鬼助と子供達

東の国。


ある村のはずれに小さな小屋があった。

今にも崩れてしまいそうなほどのボロボロな小屋からは賑やかな笑い声が聞こえて来る。

突然、バンッと扉が開かれ、中からは赤い色をした大きな鬼と肌色の小さな子鬼が姿を現した。

二人は釣竿を持ち、麦わら帽子をかぶると近くの川へと向かって歩いて行く。

「なぁ父ちゃん。何でおらは父ちゃんみたいに頭にツノが生えてんだ?」

小鬼は自分の頭にあるツノを指の先でチョンと触りながら鬼に聞いた。

「そりゃ俺の子だからだよ。」

ガシッとした大きな手が小鬼の小さな頭を撫でる。

いや、撫でるってよりは掴むの方が正しいかもしれない。

「けど母ちゃんにはツノ生えてねぇよ。」

「そりゃ母ちゃんは鬼じゃねぇからな。」

「ならおらは鬼なのか?」

「う〜ん。鬼でもあるし人間でもあるな。要するに最強って事だな。はっははははっ。」

二人はそんな他愛のない会話をしながら川へと向かって歩いて行く。

少年はずっと考えていた。

自分は人間なのか、それとも鬼なのか。

頭には小さなツノが生えている、これは鬼の証かもしれない。

だけど体の色は隣にいる鬼とは違い、赤い色をしているわけではなく、人間と同じ肌色をしていた。

自分は果たして何者なんだろう。

「なぁ父ちゃん。」

「なんだぁ。」

「猿吉が言ってたんだ。鬼っていうのは人を襲う化け物だって。だからおらもそうなるんだって。それって本当なの?」

人を襲う化け物…。

その話は間違っているわけではない。

鬼は遥か昔から人間達と争ったということが歴史に残っているのだから。

「まぁ確かに鬼は人を襲う化け物だな、人だけじゃねぇ。動物や植物、何でも鬼は襲うんだ。だけどな、彼奴ら動物だって人を襲ったりしたんだぜ。しかも襲われてる人ですらまた獣を襲う。つまり、鬼が全て悪いわけじゃないんだ。ってお前にこんなことわかんねぇか。まぁおめーは心配はなくても大丈夫だよ、なんて言ったて優しい母ちゃんの血が流れてるんだからな。」

