破壊

「それで…話っていうのは?」

鈴虫の綺麗な羽音が聞こえ、辺りには小さな光の粒が飛んでいる。

鬼助と河童はあれから湖へと来ていた。

河童の話は子供には聞かれたくない話らしい。

「お前さんの仲間についてのことじゃ。青鬼から伝言を頼まれてな。」

懐かしい名だった。

「本当かっ?あいつは今何をしてるんだっ?」

「元気にしとるよ。お前さんと同じようにな。」

青鬼。

青鬼は鬼の子供の頃からの親友だ。

だが青鬼とはある一件以来、会っていなかった。

「そうか…それは……よかった。俺があいつと出会うことができたのも青鬼のおかげだ。あいつには頭があがらねぇよ。」

鬼助が昔のことを思い出しながら遠くを見つめていると河童が隣でゴホンッと咳をする。

「感傷に浸っているところ悪いが話を続けてもいいか?」

「あっ…あぁ悪い。それでなんて?」

「今、青鬼は鬼ヶ島の近くの村の外れにある洞窟に住んでいるんだが、何だか鬼ヶ島にいる鬼たちの様子がおかしいらしいんじゃが。桃之太郎と言う名に聞き覚えは?」

「さぁな、聞いたこったねぇよ。それに何で鬼ヶ島の鬼どもが様子がおかしいんだ?あいつらは今、大人しく過ごしてるはずだろ?」

鬼ヶ島にいる鬼達は確か、特に暴れる理由もなく、鬼ヶ島で鬼達は酒や喧嘩をし、のんびりと暮らしているとの噂を耳にしていた。

「儂にもそれはわからん。ただ青鬼が言うには鬼の誰かが鬼と人の半妖を探しているとのことじゃ。儂には心当たりが一つしか無かったからのぅ。こうしてお前さんに伝えに来たわけじゃ。」

「なっ…それじゃ今度は鬼からも狙われちまう身になっちまったのか。これは少しまずいなぁ。」

人の次は鬼からも狙われてしまう。

これでは鬼人達の身にも危険が迫ってしまう。

どうにか打開策を考えねばいけなかった。

「それでこれからどうするんじゃ?今住んでいるところが見つかるのも時間の問題だと思うぞ。」

「そうだなぁ…何処かに引っ越すべきかもしれないがなぁ。…だけどここから離れるわけには行かねぇ。ここはあいつが眠ってる土地だからなぁ。」

「それはそうじゃが…。」

鬼助はこの土地を離れたくはなかった。

ここには大切な人が眠っている。

彼女を一人ぼっちになんかしたくなかった。

「儂は今すぐにでも何処か安全な場所へと移り住むべきだと思うぞ。そうしなければあの子とは別に鬼人達まで…。」

「分かってるよ。そんなこと…だけどやっぱりここからは離れられねぇ。だから爺さんに頼みがある。鬼人達を…青鬼の元へ連れて行ってはくれないか?」

「青鬼の元へじゃと?お前さん、さっきの話を聞いていなかったのか?青鬼は今…。」

「そんなことわかってるよ。よく言うだろ木を隠すなら森の中って。鬼はよ、力は強いが頭は空っぽなんだ。だからまさか俺のせがれが近くにいるとは思わないはずだ。だから頼む。」

