死闘

鬼人達が洞穴へと逃げている間、鬼助は温羅と死闘を繰り広げていた。

「ほぅ…どうやら腕はなまっちゃいないらしいなぁぁあっ。」

襲いかかってくる温羅の攻撃を避けながら、鬼助は反撃をする。

だが、猪が機敏な動きで鬼助の攻撃をかわすために温羅自身には攻撃が届かない。


くそっ、じゃまくせぇっ。


打開策がないか考えている間に一瞬の隙をつかれ、温羅の攻撃により鬼助の金棒は弾かれてしまう。

「しまっ…!?」

武器を失った鬼助に致命傷を負わせようと温羅は猪を突進させた。

迫りくる猪の突進をどうするか考えた結果、鬼助は地面をしっかりと踏み込むとドンっと腰を低くし、両手を前に構える。

「サシで喧嘩すんのにこいつはいらねぇだろ。こいつはそこで倒れててもらおうかァァァァッ!!!!」

突進してきた猪の牙を掴み、自分よりも大きな巨体を持ち上げるとそのまま地面へと投げつける。

猪の体が持ち上げられてすぐに温羅は猪から飛び降りると地面へ着地し、鬼助の方を向く、だが温羅の視界に入って来たものは鬼助の大きな拳だった。

「油断してんじゃねぇぞぉぉっ!!!」

温羅は間一髪のところで首を横に逸らし、拳をかわし、鬼助の拳は空を切るがすぐに鬼助は温羅の後頭部を掴み、自分へと引き寄せる。

そして大きく身体を後ろへ逸らすと頭突きを喰らわした。

「ぐっ…。」

温羅の口から苦痛による呻き声が聞こえる。

「まだぁまだぁっ!!!」

頭突きにより、怯んでいる温羅の体を掴むと地面へと叩きつけ、鬼助はそのまま温羅の上へ馬乗りになり、温羅の顔面へと拳を何度も振り下ろした。

「うぉぉぉぉおおおっ!!!」

身体の奥底から声をあげ、拳に力を入れる。

何度も殴られ、温羅の顔は額の肉が裂け、口からは血を流している、それでも鬼助は構わずに拳を振り下ろした。

渾身の一撃をくらわせたはずだった。

だが、温羅はニヤリと笑い出す。

「あっはっははははははっ!!!!やっぱりこれだよっ!!!これが鬼の喧嘩よォッ!!!!!」

馬乗りになっていた鬼助の身体を跳ね飛ばし、温羅は攻撃などまるで受けてなどいなかったかのようにすくっと立ち上がる。


ったく…あれだけ殴ってんのに…ピンピンしてやがるぜぇ…。


倒せるものなら温羅を早くに倒したかった鬼助は最初から全力を出して戦っていたのだが、逆にその行為が温羅を楽しませてしまっていた。

「この俺が血を流したのなんていつぶりだよ。なぁ鬼助っ!!!」

「そんなもん…俺が知るわけねぇだろうがっ!!それよりもどうしてお前が人間と手を組んでんだっ?」

鬼助には温羅が人間と手を組むなんてことが信じられなかった。

あの人間嫌いの温羅が人間と手を組むなんて。

「ただの暇つぶしだよ。それよりも早く続きをしようゼェッ!!」

拳をギュッと強く握りしめると温羅は構えをとる。

「くそっ…こんなことしてる場合じゃねぇって時にっ!!」

温羅と同じく鬼助も拳を握り、構えをとる。

全力を出しても温羅に致命傷を負わせることができなかった。

温羅に勝つためには己の限界を超えて戦わなければならない。

二人は構えたまま、しばらく動かず、時間だけが過ぎていく。

先に動き出したのは温羅の方だった。

森の中に響き渡るほどの雄叫びを上げながら鬼助の元へと走りだす。

鬼助は温羅を待ち構えるために一歩後ろへ下がろうとするが地面には弾き飛ばされた金棒が落ちており、足を引っ掛けてしまう。

「ヤベェッ!?」

鬼助の頭の上からブンッと音が聞こえる。

不幸中の幸か後ろへよろけたおかげで温羅の拳を避けることができた。

鬼助はすぐさま、落ちていた金棒を鬼助は手に握ると尻餅をついたまま温羅に向かってなぎ払おうとする。

