鬼の目にも涙

夏野海

始まり

「始めんのかい?」

「ああ…その為に俺はお前達を集めたんだ。」

雷が鳴り響く鬼の文字が記された城の望楼では男達が酒を呑みながら話をしていた。

一人は背中に桃と書かれた装束を羽織り、もう一人は金と書かれた布を首から巻いている。

「それにしても、まさかそんなことが起きているなんてな。思っても見なかったよ。」

「俺もだよ。ここは俺のいた世界とはだいぶ違う。いくつも世界はあると知ってはいたが、ここまで違うとは思わなかった。」

世界はいくつも存在する。

そのことを知ったのは何もかもが終わり果て、全てに絶望し、全てを失い、何もない世界を放浪していた時に知ったことだ。

ある老人に出会い、話を聞いた。

そして今、こうして別の世界へ仲間を求めてやってきたのだった。

「それで…お前は頼みを聞いてくれるのか?」

金と書かれたバンダナを巻いた男は腕を組むと目を瞑り、この男の話が信用できるものなのかと悩み始める。

「確かに、その話が本当だとしたら俺も協力しなきゃいけないよな。ただ、その話が本当ならな?」

「俺からはさっきの話を信じてくれとしか言うことはできん。」

男はしばらく黙って目を瞑り、酒を呑んでいたが、突然、パシンと両手を力強く合わせ、目を開ける。

「まぁ、俺みたいな頭が空っぽのやつはよ、考えても仕方ねぇ。だから考えるのはやめだ。面白そうだし、お前について行くことにするよ。桃太郎…って呼べばいいんだっけ?」

「ああ、それで構わん。感謝するよ、金太郎。」

太郎と呼ばれた男はもう一人のことを金太郎と呼ぶ。

「何だい?その金太郎って…俺は…。」

「分かってる。だがこれから行く世界では金太郎と名乗ってくれ、自分の正体がバレないようにな。」

男はあまり納得のいかない顔をしていたが、面倒だと思ったのか、

「まぁ、それで良いや。」

と言い、桃太郎の酒を勝手に飲み始めた。

「それでは改めて金太郎よ、これからよろしく頼む。」

桃太郎は金太郎へ手を差し出すとニッと歯を見せながら笑うと手を握る。

「それで俺達はどんな奴と戦うんだ?一応、相手のことは知っておかねぇとな。」

「相手の名前は後々話す。ただ恐ろしく強い相手だ。心してかからねば勝つことはできん。俺も自分の世界で何度か挑んだが、勝利を収めることはできずに命からがら逃げ出してきた。相手はそれほどの猛者だ。戦闘に長け、頭も回る。」

