第368話 書類

「もしよかったら国を捨てて俺達と一緒に来ませんか?」

 上代琉生の突然の提案にリリスは驚きのあまりすぐに言葉を返すことが出来なかった。

 それもそうだ。突然、国を捨てろと言われたのだ。

 あまりにも予想外の提案に誰だって戸惑ってしまう。

「……我に国を捨てろというのか?」

 リリスはゆっくりと上代琉生に問いかける。

「はいそうです」

 だが上代琉生はリリスの問いかけに迷うことなくはっきりと答える。

 それがどれほどのことかを上代琉生が知っているにも関わらずだ。

「そんなこと出来るわけないじゃろう!我はこの国の王なのじゃぞ!王が簡単に国を捨てるなどっ……!」

 リリスは憤りのあまりイスから立ち上がって上代琉生を睨む。

 今にも魔法が飛び出してきそうなそんな緊迫した状況の中では上代琉生は表情を崩さずまっすぐにリリスを見る。

「今、俺達の目的は異世界人と人間が共に暮らす平和な世界を作ることです。その為には仲間が多い方がいい。だからこそ上王様であるリリスに提案したんです」

「……っ」

 上代琉生も真剣に話しているということで、リリスも少しばかり怒りを収める。

 しかしそれでも上代琉生が言ったことは、普通ならば許されないことだ。

「――何度も言うが我はこの国を捨てることはできん」

「でも、上王様も父上やエルと同じ夢を思い描いていますよね?」

「それはっ……」

 リリスの考えを見透かすように上代琉生は言う。

 わずか一週間たらずで、リリスのそんな思想を見抜いた上代琉生だが、それでもやはりこの状況でリリスに国を捨てるように言ってきたことに対して、リリスは疑問を浮かべていた。

「じゃが貴様も我の立場を十分分かっているじゃろ?」

「そうですね」

 一国の王というのがどれほどの責任の上に成り立っているのかは上代琉生だって当然知っている。

「だけどこのままじゃその夢を叶えることが出来ませんよ?」

「それは……」

 上代琉生に痛いところを突かれたリリスは沈黙する。

 現状、自身は父親とは違う思想だと偽って王をやっている以上、当然夢のためのことなど出来るはずもなかった。

 それはリリスだって自覚している。

 でもだからこそ、

「それでも我は国を捨てることはできん。我は我のやり方で自らの夢を叶えていくつもりじゃ。残念じゃが、我はこの作戦についていくことは出来ない」

 そうリリスはきっぱりと告げるのだった。

「そうですか」

 すると上代琉生はリリスの発言を聞いて落ち込むどころかにやりと頬を緩ませたのだった。

「なんじゃ?」

 リリスもその笑みの不自然さに疑念を抱く。

「いや、上王様の考えが聞けてよかったです。その上で新たにもう一つ提案がありまして……」

 そうして上代琉生は自らの予想通りの展開にことが運んだことを喜びながら、もう一つの書類を出すのだった。

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