第205話 二人で

「おっと、危ない危ない」

「ちっ!」

 大振りの攻撃を軽く避けて見せた男に対し、時雨さんは静かに舌打ちをする。

 先ほどからずっとこの様子で、男はまるで時雨さんをからかうように、何度も攻撃を交わしては笑みを浮かべている。

「やはりたかだか一地下都市の隊長。実力はその程度って所か」

「何をっ!」

 再度挑発され、時雨さんはさらに攻撃を繰り広げる。

 しかしそれは見事に軽く避けられてしまう。

 男の両手にはそれぞれ尖った三本の爪が装着されているが、全くその武器で攻撃してくる様子すら見せなかった。

「くそっ!くそっ!」

 そして時雨さんはただ怒りに任せて長刀を奮う。

 地下都市の隊長として、時雨さんのプライドが目の前を男を許さなかったのだろう。

「冷静になれ時雨っ!」

 するとそんな時、時雨さんの頭上から声が聞こえた。

 見上げるとそこには翼の女がゆっくりと降下してきていた。

「ほぉ、お前一人ってことはあっちは子供一人残してきたってことか」

 爪の男は興味深そうに翼の女の姿を見ていた。

「本当なの!?康生一人残して来たのっ!?」

 するとその声が聞こえていたのか、近くにいたエルが翼の女の元へと駆け寄っていく。

「……あぁ。本当だ」

 翼の女は表情を険しくしながらも答える。

「ど、どうして……」

「仕方なかった。これが作戦として一番いい方法だと私が思ったからだ」

「作戦として……」

 翼の女の意見に、時雨さんはその表情を一気に曇らせる。

 それはつまり、こちらの戦力では隊長一人もまともに対処できないと思われていると感じたのだろう。

 事実、時雨さんは今の今まで爪の男に一太刀も当てることが出来なかったのだから。

「これでやっと少しはマシな奴が来たもんだ。じゃあとっとと始めようぜ?」

 翼の女が来たことにより戦力が増強されたはずだが、爪の男はまるでそれを待っていたと言わんばかりの笑みを浮かべ、初めて武器を構える。

「い、いや!わ、私一人でっ!」

 そんな爪の男に向かって、時雨さんは再度長刀を構えて応戦しようとする。

 しかし、

「やめろ、時雨。あれはお前一人じゃだめだ」

 すぐに翼の女に止められる。

「だ、だがっ!」

 時雨さんはすぐに反論する。

 今、時雨さんの中には様々な感情が交差しているだろう。地下都市を任されている者と責任として、地下都市の隊長としての責任として、そして康生の期待に答えようとして、時雨さんは必死に必死に戦おうとしているのだ。

「分かってる。だから二人でやるぞ」

「え?」

「私一人でどうにかなるか分からない。私とお前の二人で戦う。それならば多少勝機は見えるはずだ」

 時雨さんを止めようとしているのかと思っていたが、翼の女はどうやら時雨さんと共に戦うつもりでいたらしい。

 そのことを時雨さんは知り、すぐに表情を切り替えた。

「あ、あぁ。一緒に戦おう!」

「足だけは引っ張るなよ」

「ふん。こっちの台詞だ」

 こうして、時雨さんと翼の女とで、爪の男との勝負が始まった。

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