鬼助は河童へと頭を下げる。

「はぁ…わかった。連れて行くのは構わん。だが青鬼があの子達の面倒を見てくれるとは思えんがなぁ。」

「いいや、あいつなら大丈夫だ。なんせあいつも俺と同じお人好しだからな。」

「どこからそんな自身が出てくるのじゃ。それにあの子達がお前さんから離れることを望むとは思えんぞ。もしお前のそばにいたいって言ったらどうするつもりじゃ?」

「そこはなんとか説得するよ。」

鬼助はそう言っていたが河童には子供が泣きじゃくり、鬼助から離れたくないと言う姿が頭に浮かんでいた。

二人は会話を終え、家へと戻ると鬼人達は料理を終わらせ、大人しく待っていた。

どうやら鬼助が戻ってくるまで料理には手をつけなかったらしい。

そして食事を始め、鬼助が子供達へと話をする。

「なぁお前らに聞いて欲しいことがあるんだ。」

三人は一旦、食事を止め、鬼助の話を聞いていた。

「これからお前らには親友の青鬼の元へと行って…。」

ブォーーーンッ。

家の外から大きな笛の音が響き始めた。

鬼助と河童はすぐに異変に気付き始める。

「河童っ!!!」

鬼助が河童の名を呼ぶ。

すると河童は鬼助に頷き、鬼人達の前へと立つ。

鬼人達は何が起きているかわからずに怯えていた。

「どうやら囲まれているようじゃ。人数はわからん。」

河童が鬼助へと言うと鬼助は扉の横に置いてある金棒を取り出す。

「すぐに鬼人達を連れてここから離れてくれ。俺も後から追いかけるから。」

嫌な予感がする。

子供達だけでもここから離れさせないと。

「父ちゃん…。」

鬼人が怯えた表情で鬼を見つめていた、きっと子供達も異変に気づいている。

鬼助は子供達を安心させようと大きな手で子供達の頭を撫でる。

「大丈夫だよ…心配はいらねぇさ。なんつったって俺は鬼だからな。ちょっとやそっとじゃ怪我なんてしねぇよ。」

鬼助は力こぶを鬼人へと見せつける。

「そうだな…父ちゃんは最強の鬼だからなっ。」

鬼助は昔から鬼人へ言っていた、この力こぶは最強の証だっと。

だからきっと父ちゃんは死なない、絶対に帰ってくるんだと自分に言い聞かせる。

だが、そんな鬼人の瞳には涙が溜まり、潤んでいた。

泣かずに父親を信じる鬼人の姿を見た鬼助も瞳を潤わせる。

そして、何かを決めたかのように棚の中から大事そうに小さな箱を取り出し、鬼人へ渡す。

「いいか?これを肌身離さずに持ち歩くんだ。こいつはお前の母ちゃんがずっと肌身離さずに持ち歩いていた大事な石なんだ。お前が大きくなったら渡す予定だったが、予定が変わっちまってな。今、渡すことにする。ほらっ首からぶら下げとけ。」

石の真ん中には穴が空いており、そこから紐を通すと鬼人の首は結ぶ。

紐を首に結んだ途端、一瞬、鬼人の胸元に炎の様なものが燃えるのが鬼助には見えた。


今のは…そうか…。


「わかった。絶対にこの石は無くさない。約束する。だから父ちゃんも安心してくれ。」

鬼人はそう言うと鬼の真似をして力こぶを作っていた。

いつものように不安がり、怯える姿はもうない、鬼助の知らない間に鬼人は成長をしている。

自分の息子がたくましく育っている、それが鬼助にはたまらなく嬉しかった。

最後に鬼人を力強く抱きしめると鬼助は直義の元へと向かう。

そして直義にも同じように鬼助は贈り物を渡した。

「直義、これを持ってけ。」

鬼助が渡したものは最初に直義が持っていた粗い弓とは違い、しっかりとした弦を張り、龍を模ったサイズの小さい小弓だった。

「これは?」

「お前の持ってた弓はボロくて子供のお前にゃ扱いきれんだろ。そいつは昔、俺の嫁が使ってた弓だ。それならお前にも扱いきれるさ。」

渡された弓を確かめるように弦を引く。

「ありがとう。おら……俺がこの弓で鬼人と椿を守る、だから安心してくれ。」

直義はこの時から自分のことをおらではなく、俺と呼ぶことに決めた。

少しでも鬼助と同じように強くなり、弟の鬼人、それから妹の椿を鬼助のかわりに守ると誓って。

「あぁ。任せたぞ。」

今度は椿の方へと鬼は歩く。

そして鬼助は椿の前で跪き、椿の手を取り鬼人とは別の石を渡す。

「椿にはこれだ。これはな、俺が小さい頃に母ちゃんからもらった宝石だ。こいつを持っていると正しい道へと進ませてくれる…らしい。だからこいつを持って鬼人や直義が間違った道へと進もうとしたらお前が正しい道へと導いてやれ。できるな?」

