第388話 呻き声
「いいのか時雨?お前もあいつのことを心配していただろ」
時雨さんが病室を出ると突然声をかけられる。
「リナ、どうしてここに……?」
そこには先ほど病室を出て行ったリナさんが壁にもたれ掛かって待っていた。
口振りから察するに、どうやら時雨さんを待っていたようだった。
「私はお前のことを少し心配してな」
リナさんはそう言って時雨さんの前に立つ。
「どうせエルお嬢様とあいつを二人きりにさせたんだろ?」
「あ、あぁ……」
的確に当てられてしまい時雨さんはわずかにだが戸惑う。
「時雨だって本当はもっとあいつと話をしたいはずだ。もっと一緒にいたいんじゃないか?」
「そ、それは……」
まるで心の内を全て見透かされているようで、時雨さんは動揺しながら視線をさまよわせる。
そしてどうやら時雨さんの心の中の秘めたる思いにリナさんは気づいているようだった。
「まぁ、私は別に興味がないのだからいいが、私は時雨のことを思って言ってるんだからな」
「私の……?」
「あぁ。私はお前のことが好きだ。だからお前が自ら不幸になろうとしているのが許せないのでな」
リナさんの純粋な感情に時雨さんは今度は少しばかりの戸惑いをみせた。
まさか自分がそんな風に思ってもらえていたなんて、どうやら微塵も思っていなかったようだ。
そして同時に、自ら不幸になろうとしていると言われ時雨さんはわずかにだが反抗しようとする。
「別に私は不幸になろうとしているわけではない。エルと康生のことを考えて動いているだけだ」
二人の気持ちを考えてそうした。
時雨さんはそう主張する。
だがリナさんはやはりそんなこと納得できないようで、さらに言及する。
「確かに二人の気持ちを考えるのもいいが、自分の気持ちはどうなんだ?他人ばかりを優先していているといつか壊れるぞ?今は自室で心を癒しているようだが」
「なっ!?ど、どどどどうしててそれをっ!?」
自分がぬいぐるみに囲まれて、癒しの一時を過ごしていることがリナさんにバレていると知った時雨さんは先ほどよりも大きな動揺を示す。
「なんだ気づいてないと思ったか?」
「そ、それはっ……」
何より、他の人にその行為がバレてしまったことに対する恥ずかしさから時雨さんの顔が一瞬にして赤面してしまう。
「時雨は日頃から他人を優先する。だからああやって自分を癒さないといけない。だからたまには自分を優先してもいいんだからな。特に今の場合は最優先に」
リナさんはそれだけ言うと満足したのか、その場を足早で去っていく。
足早で去っていくのは、時雨さんの恥ずかしさを少しでも和らげるためにという気遣いからだろう。
「うぅ…………」
そして残された時雨さんはというと、顔を赤面させたままただその場で小さな呻き声をあげるのだった。
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