第377話 混乱
――強くなれ。
突然、うっすらと声が響く。
「誰だ……?」
しかしどこを見ても誰もそこにはいない。
――誰よりも強くなれ。
声はさらに強くなって聞こえる。
「お前は一体……」
いくら探しても声の主は見つからない。
――強さこそが正義であり、力こそが絶対だ
そして依然と声は大きくなっていく。
「強さ……力……?」
だんだんと強くなる声に戸惑いながらも康生は必死に主を探そうとする。
――この世の誰よりも強くなれ康生。
だがその言葉を最後に康生の意識は途絶えてしまう。
「…………こ、ここは?」
「康生っ!」
朦朧とする意識の中、わずかに開いた視界に真っ先に写ったのはエルだった。
「エ、ル……?」
「そうだよ!私だよ!エルだよっ!」
まだ意識がはっきりとしない康生だったが、エルの声を頼りに手をのばす。
「よかった……本当によかった……」
その手をエルは力一杯に握る。
少しだけ強い力にわずかにだが痛みを感じるが、それが康生の意識をより一層を覚醒させる。
「大丈夫か康生っ!?」
そして康生の耳に新たな声が入ってくる。
「し、ぐれ、さん……?」
「あぁそうだ、私だっ!」
康生の反応が返ってきたことを喜んでか、時雨さんは反対側の手を握る。
そこでようやく康生の意識も完全に戻ってきて、今の状況を思い出す。
「あ、あれ?どうして俺はここに……?異世界に行っていたんじゃ……」
今いる場所が見覚えのある病室だと気づいたのか、康生はすぐに自分が地下都市にいるのだと気づく。
何よりもエルと時雨さんがいるのがその証拠だった。
「ど、どうして俺は……?そ、それに一体何が……?」
意識が覚醒するとともに、たちまち記憶が混乱し始める康生。
「とにかく今は落ち着いて、ゆっくり休んで」
「あぁ、そうだ。ゆっくり休め」
そんな康生を見て、エルと時雨さんはすぐに康生に休むよう言う。
勿論言葉だけ言っても休まないことは二人は知っている。
だからこそ起きあがろうとする康生を見てすぐに体を押さえる。
「とにかく私は皆を呼んでくるっ!」
「お願い時雨」
そうして康生が完全にベッドに横になったのを見た時雨さんはすぐさま病室を出て行く。
そして残ったエルはもう一度そっと康生の手を握る。
「本当に目が覚めてよかった……」
小さく呟きながら顔をふせるエル。
そんなエルの瞳からは、小さな涙がひとすじ流れていた。
しかしいくら顔を伏せようが、横になっている康生からは丸見えだった。
康生はそんなエルを見て混乱していたことなど忘れたかのように、エルの励ますためそっと手を握り返すのだった。
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