第269話 手首

「上手くいきましたね!」

「あぁ、そうだな!」

 康生を入れた袋を抱えた異世界人二人が路地裏の中を走っていた。

 咄嗟の出来事に反応出来ずに捕まってしまった康生。

 だが、今現在特に拘束もされないまま袋の中に入れられているので抜け出そうと思えばいくらでも抜け出せる状況だった。

 しかし今それをすれば自身が人間だとばれてしまいかねないと思いながらも、何も出来ずにいた。

「それにしても案外楽だったっすね。この程度の奴だったら俺一人でもいけましたよ」

「まぁ、そういうな。これは俺たちのお得意さまからの依頼だ。もしもの事があっちゃいけねぇからな」

 それでも袋越しに相手の会話が聞こえるので、康生は少しでも情報を得ようと必死に耳を傾ける。

「でも聞いていた話と違いましたね。なんでもこいつは相当力が強いらしいじゃないっすか。なのも今も怯えて何も抵抗してきませんよ」

「確かにそうだな。まぁ、依頼主が元々弱いパターンもあるからな。今は任務を達成する事だけを考えておけ」

「了解っす」

 どうやら康生をさらった奴らは誰かに依頼されての事らしい。

 この状況で心当たりがある相手といえば、先日リリスに絡んできた異世界人だが、康生をさらう理由が分からずにいた。

 いや、少なくとも康生の正体が人間だと相手にばれれば、即座にリリスの上王としての地位が失脚しかねない。

 しかし康生はまだ人間だとはばれていないはず。

 だからこそ、どうしてさらわれたのか康生は見当がつかずにいた。

 それでも現状、正体を明かすわけにもいかず、また正体がバレればリリスに不利な状況になってしまう。

 だからこそ康生は出来る限り状況を把握しながらも、打開策を考える。

 現状異世界人達は康生をどこかに連れて行こうとしている。

 その場所は分からないが、そこについてしまえば康生は袋から出されることになるだろう。

 その前にどうにかして状況を打開しなければならない。

「とにかくこの依頼は報酬がいいんだ。何かある前にさっさと終わらせるぞ」

「了解っす!」

 そうして黙々と移動を始める異世界人。

 これ以上は情報が何も得られないと思った康生はそろそろ行動に移すべく体を動かす。

「ん?なんか動いてますね?」

「大丈夫だ安心しろ。この袋は魔力を吸収するように作られてる。いくら魔法を使おうとしても出来ないようにな」

「そうっすね!じゃあ安心っすね!」

(なるほど……魔法が使えないのか……だったら)

 そうして康生は手首に忍ばせていた針を取り出す。

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