第316話 路地裏

「試合が始まる前に始末するとは、卑怯な手を使うじゃねぇか」

「っ!」

 声が聞こえたことによって、少女はすぐに後ろへ後退しながらすぐに戦闘態勢を整える。

 少しオーバーな反応かもしれないその動きだったが、結果的にその動きが少女を助けることになる。

「ちっ、かわしたか」

 そう声が聞こえたかと思えば、先ほどまで少女がいた場所に向かって、声の主が拳をつきだしていたのだ。

「…………」

 しかし少女はそれでも何か反応を示すわけでもなく、ただ無言で攻撃してきた相手を見つめる。

 そんな少女に見つめられた相手は、そのまま無言で拳を構えなおす。

 その相手の姿は、康生の次の試合で戦っていた異世界人のものだった。

 異世界人でありながら、肉体改造が施されており、強力な攻撃を放ってきそうなそんな相手に少女はひるむことなく迎え撃とうとする。

「んあ?」

 しかし拳を構えていた異世界は、どこかに視線を向けたかと思うと何やら怪訝な声をあげたのだった。

「どうしてお前がこいつを殺したんだぁ?こいつはお前の対戦相手じゃなくて、あのエクスの次の対戦相手だろうが」

 康生と戦うことを余程楽しみにしていたのか、そいつは人目みただけで路地裏に倒れている異世界人が康生の次の対戦相手たということを見破った。

 だからこそ、少女とは関係ないその人物を殺したという事実から、男はただただ怪訝な視線を向ける。

「……私はただエクスを試合中に殺すだけ。そのためには試合に勝ち残ってもらわないといけない」

 と、どういうわけか少女は男に大して事情を説明した。

「なるほど、お前の上の命令かなんかで動いてんだな」

 そんな少女の言葉から何かを察した男は、戦闘体勢を解いた。

「しかし一つだけ言っておくぜ。そもそもあいつはこんな野郎には負けねえ」

 男は路地裏に倒れている異世界人の死体を指さして言う。

「そんであいつを倒すのは俺だ。そこだけは誰にも譲らねえ!」

「…………」

 男の宣言に少女はしばらくの間沈黙を返す。

 しかしやがてゆっくりと口を開いた。

「それで、あなたはどうするの?」

 どうする。おそらく様々なことを聞いているであろうその問いかけに対して男は、一切迷わずに答える。

「何もしねぇ。俺はあいつが勝ち上がってくることを信じてるからな」

 と男はそれだけ言って少女の前から立ち去ろうとしたのだった。

「…………」

 少女は一体わけが分からないと、わずかながらに表情を変化させながらも今まで構えていたナイフをおろす。

 今、男を殺すことも出来ないはないだろうと判断した少女だったが、それでもこちらが深手を負ってしまうことを恐れ、少女はそのままナイフを懐にしまい路地裏をあとにした。

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