だが、金棒をなぎ払おうとした瞬間、温羅の脚が金棒を踏みつける。

そして、温羅は鬼助の顔面へと拳を振り上げた。

なんとか上半身を逸らし、温羅の拳を避けると地面の砂を握りしめ、温羅の顔に向かって投げつける。砂は温羅の顔面に直撃し、鬼助は温羅の視界を奪うことに成功した。

「オラっ!!!」

今度は鬼助が温羅の顔面へと拳を入れる。

「くっ……。」

拳は温羅の顔面へと直撃し、温羅は後ろへとよろめいた。

もう一発渾身の拳を温羅に向かって振り上げる。

「しゃらくせぇっ!!!」

拳が迫ってくるにもかかわらず、温羅は体を鬼助に密着させ、拳を防ぐと鬼助の髪の毛を掴み、頭突きをくらわせた。

「ブッ!?」

口から血しぶきが飛び散り、温羅と鬼助は後ろへとよろめく。

二人は頭を横に振り、先に温羅が拳を鬼助の腹に向かって突き出した。

金棒をすぐさまに拾い上げ、鬼助は金棒を盾に温羅の拳を防ぐ。

「んなもんつかってんじゃねぇぇぇええっよっ!!!」

盾にしていた金棒を温羅は何度も蹴りや拳を叩きつけ、金棒を粉砕する。

金棒は粉々に砕け散ると後ろから鬼助の顔が温羅には見えた。

鬼助の瞳は紅く燃える炎のようにギラギラと輝き、温羅に向かって拳を放つ。


やっと…本気になりやがったなっ。


さっきよりも速さが増した拳をかろうじて避けると温羅は反撃を繰り出そうとする。

だが、目の前にいたはずの鬼助はいなくなり、砂埃だけが舞っていた。

「こっちだぁぁぁあああっ!!!」

上を見上げると鬼助が高く飛び上がり、温羅の顔面へと向かって拳を打ち込む。

全体重を乗せた渾身の一撃は温羅の頭を地面へ叩きつけた。

鬼助の攻撃はそれだけでは終わらず、倒れている温羅の頭に脚で何度も思いっきり踏みつける。

温羅の頭は何度も踏みつけられたことにより地面に食い込んでいく。

「はぁ…はぁ…。」

温羅が動かなくなるのを確認すると鬼助はその場にしゃがみ込み、座り込んだ。

鬼助は限界をとっくに迎えていた。

もう立ち上がってこないことを祈りながら温羅から離れようとすると、

「鬼助…やるじゃねぇか。」

と温羅から声が聞こえる。

「まだ…やる気かよ…。」

「いや、流石にもう限界だ…。」

うつ伏せになっていた温羅は体を捻らせ仰向けになる。

その顔はとても清々しい笑顔になっていた。

「いや〜久しぶりに楽しめたぜっ、かっかかかっ!!!」

大きな声で笑う温羅に鬼助は呆れながら話しかける。

「ふざけんなよ…まったく…てめぇは昔からかわらねぇな。」

「おめぇもな、いい拳だったぜ、鬼助よぉ。」

「何がいい拳だっただよ…そんなことよりもお前が人間と組んだってこと…鬼童丸は知ってんのかよ?」

鬼童丸という言葉を聞いた途端、温羅の目つきが一瞬、変わる。

だが、次には知らねぇといい、何も言わなくなった。

鬼童丸とは鬼ヶ島に棲む酒呑童子と呼ばれる鬼の子供だ。

酒呑童子が亡くなった今、鬼ヶ島は鬼童丸が率いていると聞いていた。

そして、鬼助を襲った温羅は鬼童丸の右腕と呼ばれていた。

その温羅が人間と手を組んでいるのに鬼童丸が関わっていないとは思えない。


これは少し、厄介だな…。


鬼童丸について温羅を問いただそうとした途端、鬼助に向かって何かが飛んでくる。

鬼助よりも早く温羅がそのことに気づくと温羅は体を起こし、飛んでくるものを掴んだ。

「これはっ…?」

温羅が口を開いた途端、温羅の身体をもう一本飛んできていた矢が貫き、温羅はそのまま地面へと倒れ込んだ。

「温羅っ!?」

限界を超えた身体に鞭を打ち、無理矢理立ち上がると森の奥から歩いてくる人影が見えた。

「………。」

森の中から現れたのは人間の男だった。