優しく微笑みかけると鬼はまた少年の頭を撫でた。

がっしりとし、ゴツゴツな手からは暖かさを感じられる。

「それとあんま猿には近づくんじゃねぇぞ。あいつらは気にいらねぇことがあると自分の糞を投げつけてくるんだ。汚ねぇったらありゃしない。」

「え〜けど猿って面白いんだよ。いろんなこと知ってるし。」

「それでもだ。」

「わかったよ…。父ちゃん。」

鬼達は見た目が恐ろしいという理由で人間や動物に忌み嫌われ恐れられている。

少しでも村に近づけば、たちまち人間は槍や刀を持ち殺しにかかって来るだろう。

この子にはそんな危ない目に会わせたくない、鬼はそう思っていた。

「父ちゃん…あれって…。」

急に小鬼は立ち止まると目を見開き、森の奥を指差していた。

少年の指差している方を見ると、そこには人間の少女が倒れている。

「坊主…。俺から離れんなよ。」

鬼は少女の周りを見渡し、他に人がいないかを確認する。

そして念のために持ってきていた、棍棒を手に取り、ゆっくりと少女へ近づいていく。

「おいっお前…。生きてるんなら返事をしてくれ。」

鬼の声を聞いた少女の体が少しだけビクッと動いたのがわかった。

どうやらまだ生きているようだ、だけどまだ油断はできない。

「父ちゃん…この人生きてるの?」

「いいか…坊主。少しの間、目をつぶってろ。それと耳を塞げ。わかったな。」

不安そうな顔をしている少年は言われた通りに目を瞑り、耳を塞ぐ。

恐る恐る少女へと近づいて行くとガサッという音が草むらから聞こえ、確認すると草の茂みから弓のような物がチラッと見えた。

「はぁ………出てこい。俺は何にもしねぇから。」

鬼の言葉を聞き、茂みから出てきたのは小鬼と同じくらいの少年だった。

少年は少女の前に立つと弓を構え、瞳に憎悪を浮かび上げる。

だが、その感情とは裏腹に体は言うことを聞いていないようだ。

足や手がガチガチに震えていた。

「おめーら…孤児か……。どうしてそんな物騒なもん持ってんだ。」

「黙れっ!!!お前たち鬼がおらたちのおっとうやおっかあを殺したんだ。だから…。」

「なるほどなぁ…その敵討ちってことか。そんな風に命を粗末にすんじゃねぇ。馬鹿どもがぁ。」

この子達は近くの村に住んでいた子達だろう。

あの辺りは最近、鬼が襲ったと風の噂を鬼は耳にしていた。

それでその仇を取りに鬼の元へと罠を仕掛けに来たと。

だが、たかが子供が大人の鬼に勝てるはずがない。

少年は自分で作ったのか、粗くボロボロの弓を鬼へと向ける。

「うるせーっ!!!おら達は仇を取るんだぁ。」

大きな声で少年は叫びながら弓を鬼へ向かって射る。

だが、矢は鬼の肉体に突き刺さることなく、弾かれ、地面へと落ちていった。

「はぁ……。うおおおオォォォォォオっ!!!!」

鬼は子供達に大きな雄叫びをあげ、二人はひぃっと声を出すと腰を抜かし、泣きそうな顔で鬼から目を背ける。

「たくっ…あんまし鬼をなめんじゃねぇぞ。俺たち鬼からしたらおめぇらなんてただの餌だ。これでわかったろ。だからささっとうちに帰んな。」

「おら達に…帰る家なんてねぇ。みんな鬼がぶっ壊しちまったんだ。だから…。」

「そうか…全く…困ったもんだなぁ。かといって俺ん家もそんな広くはねぇしよ。……まぁしょうがねぇか………ついてこい。」

鬼の言葉を聞いた子供達は戸惑っていた、ついていってもいいものなのかと、だが彼らには帰る場所もない。

少年には幼い妹がいる。

これ以上、自分達だけで生きて行くのは厳しいことに少年は気づいていた。

目の前にいるこの鬼の言動は他の鬼の言葉とは違う。

この鬼からは不思議なものを感じた、暖かく優しい何かを。

行き場のない彼らは他に選択肢もなく、鬼の言うことを聞く。

二人に優しく微笑みかけると鬼はまだ目を閉じ、耳を塞いでいる小鬼を肩に乗せ、子供達を連れ、川へと向かうことにした。

最近は物騒なことだらけだ。

こんな子供までもが自分達を狙って来るとは。

それもこれも…全部鬼のせいか…。

随分と前に鬼は自分達の領土を広げる為に人間達が住むこの辺りの村を襲ったらしい。

きっとこの少年達もその戦に巻き込まれたのだろう。


こりゃ、また肩身が狭くなるな…。


鬼は子供達を引き連れ、川へ着くと小鬼を肩から下ろし自分の釣竿を孤児へと渡した。

「釣りのやり方は?」

「昔、おっとうから教わった…。」

「じゃあ釣りでも始めるかぁ。」

鬼はそう言うと座り出し、川を眺めている。

鬼の肩に乗っていた小鬼は釣竿を取り出し、鬼の膝の上であぐらをかきながら釣り糸を水面へ垂らす。

「なぁおめーらの名前はなんて言うんだ?」

「…直義。」

「かっこいい名前じゃねぇか。羨ましいぜ。」

少年の名前は直義というらしい、鬼の言葉を聞いた直義は少し誇らしげに釣り糸を垂らす。

「そっちの嬢ちゃんは?」

「椿って言うの。直義の妹。」

「可愛い名前だなぁ。それにえらく美人だしなぁオメーはきっと大きくなったらもっと美人になるぞぉ。」

少女の名前は椿、椿は照れ笑いをし、喜んでいる。

少しづつだが直義達は鬼が村を襲った鬼とは違うことに気づいていった。

「その子は?鬼の子なのか?」

直義は鬼の膝で釣りをしている小鬼を指差している。

「あぁ、この子は俺の倅だ。ほら挨拶しろ。」

大きな手を広げ、小鬼の頭を掴むと直義達の前に下ろした。

小鬼は少し緊張しているのか、縮こまっている。

「おらは…鬼人(おにひと)…だぁ。」

顔を真っ赤にさせ、下を俯く鬼人は照れながらそう言うとまた鬼の膝の上に戻っていった。

「はっはは、鬼人は少し恥ずかしがりやなんだぁ。許してやってくれ。そういや、俺の名前もまだ名乗ってなかったな。俺は鬼助(きすけ)ってんだ、よろしくな。ほら、鬼人も挨拶しろ。」

