第257話 空

「リリス。康生と何を話していたの?」

 薄暗い街中で、護衛をつけていないリリスと向かいあうようにエルが立つ。

「別にちょっとした雑談をしただけじゃ」

 先ほど康生と話していたリリスは、なんでもないように言葉を返す。

 しかしエルは納得していないようで、目を細めてリリスを睨むように見る。

「嘘。さっき康生の顔を見たけど、すごく悩んでいるようだった」

 どうやらエルは一部始終を目撃しているようだった。

 だがそれを聞いてもリリスは表情を変えるわけではなくただ淡々と述べる。

「別に貴様とは関係のない話じゃ」

「関係あるっ」

 どうしてかエルはいつもより感情的になっていた。

「一体どう関係するというのじゃ?知っておるぞ?貴様と康生は恋人関係ではない事など」

「そ、それはっ……」

 どうやらリリスには嘘がバレているようだった。

 元々突き通せるはずがないと思っていたエルだったが、今この状況でそれを言われたせいで言葉に詰まる。

「それに我は康生のためを思って言ったまでじや。それで康生が我を選んでも貴様は――いいや誰もとやかく言う権利はないぞ」

「…………」

 とうとう何も反論できなくなったエルはただただリリスを睨む。

 心の中では康生の為なのは分かっているエルだったが、どうしても感情がそれを認めようとはしない。

 それほどまでにエルの中で康生という存在は大きくなっていたのだった。

「――それじゃあ我はもう行くぞ」

 しばらくして、何も言ってこないエルを見たリリスは背を向けて足を進めた。

 それをエルは黙って見送ることしか出来なかった。


「酷な事を言いますね」

 リリスがエルの前から姿を消した瞬間、建物の陰からリリスの前へ上代琉生が現れた。

「なんじゃお主も聞いておったのか」

 そこから現れたことに大して驚く様子を見せないリリスは淡々と告げる。

「お主も反対か?」

 何も言われるわけでもなくリリスは上代琉生に尋ねる。

「いいや俺はむしろ賛成ですよ。英雄様は今ここにいるべきではない。それが俺の考えですから」

「今、ここにいるべきではないか……」

 上代琉生の言葉に、リリスは思い当たる節があるかのように反芻する。

「恐らく次、敵がここに攻めてきたら勝てないでしょう。いくら英雄様が力をつけても結局数には勝てない。でも英雄様が異世界の国へ行けばそれは変わる。向こうの狙いは英雄様ただ一人、でも異世界に行かれると向こうも手を出しにくい。だからこそ俺は英雄様はそちらへ行くべきだと思います」

 予想していた返答が返ってきたにも関わらず、リリスは少しだけ驚くように目を見開いた。

「ここには中々優秀な人材が集まっておるの」

「そうですね」

 リリスの言葉に謙虚する事なく上代琉生は答える。

「確かにお主の言う通りじゃ。今康生をここに置いておくのは不味い。人でありながら魔力を有する康生は絶対に失ってはならんのじゃ。この世界のために」

 リリスは空を見上げて呟いた。

 その先に遠い未来を思い浮かべながら。

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