第266話 重圧

「我が上王になる前。つまり先代の王は我とエルの父上がやっておった」

「お父さんが……」

 ということはエルは先代の王の娘ということだ。

 つまりエルはここでは相当な身分だったに違いない。

 でも何故そんなエルが人間界に逃げ出してきたのか、詳しい経緯は康生は知らずにいた。

「先代の王。父上はいつもこう言っておった。――我々と人は共存すべきだと」

「共存、ですか」

 その言葉を聞いた時、始めは康生は異世界人の言葉ではないように聞こえた。

 なぜならば異世界人は人と戦争を起こし、この世界をめちゃくちゃにしたと聞いていたからだ。

「そうじゃ。当然我々の仲間の間では父上は異端者であり、忌み嫌われておった」

 なるほど、と康生は思った。

 これで先ほどの街でのリリスに対しての態度がおかしかったのも、少しだけ納得がいった。

「そんな父上が死に、次の王を決める時、エルは逃げ出してしまった」

「逃げ出した?」

 元々逃げていたことは聞いていた康生だったが、どうしてそんなタイミングで逃げ出したのか、ただただ疑問に思った。

「どうしてと思うじゃうろ?」

「はい……」

「エルは嫌じゃったのじゃよ」

「嫌だった?」

 一体何が?父が?王が?国が?

 康生の頭の中で様々な推測が巡った。

「エルは父上の思いを受け継いでいた。だからこそ次の王に立候補出来なかった」

「どうしてですか?」

 先代の王の意志を継いでいるのならば、エルが次の王に立候補するのは必然だろうと、康生はすぐに思った。

 だが、

「だからこそじゃよ。父上はその理想のせいで暗殺された。じゃからこそ次の王は別の思想を持つべきじゃったのじゃ」

「暗殺……」

 父の最後をリリスに聞かされ、康生は思わず押し黙る。

 そして同時に理解した。

 どうしてあれほどエルが夢を果たそうとしていたのか。

 どうして最初、リナさんはエルの夢を否定したのか。

 それはリナさんがエルのためを思ってのことだったのだと今更ながらに気づいた。

「そこで我が父上の理想を絶やすまいと思い、面目上は父上とは違う理想を掲げながら上王の座についた。エルにはそんな器用なことは出来ないからな」

「そうですね……」

 リリスの言う通り、エルは嘘をついてまで一国の王になろうとはしなかっただろう。

 だからこそ自分の力で逃げて、自らの力で夢を叶えようとしていたのだ。

「じゃあリリスも本当は……?」

「あぁ。我も父上の意見には賛成じゃ。じゃからこそ康生。お前をここまで連れてきた」

「俺を?」

 リリスとエルの夢は分かった。

 でもだからこそ、どうしてここで康生が出てくるのか、本人は全く分かっていないようだった。

「康生、お前はこの世界にとっての希望じゃ。人でありながら魔法を使うお主のような存在がな」

 始めて聞いてリリスが思う康生の価値。

 そして同時に今までより遙かに重い重圧が康生にのしかかったのだった。

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