カチカチに固まった鬼人は何も言わずに首を縦に動かしていた。

二人はその姿を見て笑っていた、子供というものは無邪気なものであんなに怪しんでいた鬼助に対して心を開きかけている。

「父ちゃん…魚、全然釣れないよ。」

「気長に待てばいいさ、待ってればいつかはきっと釣れるはずだからなぁ。」

気づけば鬼助の隣には直義達、そして椿が座っていた。

鬼助はこれからのことを考えていた。

この子達を自分が育ててもいいが、この子達は鬼人とは違い、皆人間だ。

ちゃんとした人間の元で育てたほうがいいに決まっている。

だが直義が言っていたように、近くの村はきっと鬼に襲われ、貧困に陥り、みんなまともに自分の子供すら面倒を見ることができない状態だ。

それなのにこの子達をちゃんと育てられるわけがない。

どうするべきか。

仲間の鬼からは嫌われ、かと言って人間からも狙われている。

仲間の鬼達は鬼人のことを蔑視しているのだ。

鬼人は純粋な鬼ではない、人間の血が混ざっている、人間と鬼の半妖だ。

人間からは不気味がられ、鬼からは馬鹿にされる。

この子はこのままだと一人ぼっちになってしまう。

そうさせないためにもこの子達の存在が必要なのかもしれない。

この子達は人間の大人とは違い、純粋な心を持っている。

もしかするとこの子達は鬼人にとって初めての友になるかもしれないのだ。

鬼人は鬼といってもまだまだ子供だ。

これから大きくなっていくうちに様々な困難が待ち受けているだろう。

もし鬼助が何かに巻き込まれ死んでしまった時、鬼人は一人ぼっちになってしまう。

そんな時に鬼人を支えてくれる存在が必要だ、それがもしかするとこの子供達なのかもしれない。

鬼助は子供達の方を向く、子供達は釣りを楽しんでいるようだった。

「なぁ、お前なんで頭にツノ生えるのに、色は赤くも青くも無いんだ?」

会った時は震えていたはずの直義が今では鬼人と喋っているのが見える、どうやら鬼助が考え混んでいる間に二人は仲良くなったのかもしれない。

「おらにもよくわかんねぇんだけど、鬼でもあるし、人でもあるんだって父ちゃんが言ってたんだ。」

直義は鬼人の言葉を聞くと腕を組み何かを考えているようだった。

二人の会話に鬼助は口を出さずに黙って見ている。

「鬼でもあるし…人でもある…、それってなんかかっこいいなぁ。鬼人はすげーんだなぁ。」

どうやら心配はいらなかったようだ。

二人はそれから椿を入れて三人で釣竿をほっぽり出し遊んでいた。

鬼助は三人をとても嬉しそうに見つめている、鬼助が思った通り、この二人はどうやら鬼人にとって大事な存在になってくれる。

鬼助はそう確信していた。

「さぁて、そろそろ暗くなってくるしうちへと帰るかぁ。ほらおめーらも竿しまえ。」

「俺たちは…。」

「決まってんだろぉ。ほらおめーらも荷物もて、すこーし歩くからなぁ。」

二人は顔を見合わせ、嬉しそうに笑っていた。

だが、すぐに直義はハッとし、鬼助の方を額にしわを寄せながら見てきた。

「おっ鬼は人を食うんだろ?俺たちも食われるのか?」

「ぷっあっはははははっ!!!食わんわいっ。人なんて食べてもうまくねーしなぁ。」

「けど、おっとうが言ってたぞ。人間の首を切り落として棚に飾ったりするって。」

「えっ!?」

鬼人が驚き鬼助を見る。

「そんなことしたら棚が汚れて大変だなぁ。」

「私も聞いた。人間の顔の皮を剥がして壁に飾るとか。」

「えっ!?」

また鬼人が鬼助を見る。

「不気味だなぁ。」

「おらも父ちゃんから聞いたぞ。鬼は案外涙もろいって。」

「それは……本当だなぁ。青鬼にまた会いてーからなぁ。」

三人は顔を鬼助へ近づけ質問を繰り返す、鬼助はそれを適当にあしらっていた。

「まぁけど、鬼の中にはお前らの言うように残酷な奴はいる、だけどみんながそうってわけじゃない。俺を見てみろ、俺は悪い奴に見えるか?」

三人はじっと鬼助を見つめる。

「…見え…ない?」

椿が疑問形で答える。

「だぁ〜見えないだろっ。全く…。」

三人はまた笑い出す、三人はもうすっかり仲が良くなっているようだ。

鬼助は三人を見て、安心していた。


あいつにも鬼人が友達と笑い合ってるとこ見せてやりたかったなぁ。


「良し、お前ら俺の横に並べ。さぁ早くっ!」

三人は首をかしげると言われたまま鬼助の横に並ぶ。

「そらはしれっ!!一番、最後のやつは部屋の掃除をさせるからなぁ。」

楽しそうな鬼助はそう言うと三人よりも先に走り出した。

三人はとても楽しそうに慌てて鬼助を追いかけ走り出す。

「ずるいぞぉーっ!!」

「がっははははっ!!!」

三人の子供は可愛く、鬼助の後を必死に追いかけていく、鬼助はとても幸せだった。

いつまで続くのかは分からないがこの幸せが長く続けばいい、鬼助はそう考えている。

だが、その願いは叶うことがなかった。

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