その男は額に桃と書かれた額当てをし、武士のような格好をしている。

男は鬼助の近くまで行くと地面へ腰を下ろし、話をかけた。

「……お前の持っている石は…何処にある?」

何故、この男が石のことを知っているのか。

義満にしてもそうだ。

あの石については鬼助と鬼助の妻以外に知るものはいないはずだった。

「そうか…なら質問を変えよう。鬼人は今、何処にいる?」

鬼人という言葉に動揺してしまい、鬼助は瞳が揺らいでしまった。

「そうか…やはりあの石は鬼人が持っていると。」

男は用事を済ませるとまた木々の中へと歩いて行く。

このまま行かせてしまうのはまずい。

そう悟った鬼助は体に力を入れ、男へと構えをとる。

だが、温羅との戦いで限界をとっくに迎えていた身体では思うように動かすことができずにただ、後ろから男が姿を消すのを指を加えて待っていることしかできなかった。

「あいつは…誰なんだ…。」

姿を消した男のことを温羅に尋ねた。

「……分からん。あんなやつ、初めて見た。ただ、奴は恐ろしく強い。それだけはわかった。」

あの男が誰だか分からないがすぐに鬼人の元へと向かわないと。

このままでは鬼人が危ない。

地面を這いながら、男の後を追いかけていく。

「そんな体して何処に行くってんだ?」

「…………。」

「だんまりねぇ…。しょうがねぇなぁ。」

ピィーッと温羅は指笛を吹かせると後ろに倒れていた猪が起き上がり、温羅の元へと近づいていく。

「ほらよ、こいつを使えや。」

「いいのか?」

頷く温羅に感謝をしながら、なけなしの力で猪へと跨った。

「感謝する。」

鬼助の礼の言葉を聞くと温羅は地面へと座り直し、片手を上げひらひらさせていた。

鬼助はすぐに猪を走らせる。

すぐに鬼人達の元へと向かわねば、さっきの男が何をするかわからない。

恐らく河童だけではあの男から逃げ切ることはできないだろう。

さっきの戦いで動かなくなっていた体も鬼人達の元へ向かっている途中、次第に動かせるようになってきた。

それにしても何故、あの男は鬼人のことを知っているのか。

胸騒ぎがする。

鬼助は猪へ急ぐように伝えると猪は鬼助の言うことを聞き、さっきよりも一段と早く走り出す。


待ってろよ…鬼人っ!!!


その頃、鬼人達の目の前には鬼助を襲った人間が既現れていた。

「鬼人達よ、わしの後ろへと下がれ。」

河童の指示を聞き、三人は河童の後ろへと下がる。

隣では熊が何もせずにじっと男のことを睨みつけていた。

だが男はそんなことを気にもせずに歩いてくる。

「貴様の目的はなんじゃっ!!!」

河童が男へと話をかけるが男は何も言い返してこない。

近づいてくる男へと河童は妖術で応戦しようとするがそれよりも早くに人間の男は河童の前に移動すると河童の首を掴み、声を封じた。

「かっ…はぁ……。」

男の圧倒的な力の前に河童はなす術がなく、地面へと投げつけられる。

直義と鬼人は椿の前へと立ち、男を睨みつける。

「直義っ…。」

「大丈夫だ…俺がお前らを守ってやる。」

直義は弓を構え、男へと矢を放つ。

だが男は矢を避けようとはせずに軽く手で掴み取り、子供達の前へと立つ。

そして鬼人へと手を伸ばそうとすると、男の後ろから大きな雄叫びが聞こえてきた。

「鬼人ォォォォッ!!!!」

男が後ろを振り返ろうとするが鬼助の方が速く、人間の体を吹き飛ばした。

男はすぐに態勢を整え、こちらへと向かって来ようとしている。

鬼助は子供達を守るために子供達の前へと立つと全身を奮い立たせ、拳を構えた。

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