第254話 煽る

「いっけぇぇ!!」

 両方から迫ってくる攻撃に対し、康生は力一杯に叫ぶ。

「なっ!?」

 その瞬間、リリスは驚愕の表情を浮かべたまま空中に放り投げ出される。

 そしてリリスと同様に、康生に向かっていた鞭も力を失い勢いに身を任せて飛んでいってしまう。

「はぁ……はぁ……」

 最後には荒く息を吐く康生だけが残った。

「康生、今のは……」

 衝撃が収まり、鞭を持っていたリリスが咄嗟に立ち上がる。

 その視線の先には今にも疲れて倒れそうな康生の姿が。

 しかしリリスは攻撃を仕掛けようとはしなかった。

 ただ驚愕と、呆然の表情が混じったような、そんな表情を浮かべじっと康生を見つめていた。

「はぁ……。はぁ……」

 そうしている間に康生の呼吸もだんだんと落ち着いてくる。

 だがそれでもリリスは攻撃を仕掛けようとはしなかった。

「ど、どうしたんですか?攻撃してこないんですか?」

 いつまで経っても攻撃してこないリリスに疑問を覚えた康生は、咄嗟に尋ねる。

「貴様今…………いや、なんでもない。これは正々堂々の試合じゃったな!細かい事は後じゃ!今は貴様を倒して我と結婚してもらうぞっ!」

「俺は負けませんよっ!」

 再度康生に向かって突っ込むリリス。

 いつの間にか消えていたもう一人のリリスの事が気になりながらも、康生はすぐさま反撃の体勢をとる。

 体力がないこの状態でむやみに敵の攻撃を見破ろうとすれば、こちらが先に力尽きてしまう。

 だからこそ康生も攻撃に出たのだ。

「ふっ!やはり試合はこうでなくてなっ!」

「こっちは疲れるだけなんですけどねっ!」

 リリスの鞭が戦場を舞う。

 どうやらリリスは本気のようで、鞭があらゆる角度から攻撃を仕掛けてくる。

 しかもその数、一本ではなく二本に増えていた。

 どうやら自身を増やすだけではなく、鞭までも増やせるというわけだ。

 しかもすごいのはその技量。

 一本の鞭でさえ操るのは困難だというのに、リリスは二本の鞭を同時に、そして正確に操っていた。

「はっ!」

 しかし康生も負けてはいない。

 あらゆる方向から、同時に仕掛けてくる鞭をタイミングをずらしながらも完璧に回避していた。

 時にはグローブで方向をずらしながら、それでも魔力だけは吸われないように必死に回避する。

 だが回避するだけではいずれ負けてしまう。

 だからこそ康生は隙を見計らって攻撃に転じる。

「どうした!お主の力はこの程度かっ!?」

 ひたすら回避する康生を見てリリスが煽るように言う。

 まるで何かを誘っているように。

 だが康生はあえてその誘いにのる。

「それじゃあそろそろいかせてもらいますよっ!」

 恐らくこの攻撃が最後だろう。

 そんな確信を得たまま康生は防御の姿勢から一転、攻撃の姿勢へと変わったのだった。

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