第649話 厳重


「よかったっ!本当によかったっ!」


「――エル?」


 突然背後から抱きつかれた康生は戸惑いながら振り返る。

 するとそこには目に大粒の涙を浮かべたエルがいた。

「康生っ!本当によかったっ!本当にっ……!」

 エルは大粒の涙を流しながらひたすら康生に抱きついてうめき声をあげる。

「康生っ!本当に目が覚めたんだなっ……!」

 すると今度は奥の方から時雨さんが泣きながら走ってきた。

「時雨さんっ!」

 そして時雨さんもまたエルの上から康生に抱きついてきた。

 その表情は本当に嬉しそうだった。

「おいおい、あんまし康生を困らせるんじゃねぇぞ?それでも一応病み上がりなんだろ?」

 すると時雨さんが走ってきた方向からザグの声が聞こえる。

 視線を向けると、そこにはザグやリナさん、上代琉生や奈々枝、リリスやメルンがそれぞれこちらに向かって歩いてきていた。

「皆っ……」

 康生は懐かしく感じるその顔ぶれを見て僅かに頬を緩ませる。

 体感的には魔力から生まれた人型の生物との戦いからすぐなのだが、どうやら長らく眠っていたせいだろう。

 もっとも康生はまだその事実を知らない。

「あ、あの……二人ともとりあえず落ち着いてっ。ひとまず何があったか説明してくれないか?」

 だからこそ康生はエルと時雨さんをなだめて、一体自分の身に何が起こったのか尋ねる。

 何故なら康生はあの時、人型の生物との戦いの最後で確実に死ぬつもりだった。

 なのにこうして生きて皆と会うことが出来ている。

 その事実に康生はただただ戸惑っていた。

「まぁ、まずは体に異常がないか検査させてもらいますよ。説明はその後です」

「そ、そうね。まずはしっかり検査しないと」

「あ、あぁ、そうだな」

 康生が戸惑っていることに気づいたのかエルと時雨さんは少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら康生から離れる。

「うん。それじゃあついてきて康生」

「わ、分かった……」

 そして康生はというと先ほどまで二人に抱きつかれていたことに若干の恥ずかしさを覚えつつ、僅かに顔を赤らめながら皆について行くのだった。




「――うん、大丈夫みたいね。どこも異常はないわ」

「そうか。本当によかった……」

 無事に検査が終わり、康生の体に異常がないことが分かった。

 そのことに対して皆どこか安心したかのように胸をなで下ろす。

「そ、それにしても検査のためにここまで厳重にするのか……?」

 しかし当の康生はというと、皆の心配をよそに部屋を囲うようにして集まった屈強な兵士達や、魔力兵器を前に体を縮こませるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る