第390話 光

「おっ、もう大丈夫なのか?」

「はい。今まで色々とありがとうございました」

 廊下を歩いていると時雨さんに声をかけられ、康生は爽やかな返事を返す。

「ちょっと!でもまだ完全に治ってるわけじゃないから、くれぐれも無理はしないでねっ!」

「分かってるって」

 そしてその後ろからは慌てた様子でエルが駆けつける。

 どうやら今日は康生の退院の日のようだった。

「ふんっ、これからはエルお嬢様の手を患わせないように気をつけることだな」

「は、ははっ、気をつけます」

 時雨さんの隣にいたリナさんが口をうるさくして言う。

 どうやら退院するまで、エルが康生に付きっきりだったことを少し根に持っているようだった。

「それで英雄様?これから一体何をするつもりで?」

 そしていつの間にかそばまで来ていた上代琉生が康生に尋ねる。

「これからか。それなら勿論……」

 そうして康生は街の中にへと足を運ぶのだった。




「あっ、お兄ちゃんおはようっ!」

「あぁ、またお前か」

 とある地下の下水道の中。

 そこは雑多な物が散らかっており、時たま腐臭が鼻をつく。

 そんな場所で一人横になっていたザグがゆっくりと起きあがった。

「今日もご飯持ってきたよ」

「いつもいつもわりぃな」

「ううん、別に気にしないでっ」

 そうしてザグはいつものように奈々枝からご飯を受け取り口に入れる。

 ザグが地下都市に侵入してから一週間が経とうとしていた。

 一時期、人間に怯え外に脱出しようとしていたザグだったが、ここの警備は堅くそう簡単には脱走することは出来なかった。

 だがそれは誰にも見つからない場合である。

 実力行使に出ればここから出ることなどザグにとっては造作のないことだ。

 だが奈々枝との出会いがザグを変えてしまった。

 人に怯え、人に敵対することの出来なくなったザグはただただ何も出来ずに今日もこの場所で一人生活するのだった。

「ねぇねぇ今日は何して遊ぶ?」

 しかしそんなザグの生活の中に一つだけ光があった。

 それが奈々枝だ。

 あの日、奈々枝と出会ったザグは今日までこうしてお節介を焼かれるようになったのだ。

 始めは鬱陶しく思っていたザグだったが、次第に奈々枝の存在に助けられていることを自覚したザグは、無闇に取っ払うことが出来なくなった。

「そうだなぁ…」

 そうしてザグはここ数日の間、この下水道の中で奈々枝と遊んでいるのだった。

「ねぇねぇ、たまには外に出て遊ぼうよっ。こんな暗いところばっかりいたら目が悪くなっちゃうよ?」

 そんな中、奈々枝がザグにすがりつくようにひっついてくる。

 どうやら奈々枝はザグと外、上へ出て遊びたいようだった。

 しかし人に見つかりたくないザグはそれを拒んできた。

 だが今日はいつもより強引に連れて行こうとする奈々枝を見て、少しだけなら、と思ったようだった。

「ったく、ちょっとだけだぞ」

「やったーっ!」

 そうしてザグは数日振りに光がある場所へと行くのだった。

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