦だ。今は手を貸してくれ。」

男が何を言っているのか、分からなかったが森の奥からただならぬ気配を感じ、状況を理解した。

「…まさか、俺の他にも石を狙っていた相手がいるとはな。」

スタッスタッと森の奥から足音がし、声が聞こえてきた。

鬼助はその声に聞き覚えがある。

「……何で…テメェが。」

「久しいな…鬼助よ。」

森の奥底から現れたのは鬼助よりも深い紅色をした、鬼ヶ島を治めている長、鬼童丸だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る