いつもは無愛想な態度の椿もこの時ばかりは泣き出してしまった。

慌てて鬼助は椿をあやし、河童へと引き渡す。

「よしっ。それなら河童そこの床下に隠し道がある。それを通ってこの子達を青鬼の元へと連れて行ってくれ。」

「…了解した。命に代えてでもこの子達を無事に届けよう。」

河童は子供達を先に隠し道へと行かせようとする、

だが子供達は立ち止まり、鬼助の元へと抱きついてきた。

「父ちゃんっ!!!絶対にまた会うんだからなっ!!!約束だぞっ!!!」

鬼人だけではない、直義や椿までもが鬼助へ抱きつき、同じことを言っていた。

「あぁ…約束だ。ほらっ…もう行け。」

鬼助は子供達の体を離し、河童の元へと押した。

「鬼助よ……子供達との約束…破るんじゃないぞ。」


こんなにも子供達が俺を慕っているんだ。

こんな所で死ぬわけにはいかない。


河童や子供達の姿を見送り、子供達の姿が見えなくなったことを確認し、床を思いっきり踏みつける。

すると通路は大きな音と共に瓦礫で塞がっていく。

これでこの通路へは誰も入れない。

「……さてと……誰が来たか分からんが行くかね。」

誰もいない部屋で一人呟き、外へと出ると、暗闇の中から甲冑を身につけた人間が姿を現す。

仮面を身につけ、身元を隠しているが鬼助には声で誰かが分かってしまった。

「久しぶりだな……義光。」

目の前にいる男は義満という名の男だった。

義満はここに住む前に街で一悶着起こした相手だった。

「お前が此処に来るなんて…。」

「鬼助よ…今は話している時間はないんだ。あれを渡してくれ。そうすればお前とお前の息子の命だけは助けてやることができる。」

十中八九、義満の言っていることは嘘だろう。

石を渡せば殺される。

そんなことは鬼助には分かっていた、すぐに鬼助は背中に背負っている金棒を取り出し、地面へと叩きつけた。

「あれは、あいつから貰った大事なものでな。お前なんかにゃ渡せない。どうしても欲しいってんなら俺を倒せよ。」

「そうか…残念だ。穏便に話をつけようとしたんだがな。お前がそんな愚かな真似をするのならこちらにも考えがある。」

男は片手を上げ、下ろす。

その瞬間、義満の後ろから赤く光った大量の矢が鬼助ではなく、家に目掛けて飛んで行った。

「……てめぇ……あんまり俺を怒らせるなよ。後悔しても知らんぞ…。」

この家には思い出が沢山ある、大事な人と一緒に建てた家、鬼人や直義、それから椿と暮らした家。

大切な我が家が燃えていくのを背中で感じた鬼助ははらわたが煮えくり返りそうなほどに怒りを現す。

男はそんな鬼助を鼻で笑い、森の中へと消えて行った。

ドッドッドッドッと足音が聞こえる。

これは人間の足音ではない。

人間よりも大きく力強い足音だ。

「そうか…あいつも堕ちるとこまで堕ちちまったわけだな。そんならこっちも考えがある。」

足音はどんどん近づき、近づくにつれ大きく響き渡る。

そして足音の主が森から飛び出して来た。

「久しぶりだなぁっ!!!!鬼助よぉっ!!!」

森から飛び出して来たのは鬼助よりも大きな猪に乗った黒鬼の温羅【うら】だった。

「まさかお前が人間と手を組むとは思わなかったぜ。」

温羅は猪に跨ったまま、鬼助へと叫ぶ。

「裏切り者の貴様なんかと話す気はないっ!!!今此処で貴様とあの時の決着をつけに来た、それだけだァァァァァっ!!!!!」

まさか此処で温羅が出て来るとは鬼助は思ってもいなかった。


これは…少し不味いぜぇ。


温羅は昔、鬼ヶ島に住んでいた鬼の長、血の気も多く凶悪により凶暴な相手だ。

かつて鬼助は温羅と大喧嘩をしたことがある。

その時は青鬼が一緒に戦ってくれて何とか隙をついて逃げることができた。

だが今回は鬼助一人だけだ。

逃げることはできない。

それに此処で逃げてしまえば鬼人達の身にも危険が迫ってしまう。

鬼助は全てをかける覚悟を決めた。

「ウォォォォォォォラァァァァァァッッッ!!!!!」

鬼助は身体の底から声を捻り出し、雄叫びを上げ、

その姿を見た猪が鬼の気迫に押される。

そして鬼助は金棒を思いっきり地面へと叩きつけた。

「かかって来いやァァァァァァッッ!!!!」

弱り怯えている猪を温羅は拳を入れ奮い立たせ、鬼助の元へと向かわせた。

鬼助は全身に力を入れ、猪を待ち構える。

そして猪は勢いをどんどん増し、鬼助へと突っ込んだ。

ドォォォォォォォォンッ。

辺りに大きな音が響き渡る。

鬼助は今、大切なものを守るために命をかけて温羅へと戦いを挑んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る