第259話 旅立つ

「康生。異世界に行って来てもいいよ」

 突然エルに言われて康生は戸惑った表情を浮かべる。

「どうして急に……?」

 昨日までは反対していたはずのエルに言われ、康生は大きく動揺しているようだった。

 さらにいえばエルの周りに立っている時雨さんやリナさん、上代琉生までもが何も言わずに、ただエルの意見に賛同するかのように康生をじっと見ていた。

「昨日聞いた質問をもう一度するぞ」

 そんな戸惑っている康生だったが、リリスはそんな事お構いなしという感じで尋ねる。

「康生。我と共に異世界に来ないか?」

 昨日聞かれた言葉だ。

 何度も聞かれたが康生はその都度断っていた。

 だが昨日の夜。

 これより前に聞かれた言葉にはすぐに返事をする事ができなかった。

 それを見透かすようにリリス、そしてエル達はじっと康生を見る。

「皆、俺が行くのは反対じゃなかったんですか?」

 長い沈黙に耐えかねて、無謀だと知りながらも康生はエル達に助けを求める。

「確かに昨日までは反対だった。でも今は康生が行きたいなら私はそれに賛成するだけ」

「私もエルと同じ意見だ。康生、私達に聞くのではなく自分の意見を言ってみろ」

 エルまででなく時雨さんに言われた康生はただじっと黙ることしかできなかった。

 そして言われた通りに自分の胸にそっと耳を傾ける。

 答えは昨日の内から決まっていた。

 だが、今はエル達が自分を見捨てたようでただただそれが嫌だった。

「俺がいなくなったらここはどうなるんですか?」

 少し乱暴になりながらも康生はエル達に向かって尋ねる。

 自分がいなくてはここが滅んでしまうと思っているからだ。

 しかしエルは安心させるように首を振る。

「ここの事は大丈夫よ。それに康生が行きたいと思っているなら私達の事は気にしないで。自分のやりたいようにしていいのよ?」

 自分のやりたいように。

 康生にとってそれが、エルの夢を叶える事だというのはもはや明確な事実だった。

 なのにエルは康生をいらないとでも言っているように思えて仕方なかった。

「――勘違いしないで下さいよ英雄様」

 するとずっと黙っていた上代琉生が、康生をじっと見つめていた。

「力が欲しいんだろ?ならいけばいいじゃないか。あれだけ自分の無力さを悔いながら、力を得る機会を自らの手で奪うのか?」

「っ……!」

 上代琉生に痛い所を突かれて康生は表情を暗くする。

 そうだ。

 康生は先日の戦いであれほど自分の無力さを悔いた。

 なのにこうして力を得る機会を自らの手で捨てようとしている。

 それでも康生が力を得る理由はエルなのだ。

 エルのために康生は頑張ろうとしているなのに、エルは……。

「康生。私は待ってるからね。康生が強くなって帰ってくるのを」

 エルの優しい微笑みに康生はその瞬間心が晴れたような錯覚に陥る。

 そしてエルと同じように自分に優しい目を向けてくれる仲間を見て康生はようやく決心した。

「分かりました行きます。――いえ、行かせて下さい!」

 そうして康生はこの地下都市を離れ、リリスと共に異世界へと旅立つことを決めた。

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