第383話 理解

「はぁっ……、はぁっ……、はぁっ……」

 ザグは荒く息を吐きながら、路地裏の中で一人ひっそりと座りこんでいた。

(くそっ……、俺としたことがガキと遊ぶのに夢中になりすぎた……)

 ザグは先ほどの光景を思い出す。

 街中を歩く人々の姿を。

(そうだ。ここは敵の国だ。遊んでなんかいられねぇ……)

 しかし一度表に姿を出してしまった以上、どこかで見られているかもしれない。

 そんな思考がザグの中によぎる。

「どうする……。敵に囲まれる前に逃げるか……?それとも全員……」

 そこまで言い掛けてザグは口を紡ぐ。

 逃げるか戦うか。ザグの中にはその選択肢しかない。

 なのに戦うことを考えた瞬間、ザグの脳裏に先ほどの少女が思い浮かぶ。

「なんだってんだよぉ、ほんと……」

 ザグを見ても笑顔を絶やさなかった少女の姿を思い浮かべながらザグは思わず顔を伏せる。

 どうやらよっぽど先ほどの少女との出会いが堪えたのだろう。

 今まで敵として認識していた人間とあんなにも夢中で遊んでいたのだ。

 だからこそザグの心を余計に苦しめる。

(俺は異世界人だ。人間なんかとは種族も住んでる世界も違う。人間は敵だ。俺達の敵……)

 ザグはそうやって心の中で何度も何度も繰り返す。


「――お兄ちゃん?」


「……っ!?」


 だが次の瞬間、耳に声が届くと同時にザグは瞬時に立ち上がり背後へ飛ぶ。

 視線を前に向けると、そこには先ほどまで遊んでいた少女が立っていた。

「どうして来たんだよっ!」

 ザグはどうしようもない感情を抱えながら少女に吠える。

「俺は異世界人だぞっ!?お前達人間の敵だぞっ!」

 そう言ってザグは必死に少女を切り離そうとする。

 それ以上近づくな。仲良くするな、と。

 だが少女はそんなザグの思いに気づかないのか、ただ無言でザグに向かって歩いていく。

「来るなって言ってるだろっ!」

 抵抗しようにも体が震えて思うように動かないザグはただ吠えることしか出来なかった。

 しかし少女は止まらない。

 怯えることなく少女はザグの目の前まで移動する。

 そして手が触れる距離まで近づいてきた頃には、ザグは吠えることすら出来なくなっていた。

「ど、どうして……」

 ザグは震える声で少女に尋ねる。

 すると少女はにっこりと微笑む。

「だって私達もう友達でしょ?」

「あぁ……?」

「友達だから遊ぶのは当たり前じゃない。それに異世界人だから人間だからって敵になるわけじゃないよ?だってこの街はそういうの関係なしに皆で楽しく暮らしてるんだからっ!」

 少女は笑顔のままザグの語りかける。

「皆で……?楽しく……?」

 まるで言葉が理解できないというようにザグはただ少女の言葉を反芻するのだった。

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