話しながら相手と戦った時のことを思い出し、その時に負った古傷が痛み始める。

太郎は放浪をする前に何度かその相手に戦いを挑んだ。

だが金太郎へ話した通り、勝つことは出来ず、無様に逃げ出すことしかできなかった。

身体中にできた傷は全てその相手につけられたものだった。

「なるほどな、そんなに強い相手と戦うわけか、それなら念には念を入れ俺ももう一人、仲間を連れて行っても良いか?」

「仲間…?」

金太郎は指を加えると口笛を吹いた。

すると突然、空から大きな獣が落ちてきた。

「こいつは熊の熊吾朗ってんだ。俺は熊公って呼んでるけど…。こいつは俺の初めての友達でよ、強さも半端ないほど強いぜ。なっ。」

「一つよろしいですか?何故、私はここへ呼ばれたのでしょう?まずはその説明をして欲しいのですが…。」

「……この熊…喋るのか?」

熊はかなり丁寧な言葉遣いで金太郎と会話をしていた。

その姿を見た、太郎は開いた口が塞がらない。

「あっ…申し訳ございません。自己紹介がまだでしたね。私、熊の熊吾朗と申します。以後お見知り置きを。」

「あっああ…よろしく。」

喋る妖は見たことがあった太郎だったが喋る熊を見たのはこれが初めてだった。

どうやら本当に太郎の世界とはだいぶ違う世界らしい。

「そんで…これからこの人と旅することになってさ、お前も来るだろう?」

「えっ…旅…ですか?これから私、冬眠の時期なのですが…。」

「そういやそうだったな…。そんじゃ、仕方ねぇか、やっぱり俺一人で…。」

「誰も行かないとは行ってないでしょう。貴方は私が居ないとかなりな無茶をするじゃないですか。この前だって…。」

熊と金太郎は太郎を放ったらかしにし、言い争いを始める。

しばらく、黙って酒を呑んで二人の話を聞いていると夜が明け始め、山の奥から日の出が上がり出す。

「ったく、そんでついてくんのか、来ないのか、はっきりしろよ。」

「もちろん、ついて行きますよ。山に帰って冬眠するのもいいですが…やはり貴方が他の人に迷惑をかけそうなので。」

「いや、だからよぉ。この前のあれは俺のせいじゃっ…。」


この二人は一体、いつまで話をする気なのだろうか…。


そんなことを考えながら大きな欠伸をしていると金太郎は太郎の肩を叩き出す。

やっと話が収まったようだった。

「待たせて悪かったな、それでこいつもついて行くことになったけど、構わんか?」

「まさか、最初に許可を取って居なかったんですか?はぁ…嘘ですよね。これでもし、断られでもしたら私、泣きますよ。」

熊はつぶらな瞳で太郎のことを見つめ出す。

「いや、構わん。だから、そんな顔をしないでくれ。」

「よかったな、熊公。これでおめーも一緒に来れるぜ。」

「いや、元はと言えば貴方がちゃんと確認してから私を呼ばなかったせいですよね…。」

熊はそう言うと大きな溜息を口から吐いていた。

その姿を見ながら熊も溜息というものをするのかと始めて太郎は知った。

「細かいことは気にすんなよ。それよりも向こうに行く前にもう一回、説明をしてくれるか?熊公のためにもさ。」

太郎は頷くと金太郎の肩に手を置き、城の中へと戻って行く。

これでやっと考えていた強者、全員を集めることができた。

一匹、考えてもいなかったものが付いて来ることになったがきっと役には立つのだろう。

太郎は金太郎が用意してくれた部屋へ戻ると窓からその景色を眺める。

奴に奪われた全てを取り返す準備が整った。

あとは例の世界へ飛び、現地でも仲間を集めなければ。

今、集められる全員を集めたわけだがそれでもまだまだやることはたくさんある。

太郎は引き出しから書物を取り出すとやるべきことを書物へ書き始める。

きっと向こうへ行ったら、思うようには動くことはできない。

それに多少の変化も起きるだろう。

そのことを考えながら先のことを考えておかねば。

そして書物に書き終えると懐から古びた紙を一枚取り出し、眺め始めた。


桜…今度は…絶対に君を死なせたりはしない。

だから俺にもう少しだけ力を与えてくれ。


紙を自分の懐へしまうと、急に胸が苦しくなり右手で胸を押さえる。

少し床に横になると首から下げていた勾玉を手に取り出す。

そして取り出した勾玉を強く握り、術を唱え始めた。

するとすぐに苦しみは消え、咳は止まり、心臓の脈を打つ速さも元へと戻っていく。

手のひらを見ると赤い血が手のひらにべったりとつき、自分の死期が近いことを知らされた。

だが、まだ成し遂げるまでは死ぬことはできない。

復讐は今に始まったばかりだ。

それなのに準備をしている最中に死ぬわけにはいかない。

「もうすぐなんだ…もうすぐで奴を倒すための準備が整う。だから頼む、せめて彼奴に全てを託してから…。」

太郎が自分にそう言い聞かせていると。

突然、扉が開かれる音が聞こえ、振り返ると仲間の一人が扉の前に立っていた。

「太郎様…準備が整いました…始めましょう。」

仲間はそう告げると太郎の手のひらをチラッと見る。

だが気づかないふりをしたのか何も言わずに部屋を出て行った。

「そうか…これで始めることが…。」

ゆっくりと立ち上がると太郎は棚に置いてある布で手のひらを拭き、桃と書かれた鉢巻きを頭に巻き、恩人から貰った団子を腰へとぶら下げると外へと向かう。

「復讐を…始める時が来た。」

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