第351話 複数

(今だ)


 わずか一瞬。時間にするとほんとうに一瞬、一秒よりも速い時間。

 その間に康生は行動に移ったのだった。

 当然そのスピードを見破られる者はその場には存在しなかった。

 気づいたら……。誰もがそう思ったに違いない。

 ただ一ついえることは、康生が全力でシロに対して攻撃を行ったことだけは分かった。


「――――」


 そして次の瞬間、シロの視界に康生の姿が写る。

 康生はシロの真ん前におり、その拳をシロの腹――一番ガードが薄くなっている場所――に向けていた。

 だがシロはその時、何が起こったのか理解出来ずにいた。

 まず最初に変化が起こったのはシロの長く青い髪だ。

 光速の速度で動いてきた康生のスピードにより発生した強い風が、シロの青い髪をたたせた。

 突飛的な暴風によりシロはわずかながら姿勢を崩す。

 だが次の瞬間、

「っ!!」

 シロが、体が大きくへこむような錯覚を覚えた。

 かと思えば次第に体の内から、内蔵という内蔵が逆流し、口から吐瀉物が溢れ出る。

 ここでようやく自身が攻撃されたことに気づいたようだ。

 だからこそすぐに康生に対して反撃を加えようとするが時既に遅し。

 シロの周りにあった青い塊はみるみるうちにその姿を消していった。

 そして完全にそれがなくなるとシロはそのまま真っ逆さまに地上へ向かって落ちていく。

「っ!」

 それを見て何を思ったのか、康生は落下するシロを追いかけていく。

 そして地面ギリギリのところでその身を受け取ったのだった。

「康生さんっ!」

 そのままゆっくりと地上へ着地した康生。

 康生が着地するのを見ていたメルンがすぐに駆けつける。

「無茶し過ぎですよっ!あれだけ力を使うなんてっ!」

 メルンは康生の体を心配する。

 勿論腕の中にいるシロに対しては警戒しているが、それよりも康生への心配の方が勝っているようだった。

「どこか具合の悪いところはないですかっ!?痛いところはっ!?」

 メルンは康生に近づくや否や康生の体の至るところをチェックし始める。

「大丈夫だよメルン」

 しかし康生はゆっくりと答えてメルンを安心させる。

「それよりも早くシロを治療してあげて……」

 その発言からするに、どうやら康生はシロを救うつもりのようだ。

 あれだけのことをしておいたのにも関わらず、康生はシロを救う気でいたことにメルンは呆れてしまう。

「そんなことよりもですっ!今は康生さんの方がっ……」

 とすぐに康生の身の安全を確認しようとしていたメルンだったが、その瞬間康生はまるで糸が切れたように地面に崩れ落ちた。

 それでもシロは傷つけないようにしながら。

「っ!康生さんっ!康生さんっ!」

 突然倒れた康生を目の当たりにしてメルンは必死に叫ぶ。

 だが康生は目覚めることはなかった。


「――おいっ!すぐに康生を運ぶのじゃっ!」


 メルンがひたすら叫ぶ中、コロシアムに新たな声と共に複数の足音が響くのだった。

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