第213話 耳元

「そうはさせないっ!」

 その瞬間、康生の元へと迫っていた槍が、一つの剣によって遮られた。

「き、貴様はっ!」

 康生は何が起こったのか分からずにいたが、突然自分の体を後から引っ張られることで、ようやくことの状況を理解することが出来た。

「し、時雨さんっ!?」

 そう。康生を後から引っ張ったのは時雨さんであり、さらに槍の攻撃を防いだのは翼の女だった。

 さらに振り返れば、そこにはエル、そして上代琉生までもそこに立っていた。

「ど、どうして皆ここに……?む、向こうはどうなったんですかっ!?」

 自分の命が助かったことよりも、康生は戦場の行方の方を先に心配してしまう。

 だからか、エルが少しだけ怒るように顔を膨らませていたが、康生はそれに気づかず、ただ状況を理解しようと頭を回転させた。

「簡単なことですよ英雄様。向こうが終わったからこっちにきた。ただそれだけですよ」

「――向こうが終わっただと?」

 上代琉生の説明に真っ先に反応したのは、康生ではなく剣の男だった。

 翼の女に攻撃を止められた槍の男と共に、一端後方に下がった隊長達はそれぞれ険しい表情を浮かべていた。

「そうです。向こうの戦闘が終了した。だから俺たちは最後にここを終わらせにきた」

 上代琉生は、剣の男にもひるまずにいつもの調子で話す。

 それが剣の男の動揺を誘えることが十分に分かっているように。

「……その感じだと、我々の勝ち――ではないようだな」

「当然」

 勝ちではない。その言葉を聞いた康生は瞬時に理解した。

 つまり向こうの戦闘は終わった。自分達の勝ちによって。

「よかった……」

 その報告を聞いた康生は思わずそのままの気持ちを口に出す。

 だがすぐにまだこの戦闘が終わってないことに気がつき、気合いを入れ直す。

「なるほど…………それで、あなたちだけで我々が倒せるとでも?その様子だと一人の隊長相手に相当苦戦した様子では?」

 剣の男の言うとおり、時雨さんや翼の女の体は無数の傷があった。

 どうやらエルのヒールでは回復仕切れなかったようで、その事実がなおさら向こうでの激戦を思わせた。

 そのこともあり、康生は時雨さん達に苦しい思いをさせたことを後悔し、またさらにここにこさせてしまったことを悔やむ。

「さて、それはどうでしょう?なんたってうちには英雄様がいますから」

「英雄様?もしかしてそれはそこの子供のことかい?だったらもう決着はついていた。君たちがこなければ我々は勝っていたよ。それに、その子供はもう限界だ」

「ぐっ……」

 剣の男の言う通り、今の康生は体を動かすことでさえやっとのくらいだ。

 今更まだ四人残っている隊長達と戦えるわけがない。

 ましてや時雨さん達と一緒にでも勝ち目すらないだろう。

「はい。だから回復させにきたんですよ」

「え?」

 上代琉生の言葉に康生は疑問を覚えた。

 回復するということはエルのヒールを使うということだ。

 でも、エルのヒールは時雨さん達に使ってしまいもう魔力がないのでは……?と疑問を覚える。

「――康生のために、皆私のヒールを断ってくれたんだよ」

 そんな時、エルがそっと康生の耳元に呟きながらヒールを唱えたのだった。

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